断頭台の綱が切られる時
タヘルに教会が建てられてから数十年程か、地元に根付くを云うマウワー教会の教会魔法師は滅多な事でもない限りは移動が無い。それ故サボンヌが最初からタヘルの教会に居たと見て間違いないだろう。
魔人化によるものかは断言出来ないものの、魔人化すると魔の力により体組織や脳が活性化され、各々が元から持つ特性により、腕力に訴える者は自信家に、脳を使えば策略家と、ある意味では個人の才能を引き出すものだが、それは得てして限界をも解らせてしまう。
魔人化して尚、才に恵まれる者とそうでない者との差は歴然ともなり、魔人化しても上に届かないとなれば才は無いという考えに行き着く。無論、才能と言っても教会や軍に関する才であって、他の才は知る所にない。
エボーナは別の手を考える中でサボンヌを見ていて気が付いた。
何故にサボンヌは防衛魔法陣の管理を怠り、遊び呆け飲み歩いていたと言う村人からの聴取に出て来るような怠慢な行いに走っていたのかを。
詰まる話、サボンヌはここタヘルに派遣された後、何かを切っ掛けに魔人化が解けていたと考えられるが、ともなれば……
〈……あの少年か!〉
マウワー教会では、産まれた子供の額に印を押す儀礼的な行いをするが、それは禊のような魔法陣を用いるようなものではなく、単なる魔除けの意図に魔物が嫌うとされる棘のある葉で揺り籠を囲い、額には、その葉に実りを付ける赤い実を擦り潰したものを塗るだけのもの。
そお、塗る折にあの少年、ランディに触れて魔人化が解けたと思えば……
記憶を取り戻すも教会本部に対抗する術もなく、おそらくは何故に魔人化が解けたのかも理解出来ずに苦しみ続け、そうして呑んだくれて遊び呆ける内に、無意識化で脳が勝手に記憶を封じていた可能性が高いと見る。
そうでなければ、むざむざ魔人の棲む教会本部へ自ら出向き、王都の魔法設計師を村に出迎えるような真似はしないだろう。
教会本部に入ったサボンヌは、頭の布を解いたか何かで魔人化が解けていると上にバレた事で、上の者から『マウワー教会本部から遠く離れ久しき事よ……』などと言われて再び洗礼の儀に禊を受けさせられて、サボンヌは魔人化してタヘルに帰って来たとする見立てで間違いない。
角を生やすに記憶を消され、角を落として記憶を失くし、再び角を生やして記憶を消される。
〈皮肉なものだが、果たして何処まで記憶があるのか……〉
サボンヌを元に戻す策を練るエボーナだが、ランディの力で救えるものかに悩むも、基より村人を“魔人化する魔法陣”を解く必要に、ランディの力は絶対的に必要不可欠となっている現状、今日の時点で少年を巻き込む事に懸念を持つのも無理はない。
教会やジャーゴンには未だランディの存在は知られていないからこそ、逃亡に育て英雄伝説になぞらえ教会を討つ程に強くする価値を見出す事も出来ようが、ここで力を使えば少年は一夜にして追われる身となり育て強くするも難しくなる。
〈ええい、どうすれば……〉
悩むも既に迷える時間はそれ程なく、エボーナは右方の防壁の上を見るようにして後ろをちらりと見やり、後ろ手に組む手でムジル中尉に向けハンドサインを送る。
ムジル中尉は気付きハンドサインにを確認して一瞬の動揺を表情に見せるも肩凝りを気にする動きで誤魔化しつつも肯きを返した直後、中尉の兵に視線を向けて相手が気付いた所で、自身の右手で様々な場所を掻いてみたり服を直してみたりとしてサインを送る。
サインを受け取った兵は、別の兵二人に顔を向けると鼻を左手でつまんで見せて移動を促し、目立たぬようジャーゴンの兵に紛れ持ち場を変えるかにこの場を去り、それを確認した所でムジル中尉は大きなクシャミをしてみせる。
