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水に流す負の花道


 エボーナが指示に向ける防壁を見て、ムジル中尉は笑って応える。無論それは防壁の破壊を指示するものであり、何故にそれを笑うのかにも、エボーナが魔法設計師として許せぬ部分を知るからに他ならない。


 躯体工事を終えて監視塔に立ったあの日、エボーナは出来た防壁の完成度にも納得を見せ、仕込む魔獣に傷を付けられるのを嫌がる一面も見せていた。


 その実、魔法設計師としての美学にそぐわぬ軍からの要請に従い、川側における防壁の一部や魔法陣を組む石板の位置を指定されていた事に、この防壁はエボーナの設計美学に反する箇所を有してもいる。


 あの日、ロシナンテとの逃亡劇の末に教会でジェット一家の前でエボーナが吐き捨てた『魔法陣を兵の配置と勘違いする馬鹿共には反吐が出るわ!』などと言ったあの愚痴こそは、これを言うもの。


 ジャーゴンに見せられたあの地形図こそは、ここタヘルで魔人化魔法陣を構築して村人に使う計画が教会を建てた折から練られていたのだろう事に、マウワー教会本部の上の方と繋がるメヌエ国の軍幹部が指揮の下、ここタヘルを囲う為の測量が教会建設当時から成されていた証拠でもある。


 教会本部へ新たな防衛魔法陣の設計を嘆願に出向くも虚しく、サボンヌが教会魔法師として派遣された折から新たなる魔法陣の構築は決まっていたという話だ。



 設計図面に指定が入る時点で可笑しいとは気付くも、まさか魔人化魔法陣があろう等とは思う筈もなく、軍幹部の兵の配置と等しき指示との見立てをしていたエボーナにとっては、前に立つこの防壁が憎々しい物であると知れるからこそ。


「せめても散り際は美しく!」


 ムジル中尉の言葉にエボーナは鼻で笑い返すと、それに応える。


「土台からだ、華々しく頼む!」


「はっ! お任せを!」



 村の人々は(ツノ)を生やした魔人のお付きの姿に怯えたのか、エボーナが足と両腕を斬り落とした行為に怯えたのかは判らない。

 けれどもメヌエ国軍の者が(ツノ)を生やし、それを斬った者が“逃げろ”と叫ぶのだから、どちらが悪いかを考える必要もなく、タヘルの者は逃げるしかないと判る。


 ただ逃げろと言われて、何処へ? となるのは当然の事、周囲に立つ兵の中にも魔人兵の存在を知らずに居た者も居るようで、軍の統制は崩れ村人の脱走を許しているのが草原の果て側の南東。


「まずいな、あちらは魔獣が用意されてる筈だ……」


 群衆の流れを見たエボーナは、ハールにホール妻子を連れジェット一家と合流するよう促し、ムジル中尉の兵を呼び付け仕込みの魔獣をジャーゴンの仕込んだ魔獣に当てるよう言付けると、村人を北東へ先導するよう三人の兵に説いた直後、背後の舞台から襲いかかるジャーゴンの魔人兵。


「……行けっ!」


 咄嗟にそれを剣で受け流すと、三人の兵を村人の先導に走らせ、襲って来た敵を見れば舞台の後ろでムジル中尉が剣で四肢を斬り裂き動きを止めていた魔人兵だ。

 自らの剣を持つエボーナに向け、素手で襲いかかって来る時点で正気の沙汰ではないが、相手は魔人兵、人ではない。


〈四肢を斬られ、もう回復したと言うのか、ではジャーゴンも……!〉


 エボーナが舞台上へ視線を向けると、既にジャーゴンは首からの流血を止め指揮に立ち、村人の行く手を塞ごうとして戸惑う兵の動きを察知したのか、自軍の兵に兵を向けさせ斬るようにと指示を送る。


「ジャーゴン、貴様とてメヌエの軍属なのだろ! 何故に自軍の兵までを殺す必要がある!」


 その声を嘲笑うかに余裕の笑みをエボーナへと向けるジャーゴン。


「ふん、兵も村人もメヌエの民なら国に尽くすが道理。分からぬか、敵に打ち勝つ信仰心が恐怖を失くすが最たるを」


 話の最中にも魔人兵は力押しで突っ込んで来る。それを剣でいなしつつジャーゴンの話を続けるエボーナは、魔人兵の右手の指を斬り落とすと、顔を歪ませ右腕を上げて抑える魔人兵の右脇をすり抜け、脇腹へと剣を刺し込み剣の柄を叩き込んで背骨を断つ。


