力の根源に気付く者
「誰か来る!」
ジェット一家とべフォイを警護する三人の兵、その一人が近付く足音に気付き声を上げ、警護に剣を抜いて南方の道を凝視する。
北の森も先日草を刈った折に出来た一本道がある。グウェルガの案内に東から家々の脇道を抜けて北側の森に出来たこの道を駆け、村では北西の隅となるこの場所で皆を待っていた。
道は石板探しに曲がりも多く、南方を見通せるのは数十メートル先までと、逃げるか否かに緊張が走る。
足音は二つ、魔人兵でなければ何とかなる。
意気込みは弱いが迎え撃つ覚悟で近付く音に耳を澄ましていると、頭に青い布を巻いているのが目に入り魔法師と気付く、その魔法師が脇に抱える子供の姿と隣を走る妙にセクシーな女の姿。
「シリッタ!」「ムネッタ!」
ランとランディがそれぞれに声を上げ、知り合いと判り剣を収める三人の兵、グウェルガとべフォイは歓びも一瞬にシリッタのあられもない姿を見て目のやり場に困り、顔を逸らして互いを見合う。
駆けるハールに抱えられたムネッタはムスッとした表情を浮かべ、ランディを見て安堵したのか笑みを見せ、隣でベタベタと色気を出してハールに寄り添い走るシリッタも気付き手を振るが、ハールとムネッタの冷めた顔の理由を物語る。
「無事で良かった!」
ランの第一声にシリッタもジェット一家との合流に安堵し、ランディとムネッタも歓び合う中、防壁が崩れ去る轟音が地響きを立てて襲い来ると、森の木々を揺らして鳥を騒がせた。
――GGOGOGOGOOO――
不安を駆り立てる音にも、村人の叫ぶ声よりはマシに思えていたのはムネッタだけなのかもしれない。
防壁前の広場で何が起きたかを訊ねるグウェルガとべフォイにハールが応え、ランとシリッタや三人の兵も耳を向ける。
二重構造の防壁は、元の作戦に村人を守る盾にしようと川沿いの両端を閉じていた。そこに堰き止めた川の水を流し込むと、躯体工事を終えたばかりでは繋ぎのセメントは脆く水に融け、煉瓦の壁は内側からの水圧に耐え切れずに崩壊する。
噛み砕いて端的に説く最中にも、シリッタはハールに纏わりついて離れようとはせず、べフォイはランディとムネッタを脇へと連れ出し、大人の色欲と話から目と耳を遠避けた。
「ここからは沢山歩く事になる。二人とも頑張らないとだ。お互いを思いやって助け合わないとな」
「うん」「はい」
子供の頭を撫でているべフォイに、話を終えたハールがシリッタをランに任せ近付いて来る。
ジェット一家の救出に尽力してもらった旨を兵から聞き、礼をしようとするものだが、ハールが礼を言うより先にべフォイが頭を下げた。
「今朝はありがとう、お陰で色々な事にけりを付ける事が出来た」
べフォイは握手の手を向けるが、ハールには何の事だか分からず無表情に考える。と、何かに気付き笑うハールはその手を掴んだ。
「それはきっと兄の事でしょう。私達は双子なのです。こちらこそはジェット一家の救出にご尽力いただき感謝します」
ハールの顔を眺め少し呆けた顔を縦に揺らしては、理解に肯き笑うべフォイの脇で、ランディは少し表情を曇らせ考えていた。
ケールの事を重ねるように……
力の根源が何かも知らぬ語り部により伝えられる逸話では、何故にどうしてが語られる事はない。
だが、魔害虫を元の姿へと戻し、ムネッタの足に広がる魔の力の侵食による被害を打ち消し、エボーナ・ハール・連行していた兵と、自身が触れた折の反応にランディは考えていた。
力の根源たるものとは何かに気付き始めているランディの頭の中では、英雄伝説で魔害のゼロが持つ力によって敵を砂に変えたという逸話が靄に隠れ、浮かんでは消えを繰り返し、脳がそれを思い出すのを拒否するかに霞をかける。
自分の思考に抗い闘うそれはややこしく、ランディの表情にもそれは出ているようで、悩み苦しむランディの姿にムネッタは心配に呼びかける。
「ランディ! ランディ! ねえ、大丈夫? ランディ!……」
ランディの肩を掴み揺さ振るムネッタの声がようやく届いたか、驚きの表情で目を覚ましたランディは呆然として周囲を見回す。
皆が自身を見ていると知り、自分が何をしていたのかも分からなくなり、頭を掻いて『ごめん』と一言謝る他になく、誰が笑い出したか皆もつられて笑う中、ランとシリッタは真面目な顔を向け合い何かを気取り、互いの考えを重ねて肯いた。