ジャーゴンはムジル中尉のクシャミに何かを察したか、エボーナの策を見破るかに語るが、それこそは魔人化により得られる腕力の自信家たるものであり、脳の策略家とは違えるものだと理解が出来た。
「夜の内に何か仕込んだか、夜風に触れ体を損ねる兵では策を講じたとて軍の指揮をする者に適うものではない。設計士如き貴様に何が出来る。黙りゼロの血が果てるを見ておれ」
ジャーゴンの勘違いに嘲笑う口元を下に向き抑えたエボーナは、覚悟を決めたかに見せ襟を正してジャーゴンにギラつく眼を向けて応える。
「余興にしては、魔物とするサキュバスに舞台を奪われているようで」
舞台ではシリッタが兵に巻き付くようにして敢えて服を更に捲らせ、あられもない姿を披露しては淫らな行為を想起させる動きで聴衆の男共を興奮に熱狂させ、盛り上がりにジャーゴンの兵の一部もサキュバスに魅せられているようだ。
女は子供に見せぬようにと目に手をやり、舞台を後にと離れ始めようとしているが、ジャーゴンの兵がそれを許さず、群衆の外周で女子供と兵が揉めているのが舞台上からは観えている。
ジャーゴンがそれを知って尚も嗤っているのは、平原の果てに仕込んだ魔獣化魔法陣の策を知るからなのだろう。
ジャーゴンは壇上のお付きの求める視線に応えるように肯くと、ホール妻子の子供に視線を向けた。
「聞けっ! ゼロがこの村に潜んでいるのは判っている。出て来なければ子供の首を落とす!」
お付きが断頭台に手を向けると、兵が抵抗に足をバタつかせるムネッタを抱えて断頭台へと向かっていた。
「ムネッタ! ヤメて! ゼロはこの村には居ない! 首を落とすなら私の、このサキュバスの首を落としなさいよ!」
盛んに興じて呆けた顔を見せていた男共も、群衆の外周で兵と揉めていた女子供も、皆一様に舞台上のムネッタに目をやり、断頭台に頭を置かれようとする状況に言葉を失い、神妙な面持ちでそれを見つめ何かしようと思うも浮かばず、手を震わせて黙り込んでいる。
鎮静化というより沈黙と言った方が適当か、シリッタの叫ぶ声だけが平原に響き渡り、サキュバスの色香ではない母親としての感情を村人の心に響かせるが、抗う術を持たぬ村人には響くも反響に轟かせる自身の鐘を打ち鳴らす程の度胸も気合も、断頭台という無慈悲な裁きを前にして失われてしまっていた。
ムネッタを抱く兵が断頭台へとその首をかけようと置く寸前、断頭台の鎌を引く綱が切られ鎌はムネッタの頭の前をギリギリに落とされた。
舞台の下に居たエボーナの兵がした事だが、ジャーゴンが一瞬何が起きたか判らず動じた隙を見て、エボーナと隊の者達は一斉に動き出す。
「美学無き者のする余興とは、これしきか!」
エボーナが言ったと同時にムジル中尉が隣の魔人兵から剣を奪いエボーナへと向け投げ渡し、受け取ったエボーナはジャーゴンの首に剣を斬り突け、巻き付くようにして首を落とそうと駆けたが、剣の入りが甘く切り落とすまでは行かずに舌を打ち悔しがる。
「ハールは子を持て!」
「はい!」
ムジル中尉は自身の剣で隣の魔人兵の力技の攻撃をいなし、細かな剣技で四肢を斬り裂き動きを止める
エボーナは壇上に立つジャーゴンのお付きの攻撃をかわしつつシリッタを縛る縄を斬り解き、お付きがジャーゴンの身を案じて足を向けたのに乗じてその足を斬り落とすと、その両の腕をも斬り落としては頭に巻かれる布を剥ぎ取り、その頭の角を聴衆に向け見せ呼びかけ叫ぶ。
「見よ! これなるが魔人である! 魔人は死なぬが故、これよりこの地は魔人の棲家となる! 皆、この村を捨て今すぐ逃げろ!」
ムネッタを抱いたハールとシリッタと共に舞台から飛び降りたエボーナは、防壁を指してムジル中尉に向け叫ぶ。
「アレをやれ!」




