想いを形にべフォイのへそくり
村人が恐れるキボコの出現に防壁前の草原から逃げ惑う中、ヒールは夫のケアと共に農園を捨てる覚悟を決め、荷をまとめようと一端家に帰る事を考えたものの、家々を破壊しながら迫り来るキボコをやり過ごそうと、脇道へ逸れて農園の小屋に身を隠す事となった。
「お義父さんは大丈夫なの?」
「分からん。けど、本人が気にするなと言って出てったんだ。自分で何とかしてるだろ」
集まりにも姿を確認出来ず、べフォイの身を案じるヒールに、ケアは出かける折のべフォイの言葉を浮かべて返すしかない。
「べフォイは居るか!」
エスナの家に訪問者が来たのは昼を前に兵が集まりを求めて来るよりも前の事、頭には青い布を巻き、留め具に赤の階級章を付けた小柄な青目の魔法師の格好をした男。
戸を開けたべフォイは一瞬焦りを見せて足を止めるも、中の息子夫婦の事を考え諦めに観念したのか、素直に投降する旨を伝えた。
すると男は無表情に何の話かを問い返し、捕らえに来たと勘違いしていたべフォイの戸惑う姿も無視して話を始める。
男は小声でエボーナのお付きのファンと名乗ると、ジェット一家が捕らえられた件と共にエボーナからの言付けを伝えた。その内容にべフォイは目を見開き喉を鳴らす。
『ランディの力を使って一家を連行している兵の魔人化を解かせ、兵に任せ一家を救い出した後にはタヘルを捨て、共に北へと向かえ』
などと聞けば驚くのも当然、ランディの件のみならず“魔人化”という寝耳に水の話を平然と語られては、べフォイが混乱するのも無理はない。
けれどべフォイはランディの力に気付いた時点で、魔人のそれも有り得る事を承知していたような気配があり、年の功か英雄伝説に聞くゼロの云われの何たるかを読み解き重ねて気付いていたのかもしれない。
話を聞いたべフォイは息子夫婦の居る方へと振り返り、少し考える素振りを見せたが、中から聞こえて来る会話にケール亡き今にもようやく日常が戻って来た事を理解したようで、自身の進退を覚悟するかに深く息を吐くと、ファンに向けて深くゆっくりと肯ずいた。
ファンはべフォイに自身の事を密事にとし、通りの向こうでムジル中尉の兵が三人待機している旨を伝えると微妙な笑みを浮かべて会釈し、誰に向けてかファンは敢えての声を上げる。
「川側の防壁前へ昼までには集まるようにとの事だ」
言い終えると去り、べフォイが戸の外を確認するも一瞬に、目立たぬ内にと何処かへ身を潜め消えていた。
べフォイは再び家を出る覚悟にも心残りをなくそうと考え、農園の権利を売る時間も無いと分かる今、息子夫婦に出来る事を頭に浮かべ中へと戻り、ヒールに訪問者は誰だったのかを問われ、そこで言付け残す事にした。
「後でまた村総出の集まりがあるらしい。先に少しやる事があるから、集まりから帰ったら農園の小屋にある机の引き出しを確認してくれないか、忘れ物があるんだ」
「なら、ヒールの売り込みに果物の収穫があるから俺が見とくよ」
「悪いな。向こうで何かあっても私の事は心配するな。自分達の幸せを考えて前へ進め。いいな!」
「え、ああ」
エスナ親子のやりとりに不穏なものを感じていたヒールだが、ケールが魔害虫に咬まれた折に自身の吐いた台詞が尾を引いているようにも思えて一歩引いた所で聞いていた。
「それじゃ、急ぐから先にな」
「あの! ……いってらっしゃい」
謝ろうにもべフォイの背中を見送るしか出来ずのまま、ヒールの心残りは逃げ惑う今に思い出され、朝の言葉が気になり始めていた。
「ケア、机の引き出しって……」