「ングァ゙ッ!」


 幾度か更に叩き込み、骨を粉砕させると剣を巻き込むように腹を斬り裂き、果てたように倒れ込む魔人兵の横に立ったエボーナは、ジャーゴンに向けて一言に告げる。


「敵の脅威を兵に隠すは愚策と知るが戦地の兵、貴様のような無能が上に立つ事自体が国の危機なのだ!」


 無能と言われジャーゴンの目に怒りが見える。敵の挑発に乗り易いタイプは上に立てぬ無能の証でもあるが、力押しは魔の力に飲まれてのものなのか元からなのかは判らない。

 ただ、魔の力は力押しに適しているのは間違いない。


「しまっ!」


 横に倒れる魔人兵は転がり向きを変え左手で、エボーナの足を掴みかかるとそのまま振り回して遠心力に少し浮かべては、エボーナを振り上げ落とし地に叩き付けた。


 それを見て鼻で笑うジャーゴンだが、エボーナは自らの足下へと剣を振り、再び振り回そうとする魔人の手首を剣で斬り落とす。

 反動で背後へと飛ばされるままに前のめりに着地すると、ジャーゴンを討つかに睨みを向けた直後。


――DOGGOOOOONN!――


〈防壁の破壊、にしては……何だアレは!〉


 防壁の一部を突き抜け草原へと駆け込んで来る見た事のない魔獣……ではない何か。


 二階建ての家に匹敵する程の体格があり、皮は厚く硬いのか魔人兵が向けた剣すら通さず、怒り顕に大口を開け、大木のような四脚で馬並みの速さで駆けている。


「キボコだっ!」


 村人の一人が叫ぶと、群衆の流れは一気に防壁を離れて草原の南東の果てへと向け走り出す。


 そちらは仕込んだ魔獣が潜むと知るジャーゴンは逃げ惑う村人を見てニヤけては、エボーナに笑みを向けようと振り返った。


「なっ!」


 得体の知れない四脚が目前に迫り来ると気付いたジャーゴンは、驚きの表情を浮かべるも一瞬に、頭から突っ込まれて舞台と潰され、破壊された資材ごと草原の中央まで弾き飛ばされて行く。


〈しまった! サボンヌは何処へ……〉


 エボーナは周囲を見回すも、破壊された舞台の破片と魔人兵の残骸とで判らない。そこへムジル中尉の兵が準備が整った旨の報告にやって来た。


「鐘を合図に」


「サボンヌを見たか!」


「すれ違いに北の方へ」


 北の森を指し示す兵に、サボンヌの後を追いジェット一家とホール妻子の合流を警護するよう促したエボーナは、草原の南西で魔人兵がジャーゴンの兵を襲うのを見て助太刀(スケダチ)に向かう。


 駆けつけた直後に兵を襲う魔人兵の足を横から斬り付け、助けた兵に村人の警護を言付けると、三人程の魔人兵の足を斬り落とした。


 次の瞬間、草原の果てから悲鳴が上がる。だがそれは村人の悲鳴ではなく、ジャーゴンの兵の悲鳴だ。


 ジャーゴンの兵が仕込んだ魔獣を魔獣化魔法陣の盾で起こされる前にと、先んじてエボーナはムジル中尉の仕込んだ魔獣を起こしてそれを襲わせたもの。


 逃げ惑う村人達は背後の四脚と、目前から聴こえた兵の悲鳴とに挟まれ、向かう足に迷いが生じたか、群衆の先頭が立ち止まる。


 すると、目の前の草原の果てから元は羊の類だろう四脚の魔獣が、ジャーゴンの兵を(ツノ)に巻き付け現れた。


「皆急げ、こっちだー!」


 村の家々が点在する北東の方からムジル中尉の兵が呼び寄せると、群衆は先頭を変えて左手へと流れ始め、草原から離れて行く。


 だが、キボコと呼ばれたそれが村人を襲おうかとして向かって行く中、ムジル中尉の合図が鳴り響く。


――KAANKAANKAANKAANN――


 監視塔の危険を知らせる鐘の音に、ジャーゴンの手の者達は何が起きたか分からずそれを見る。


 エボーナは策を察して元は舞台を横切り、北の森へと向かって走り去って行く。



 鐘が鳴り止むと草原から村人も四脚の獣や魔獣も消え失せ、残るは中央に転がるジャーゴンと配下の兵と魔人兵。


――GOHOGOHGOHGOHOGOH――



 静まる草原に忍び寄る轟音が何を意するものかは分かる筈もない。


 上流に放り込まれた資材により、堰き止め流れを変えた川の水を防壁内部へと流し込む。元より二重構造の弱点を知るエボーナの策略。



――KAAN――


 監視塔の鐘が一つ鳴ったが音は何かに吸収されて消え、濁流音の轟きが防壁内部から響いた直後、防壁から水が噴き出し壁が崩れ始めると草原へと流れ出し、防壁はその形を維持する事なく崩壊して行く。


――DOGGOGOGOGOOO――


 

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― 新着の感想 ―
ここまで読ませていただきました。魔獣から村人を守るはずの魔法陣で人々を…恐ろしい企てで、ホール妻子にも容赦のないジャーゴンたちにハラハラしましたが、エボーナたちが果敢に立ち向かっていく姿に引きこまれま…
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