ムネッタは心配の反動に怒ってランディの頭を叩き、痛がるランディを見て更に笑いが溢れる中、近付く足音に気付いた兵とハールが警戒に振り向き剣を抜く。
見通せるのは数十メートル、逃げるか否かの迷い所は今しかないが、足音からしてその人数は十を超える。
ムネッタを抱えたハールとシリッタの足音とは違い、警戒心を顕にする三人の兵と共にハールは抜いた剣を構えて覚悟を決し、曲がりに見えたと同時に駆け込み斬るかに前傾姿勢となって行く。
〈来た!〉
誰かが声に出したか心の声か、その一瞬に剣を持つ手に入った力を数秒をかけて緩め息を吐く、兵とハールは表情までを緩めると、剣を収めて出迎えに手を振った。
ムジル中尉と何かを持つ兵など凡そ十六人とエボーナだ。ムジル中尉は合流すると同時に三人の兵に訊ねる。
「ここへはお前達のみか」
兵の沈む顔に理解を見せたムジル中尉は、顔を顰めて無念を噛み締めるかに来た道を見つめるが、一息を吐いてジェット一家を救出して来た三人の兵に労いをかける。
「よくぞやってくれた!」
その言葉に頭を下げ右手を胸に礼に服す兵、べフォイとグウェルガも共に頭を下げるとランやシリッタも頭を下げて礼をする中、礼のやりとりを無視するようにエボーナは後ろの兵に荷を置くよう伝え、綱で縛り付けたサボンヌが地べたに放られた。
「ランディ君、彼に触れ、魔の力を解いてくれないか」
エボーナの言葉に肯きを返したランディは、サボンヌに近付く。
だが、エボーナに剣の柄で頭を突かれ失っていた意識は戻っているようで、サボンヌは藻掻き何かを叫んでいるようだが、綱で猿轡をされていて何を言っているのかまでは判らない。
暴れる内に頭に巻かれた布が解けて落ちると、その頭には角が生えていた。
額の生え際から突き出るそれは、布を巻いた折に留め具の階級章が置かれる位置でもあり、まるでそれが角を隠す為の装いにさえ思えて来る。
周囲のどよめきに一度は躊躇い周りを見るが、脇で膝をつくエボーナと目を合わせると肯きを向けられ、ランディはそれに応えるように肯きを返すと、サボンヌの角へと恐る恐る手を伸ばした。
――KABUUUN――
「んん、んーっ! うぐぬんっ! ん、ん、んーーーっ!」
喚きを上げて暴れるサボンヌの角がみるみる内に収縮して行く様をまざまざと見せられ、兵も含めた皆が顔を顰めてそれを見つめ、エボーナ自身も体験してはいるものの、初めて目にするその様に息を呑む。
「これこそが、教会と戦うゼロの逸話が真実であると、それを示す力、という事か……」
皆が顔を曇らせ見守る中、サボンヌが意識を整えた所で猿轡を解くエボーナ。
「エボーナ様、貴方様も教会の……」
「安心しろ、今は私も貴様と同じだ」
取り戻した記憶に何処から何処までが魔人なのかも判らず、困惑の表情を浮かべるサボンヌに対し、端的だが明確な答えを与えるエボーナの一言は、理解も容易くサボンヌの顔が安堵を見せる。
サボンヌが続け話そうとするのを制して綱を解き、エボーナが先に訊ねる。
「教会で貴様を禊に向けたのが誰か分かるか」
「……おそらくは、ネヤフ枢機卿かと」
ネヤフはマウワー教会の枢機卿の一人、枢機卿が関与しているとなればそこからの指示で間違いない。
村人を魔人兵として使おうと考えているのが枢機卿全員かは判らずも、反対する枢機卿が居るか否かに多少の望みを展望に含め見るのも難しそうではある。だが、ともなれば少年一人の肩に全てを乗せる事になってしまう。
〈どうすれば……〉
ムジル中尉の兵も合わせて二十人程、メヌエ国を相手にするには少数精鋭とはいえ少年頼りの戦となれば分が悪い。
少年を育て戦えるようになった頃には、ムジル中尉も兵も自身も動きが鈍くなる中年期となる。
多少なりとも少年と同世代の戦える仲間を作る必要に、サボンヌを使い軍を騙して村人達を逃がし、隠れ仲間を募る予定だったが、それも今では難しいように思え、エボーナの中でも答えが出ずにいる中……
「これは、どういう事なの!」
唐突に東側の道陰から現れたのはヒールだ。
ケアとヒールは東の道から追いつくも、警戒に近付く二人の足音はサボンヌの喚く声に掻き消され、二十名程の兵の誰もが気付かず二人のそれを許していた。
様子を窺い、サボンヌの変わり行く様を覗き見ていたヒールは、ランディの魔の力を打ち消す力に気付き、ケールの死の真相にまで至ったか、声を荒げてランディに迫ろうかとしていた。