べフォイの忘れ物とは何かに、ヒールの言葉で思い出したか引き出しを開けたケアは、数枚の紙を手にしその内容を確認すると顔を強張らせる。
黙り固まるケアにヒールは応えを待つしかなく、見守りに視線を向けている。
「……金券だ。これだけあれば何処でも暮らせる」
それが何を意するかなど知れた事、ケアはため息を吐いて落胆の顔を浮かべているが、ヒールは朝の訪問者に繋げて考え、覚悟を決めた経緯に軍が関与しているなら、べフォイはどちらかの兵と共に居るように思えてならずも決め手が無い。
そうこうしている内にもキボコは家々を破壊して行く。
おそらくエスナの家も破壊され、荷を持つ事も出来そうにない中、べフォイが残した金券が見つかった。それはまるで予期していたかのように……
詰まる話、べフォイに集まりを伝えに来た朝の訪問者はこうなる事を予期して伝えたのだから、最初に来た兵隊の仲間に違いないとの考えに行き着いたヒール。
ケアは鉄板に金券を挟み入れると、農作業用具を入れていたバッグの中身を捨て、鉄板を中に忍ばせそれを背負い立ち上がる。
先ずはタヘルを脱し、生き延びる事を優先にとして小屋の戸をそっと開けたケアは、周囲を確認してヒールと共に走り出し、教会の通りを横切ろうとした所でケアが兵を見つけ、腕を横にヒールの歩みを制した。
〈アレって、最初に来た兵隊の……〉
脇道を過ぎる兵を見たヒールが何かに気付く。
未だ、何が良くて何が悪いかも判らないままの村人達にあって、ヒールも例外ではない。
理解しているのは最初に来た方が後から来た方と戦い、最初に来た方が村人に逃げろと言ったという事実だけだが、そちらにべフォイも居るように思えてならず。
その最初に来た方の兵が村の北側を西へと向かって行くのを見て、何かあると踏んだヒールは、村の北東へと逃げ惑う村人達を追うキボコの存在を考え、兵の後を追う事をケアに伝える。
「ケア、家はキボコに壊されてる筈。諦めて、あっちに向かったのは最初の兵隊さんよ。私達もそっちに行けば助かるかもしれない!」
軍が村人を囮に逆へと逃げるのはよく聞く話、ケアは少し考えその可能性に気付き、ヒールの考えに乗る事にしたのか肯きを返して周囲を確認。
「よし、今だ!」
時同じくして防壁より北の森では、防壁の破壊工作を済ませ兵を数人連れたムジル中尉とエボーナが合流し、サボンヌを追っていた中尉の兵が、魔人と化したサボンヌと格闘中の現場に居合わせた所だ。
「よくここまで足を止めてくれた。後はこちらに任せろ」
エボーナの声に振り向いたサボンヌは、一度は処された恨みもあるのか怒り顕な眼光を見せ、剣をエボーナへと向け間合いをはかる。
ムジル中尉はサボンヌの足を止めていた兵の脇に立つと、連れて来た兵に傷を見させ、自身は背負っていたバッグに手を入れ綱を出そうかとする中。
――DOSA!――
ムジル中尉は何かが倒れる音に横を見る。と、既に勝負は決して気を失うサボンヌが横たわっていた。思わず鼻で笑うと、首を横に振りつつ告げる。
「流石はエボーナ様、仕事がお早い」
例え魔人化しようとも元より剣技も習わぬ力押しの魔人に対し、ムジル中尉との手合わせに剣技を会得したエボーナが相手では話にならない。
それは兵の剣技が劣る訳ではなく、魔人化した相手を制する術を知るか知らぬかの差が物を言うだけの事。
これより先に剣技を知らぬ魔人と出会したなら、今日の兵は皆勝てる。
倒れたサボンヌを綱で縛り付けると兵に運ばせ、隊はジェット一家の下へと急ぎ向かう。




