整列の乱れは足並みを崩す
集められた村人達の中には昼を前に待たされ、腹を空かせ苛立ち始めている者が数人程、舞台上に置かれた断頭台に何を見せられるのかを察した者の中には、肩をすくめ怯える者も。
エボーナが草むしりに集めた折には村総出の歓迎もあってか、最初から集まる事が組まれていた為集まるも容易だったが、流石に朝になってから兵が一軒一軒に出向き呼び出していては効率が悪過ぎる。
無論、事前通知で言える話では無いからこそだが、ジャーゴンは配下の兵の多さに甘えているようにも見え、策より数で押す力技タイプと言えば格好もつくのだろうが、軍幹部がそれでは話にならない。
とはいえ、対峙する側としては好都合でもある。
焦れて来た聴衆に兵が制御に剣を向け、暴力で解決を試みる兵の姿勢がエボーナには情けなく映るのは、舞台側に立ち自軍として見ているが故の見解だ。
数押しの力技なら軍を並べるだけで威圧感に黙らせる事も可能だろうが、兵はバラバラな動きで将に統率力無き事を物語るそれは、数を並べた所で隙があるという事に他ならない。
だが、焦れて来たのは聴衆だけではないようで……
「もういい、始めろ!」
緻密な戦略策定をした所で軍の将が先に焦れては、漏れが生まれる。
ジャーゴンはホール妻子を迎えに行かせた兵の戻りの遅さに焦れているようだが、それを襲われたとすら考えない辺りはエボーナにも多少の勝機があるように思える。
けれどエボーナもまたホール妻子を奪還したとは考えていない。それは作戦に無いからであってジャーゴンのそれとは一線を画す。
「静まれっ!」
ジャーゴンのお付きが舞台で声を上げると村人達も一応に黙り、それを聞く姿勢を向けている。だがそれは威厳や威圧感によるものではない。
当然だろう、断頭台と剣を向ける兵を前にして騒げばどうなるかなど、つまりそれは軍を恐れているのではなく、断頭台という真偽不明の裁きを恐れての事。
「我がメヌエ国はマウワー教会と信心を共にしている。だが、ここタヘルにては、教えに背き牙を剥く異端者の潜伏を確認した。これはそれを裁くものである!」
大層な口上と取るか、村人に圧政を強いる為の口実と取るか、村人の動揺する様を見れば後者として捉えているのは明らか。
ここで【魔害のゼロ】を敢えて言わずホール妻子の到着を待つのは、異端の裁きと言う恐怖をじっくりと煮込むように味合わせる狙いがある。
この口上を述べた後なら焦らすもまた良しとなるが、焦れているのがジャーゴンでは話にならないだろう。
ジャーゴン配下のお付の者や策士を気の毒に思えば、エボーナは舞台の脇で警護に立つハールとムジル中尉を見やり自身の行動をも考える中、脇に立つムジル中尉の前を過ぎた兵がジャーゴンに近寄り耳元に伝えた。
にまりとしたジャーゴンの表情からもホール妻子が到着したと見て取れる。
エボーナは舞台の袖に居るムジル中尉の兵に視線を向け、向こうが視線に気付くと肯きを入れ、誤魔化しに首や肩を回して肩凝りに見せると、ジャーゴンがそれを緊張や悲観に捉えたか高みに笑い蔑みに告げる。
「ふん、落ち着かぬか。貴様にはどうにも出来ぬ、黙って観ておれ」
「はあ、何分この手の催し物は苦手なもので」
エボーナも内心では、“落ち着きが無いのは貴様の方だ”、とでも言いたい所だが、続きに“どうなるのかを見ているがいい”、と顎を引いて歯を食いしばり苦虫を噛む。
一方、ジェット一家が連れ去られた事とエボーナに言付けられた件をファンから伝手聞かされ、べフォイは迷う事なくそれを了承し足を急いだ。
教会へと向かう兵を先回りに、奪還戦にとムジル中尉の兵を三人物陰に忍ばせ配すると、べフォイは集まりに向かうかに装い魔人兵が連行するジェット一家に気付いたフリで声をかけて近付く。
「おい、グウェルガどうした?」
「退け! 連行の邪魔だ!」
驚きの表情を魔人兵に見せて道を譲ったべフォイは、謝りに頭を下げると、縄で繋がれ通り過ぎるジェット一家の真ん中を歩くランディに向け、一言に告げる。
「……兵の手を持て」
ランディにはその意図が解らずべフォイを見るが、深くゆっくりとして肯くべフォイを信じ、先日の逃亡劇と同様に何か逃げる策でも有るのだろうかと理解し、意を決して魔人兵の手を掴むランディ。
――KABUUUN――
「うぐっ、な、何だ……」
ジェット一家の三人を連行するにも魔人兵なら一人で十分と過信したのだろうが、ただの兵と化した今の一人ではムジル中尉の兵三人に抗う事など出来ようもない。
ましてや流れ込む記憶の濁流に困惑し、立つもままならない状態となれば尚の事、べフォイの合図に物陰から飛び出したムジル中尉の兵が四人を囲い、縄を斬り解くとべフォイに駆け寄るジェット一家。
ジャーゴンの兵は記憶に混乱が生じているのか、動揺を隠せないでいる。けれども兵の記憶に、元よりジャーゴンの考えに同意した上で属し禊を受け容れていたなら、例え奪われていた記憶が戻ろうとも、エボーナの側に靡くとは限らない。
ムジル中尉の兵は、解いた縄でジャーゴンの兵を縛り、縄の猿轡を咬まして民家の庭に放り捨てると、他の兵に見つからないよう川の北岸へ足を向けると聞けば、逃走ルートを頭に持つグウェルガが先導して行く。
ランディは大人の足を追って走る中、頭の中に不穏な影が走っているようで、妙な気持ち悪さが心を覆い始めていた。
何故にエボーナやハールと同様にあの兵が膝をついたのかを考え、自身の持つ力の根源たるものとはに、それこそが英雄伝説に知る【魔害のゼロ】の力という自覚が芽生え始めているからに他ならない。
だが同じてそれは、自身が起こした悲劇をも理解するものとなり得る。
舞台では、ホール妻子が手腰を縛られた状態で登壇し、集まった村人達がどよめきを上げていた。
BARに通い詰めていた男共は、拷問されたのだろう傷跡を腕や足や首やに見せるシリッタ・ホールの姿に開いた口が塞がらないのか、段々と湧き上がる疑念に怒号を浴びせて物を投げ始めた者も居るようだ。
女子供は、七歳となるムネッタ・ホールの幼き者に対する非道な鞭の痕に怒りを覚え、断頭台の脅威も忘れジャーゴンや兵に向け罵声を浴びせている。
それを見やりニヤけるジャーゴンの横で、機会を窺い戦況を見守るエボーナ。
「この者こそは異端の魔物である!」




