東方の島より青年の主張
山の朝は早く、夜の寒さを残す風が峰と峰との間を吹き抜ける。
魔女の帽子の縁から昇る朝陽を背に、一人の男が何かの覚悟を決めたようにランディの居る小屋の方へと歩み出す。
男は高貴な装いで、蒼き衣を纏いて金色の野を……歩く様からしても筋肉はなく、野垂れ死にしそうな程ただただひ弱な日陰生活を判らせる。
背丈は170cmを僅かに下回り、金髪と青目に日陰生活のような肌の白さで、十六歳程だろう顔は一見するとモテそうではある。
だが、ティーンとは思えない陰気臭さがあり、うかがい知れない過去がありそうだ。
扉の前に立った男は顔を上げると息を吸い込み、ドアを拳でノックし叫びを上げた。
涙と鼻水を垂れ流し、悲痛なる叫びを……
「すみませ〜ん、中で暖を取らせてくれませんか〜?」
吹き荒ぶ夜風の寒さに耐え切れず、山をナメていた男は高地の気温に負け弱音を吐き、当初の目的も見失い、遭難者の如くに助けを求める。
そお、この男は目的を持ってここへ来た。
だが、昨夕の魔獣に対するランディの行いを観察して迷いが生じ、どうするべきかを悩み続けて夜を明かし、たものの寒さに震え、多少は寒冷地の用意はしていたが役には立たず。
そうこうしている内に朝陽を迎え、寝る間もなく吹き荒ぶ風に根負けし、迷いの答えを見出す事なく助けを求めて今に至る。
「寒くて死にそうなんです。ねえ、中に居るんでしょ、開けてくださいよう!」
小屋の中では、家畜の鳥を食す前に毟り取った羽毛を毛皮に詰めて布団とし、暖炉の火にかけ熱した石を木枠で囲い毛皮で包み、ランディはそれを抱えて眠りに着く。
とはいえ山での一人暮らしに眠りは浅く、昼夕夜に細かに数度の眠りを繰り返す程度、小屋へと近付く男の気配は当然の如くに察知していた。
眠る際には唯一とも言える金属製の剣を寝床の脇に置き、いつ何時も手にし戦えるようにと準備はしている。
男が平原を歩み出したと同時に、ランディは剣を手にして起き上がり、いつその扉を開こうとも斬り掛かる構えで待っていた。
だが、どうだ?
男の頼りなく泣き叫ぶ声に戦う意思はおろか、恥を忍ぶ素振りすらなく、誇りの欠片もない甘える子供のような悲痛なる叫び。
これが敵を欺く演技と言うなら非道も辞さない相当な手練れだろう、白い雪のような姫のイメージから魔法で云々を考えるかもしれないが、この世界にそんな細かな魔法は無い。
詰まる話が、演技か否かだ。
「寒いよ〜眠いよ〜死んじゃうよ〜、助けてよう!」
いや、子供のような台詞だけど声は十代後半か、同じ年頃であるなら甘えがここまで来ると腹が立つ。
もう演技云々は関係なく、助けるか否かよりも怒るか叱るかの選択だ。
「今持ってる物なら欲しいものもあげるから〜、ねえ、助けてよう!」
物乞いとは違い、物を持っているのに助けを求める性質の悪さが尚更に腹立たしく、叱るも消え失せほぼ同年代だろう男の甘えた態度に怒りが込み上げる。
「あれ、鍵は付いてないんですね。すいませんけど、入りま〜す」
と、開く扉に向け斬り掛かるランディだったが、剣はスカッと空を斬る。
――BOTENN!――
斬ってもないのに倒れ込む男、一瞬ランディは剣を避けられたのかと防御姿勢に振り抜いた剣を柄から引き上げ盾とし相手を覗く。
が、男はうつ伏せに倒れたまま動かない。
〈まさか、こいつは囮の遺体で扉の奥に隠れて……〉
昨日感じた二つの視線を忘れていた訳ではないが、思考と同時に扉の向こうへ目をやるランディ。
朝陽の角度に影が伸び、扉の右陰には居ないと判り、左陰を覗こうかとして倒れた男の腕を踏み越えたその時!
――ZZZZZZZzzzzzz――
〈息を潜めていただけで生きていたのか!〉
と、斬り掛かろうとしたランディだが、その息遣いは明らかに“いびき”と思しき音、警戒心もなく眠る男の姿に空しさを感じてため息を吐いた。
「何なんだこいつ……」
男の腕や腰の辺りを足で小突くも起きる事はなく、そのまま男の肩を足蹴に持ち上げ仰向けにしてみると、予想通り同年代だろう男の顔は湯に浸かっているかのように幸せそうだ。
人を早朝から警戒心に起こしておいて寛ぎ眠る男の顔を見ていると、斬り殺すよりも力いっぱい殴ってボコボコにしてやりたい。
剣を扉脇に置いて片膝をついて男の胸ぐらを掴むと、拳を握り締めて殴りかからんとするランディ。
「…………!」
男の身体に被る影、殴るのを躊躇している間に何者かが扉に近付いて来ていたと今更に気付くランディだが、剣は扉脇に置いたまま。
何の気配も無く、扉に立つまで察知も出来ず、小屋への侵入を許した事に焦りを感じずにはいられない。
何せ、その影から判る風貌は明らかに人のものではないのだから……
〈ただの獣? いや、そんな訳ない……〉
これまでランディが魔獣を察知出来なかった事などあるはずも無く、魔の力に触れ変化した魔獣が放つ邪気は遠くからでも気付ける程だが、扉に立つソレから感じる覇気は明らかに違う。
魔獣であればランディが触れたと同時に元の獣となる。だが、扉に立つソレは人ではないのに魔獣とも思えない。
恐る恐る顔を上げ、視線を扉の方へと向けるランディだったが……
――BATANN!――
不意に頬から腕にかけてを大きなマントのような何かで叩かれ、防御姿勢もとれずに直撃を喰らい、横倒しに倒れ込み頭部を床に打ち付けた。
「んがっ……」
意識を失う寸での所で目の前に歩み寄る黄色いソレは、水掻きを備えた水鳥の如く大きな足。
薄れゆく意識に視線を上げ、ぼやける視界で何とかシルエットを捕らえるも、その姿形はランディの知るところにないモノだった。




