向きを違える防壁の意図
「ムネッター!」
マルコの叫びに気付き涙を浮かべるムネッタは、応えにマルコの名を叫び何かを伝えようとしているが、聴衆の怒号や罵声に掻き消されて何を言っているのかまでは判らない。
ホール妻子の拷問の傷痕を見せられた後ではジャーゴンのお付きが舞台で声を荒げたとて、村人達の怒りは静まる事なく暴徒化間近に迫る状況にある。
村人達の怒号と罵声を浴びて尚も憎々しい笑みを絶やさず、後ろで手を組み指を弾ませリズムを取るジャーゴンのお付きが何か企てを持っている。
舞台側から背後のそれを見れば明らかだが、前を見る村人達は怒りに任せて企ての流れに乗るも気付かず。
村の三人程が舞台の上へと向かって来るのを切っ掛けに、壇上のお付きがジャーゴンに確認を求め視線を向けると肯きを返すジャーゴン。
直後、魔人兵だろう兵が壇上へ登ろうとする村人の両腋を背後から挟み掴んで舞台から引っ剥がすと、そのまま投げ飛ばして舞台へと迫る群衆の先頭に立つ者共々をなぎ倒す。
その尋常ではない腕力に圧倒されたか、村人達の怒りも一瞬にして沈静化した。
力押しが過ぎるようにも映るが、軍としての力を誇示するにはうってつけの機会と見ていたのだろう、ジャーゴンの顔を見れば一目瞭然だが、同時にそれは、魔人兵の存在を自軍内部にも解らせ統制を図ろうとするもの。
エボーナはこれを、軍幹部の意向に魔人兵の活用が囁かれている可能性を示唆するものと気付き、王都の政にも不穏な輩が入り込んでいる事は確実とした事で、今日までの疑問が一つの答えに行き着いた。
「そう言う事か……」
エボーナの零した呟きにジャーゴンは魔人兵の使い道に気付いた程度に捉え、不敵な笑みをチラ見に向けるが、エボーナの気付きはその先にあるもの、否、正確に言えばここに在る物が意図するものにだ。
ここタヘルは辺境の村、地形図を見れば戦略的にも使えないと判るような立地であるにもかかわらず、何故にマウワー教会がメヌエ国に豊富な資金を払わせ強固な防衛魔法陣の設計をとしているのかだ。
村の食糧危機に対して防壁までを建てる防衛魔法陣の必要とは何かに、疑問を抱えるも魔法設計師たる仕事と割り切り、美学に基き出来得る限りの強固な設計に建てたこれが、仮にここを魔人兵の拠点とするなら、変魔の森を背に争う地形的リスクは皆無ともなる。
つまりは……
躯体工事を終え、残るは防衛魔法陣を組むのみとなった今に村人を集めた理由は、防衛魔法陣を違えるものに設置し、禊と同じ効果を持つ魔法陣を構築して村人を魔人化させようとするものに相違ない!
〈防壁が向けられているのは内側という事か……〉
ムジル中尉と隊を組むエボーナも含め軍内部に近い者なら知る事に、敵国との戦いに使われる魔獣を眠らせ忍ばせる方法とは、教会の魔法開発部が創出した“野生動物を魔獣化させる魔法陣”を用いている。
それは、野生動物を麻酔で眠らせ魔法陣の囲い中央に置き、発動のタイミングを計り簡易魔法陣の盾を三枚△挿して魔の力を生命体へと流し込むものだ。
エボーナは取り戻した記憶を探り、禊が行われた際の記憶を急ぎ確認しようと、やや下を向き眉を寄せると、ジャーゴンはそれをチラ見しニヤけ、村人の怯える様を余興と楽しむ。
王都のマウワー教会本部で洗礼の儀を前にした当時のエボーナは、農家の出ながらエリート思考を持ち合わせ、禊と聞いて遂にエリート街道に乗ったとの自負に、教会の地下へと繋がる厳かな通路を、先導する枢機卿のお付きの者の後を追っていた。
そこで見た洗礼に使われる禊の魔法陣は、六芒星のようでもあったと思い出した所で、それが何かに気が付いた。
〈なるほど! 魔獣化の魔法陣△▽を上下に重ね、魔の力の流れ込む量をも調整出来るという事か。ならばそこに、記憶の吸収をもたらす角を生やす特性があると見て、間違いない。だが……〉
ランディに触れ、角が収縮すると共に記憶が流れ込んで来た事を知るエボーナにとっては、逆算も可能となるが、教会の禊に使われていた魔人化させる魔法陣の六芒星は、上下に重ねる魔獣化魔法陣△▽の調整により、角が奪う記憶の選定が施されているのだろう。
だとするなら、このタヘルで防衛魔法陣用に設置した土台の位置関係は魔獣化魔法陣△▽を構築するには歪に思え、エボーナは自身の設計した魔法陣の構成に魔獣化の魔法陣へと組み替え計算し直すと、違う答えが見えて来る。
全ての土台を使わずとも川側に建てたこの二重防壁の内側に広がるこの平原に合わせ構築すれば、村人達が今集められている平原は、正しく△▽を重ねた魔人化魔法陣の中央となる。
〈そうか、六芒星はマウワー教会の……〉
原子のテム教は五芒星、ゼーム教は五芒星の中に三角を用いている。
これが示す答えかは判らないが、仮にこの図形が示すものが魔人化を云うものだとするなら、そお考えたエボーナは今日のコレを理解した。
「この異端の魔物こそは、魔害のゼロと呼ばれる魔人の連れ合いであり、村の男共を喰い散らかしていたサキュバスである!」
ジャーゴンのお付きがそう叫ぶと、舞台上で手腰を縛られたシリッタ・ホールを拘束する兵はシリッタの尻を聴衆に向けさせ、服を捲りその尻を露わに晒す。
シリッタの尻から伸びる得体の知れない尻尾のような物の先に揺れる、ハートかスペードかを見た村人達は開いた口が塞がらず、言葉に詰まり目で尻尾の先を追っている中、シリッタは色気のある声を上げ挑発する。
「ちょっと〜やめてよ〜、みんなは見ちゃダメだからね! ウフンッ!」
開いた口が塞がらないのは男共のみとなり、塞がらないの意味も違えて呆けた顔を見せると、女子供は白い目を向け興冷めし、助けに向ける気持ちが消え失せたのか、何を見せられているのかも分からなくなっているようだ。
おそらく、これはジャーゴンの意図していたものとは違うのだろう、壇上ではジャーゴンのお付きがこの状況に狼狽えている。
シリッタ・ホールの抵抗の術と見るべきかにも惑いに迷わされるが、村人の危機を理解したエボーナはそれどころではない。
どのタイミングで魔人化魔法陣が発動されるかも判らない状況の中で、シリッタのそれが長引くよりも敢えて断頭台へと向かってもらった方が手っ取り早くも感じ、エボーナは焦れて来る自身を抑えつつ、機会を持つより他に手をと探し考え、脇に立つサボンヌを見て別の手を浮かべていた。




