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ファンを残す逸話の収集家


 エボーナが【魔害のゼロ】の正体にべフォイを外して考えていた頃、道具屋の中でランはランディを寝かしつけるのに古い英雄伝説を語っていた。


 語り終えると物憂げな顔でランディの頭を撫でて寝かしつける。それがジェット家のルーティーンのように思えていたランディの日常は、いつから変わっていたのかは判らない。


 だが、今夜のランは英雄伝説に続きの物語を加えていた。


「【魔害のゼロ】はランディ、あなたの中にも居るの。ランディもみんなを救う事が出来る。それと、何があってもムネッタとは友達でいてあげてね」


「うん、ムネッタは僕より頭良いけど、妹みたいなもんだからね。でも、ケールのおじいちゃんはこの力を使うなって……」


 扉の向こうでグウェルガは部屋に入ろうとしたが、黙ってそれを聴いていた。


「それはねランディ、あなたの力は誰にも制御出来ないの。だからランディ、誰かを守る時以外は【魔害のゼロ】がそうだったように隠れて我慢するの。あなたを助ける事の出来る誰かがいつか来る。だからその時まで我慢して……ごめんね。ランディ」


 そう言ってランディを抱き締めるランの腕は、アルビノの白い肌が赤みを帯びる程に強く重ねて、クリーム色の髪で顔を隠して泣いている。


「なんでママが謝るの?」


 応えに詰まるランを思いやってか、グウェルガは部屋に入るなりランに重ねてランディを抱き締め、幸せを口にした。


「ランディはパパとママにとって大切なヒーローだからさ!」


 ランディには全くもって意味の解らないグウェルガの台詞は、ランにとっては幸せを示す言葉でもあり、泣いてるランの顔は笑みを浮かべ、ランディを挟んで見つめ合う二人は互いを理解し、ランディの頭の上で唇を合わせ、ようやく全てを乗り越えた幸せを実感していた。




「明日だと? 何故そうなる」


 翌朝、防壁の中に村の者を囲い護る為の仕掛けを組み込んでいたエボーナの下に直接ムジル中尉が訪れ、ジャーゴンの動きを知らせた。


 ケーヒルからの報告によると、既にエボーナ達の所に見張りはなく、【魔害のゼロ】の妻子と思われるBARの女主人と娘に人員を割き、【魔害のゼロ】との接触を待って広範囲に監視を立てているらしく、明日の朝までに接触が無ければ、女と子供を盾に誘い込むと言う。


 盾に誘い込むとは、脅迫の意と変わらない。気の短いジャーゴンには最良の手なのか、籠に飼う魔害虫を女子供に近付け脅す気なのだろう。


 だが、ジャーゴンのそれが公開処刑的な行為に及ぶとすれば、村人総出の見世物となる。策の決行を変えずにあるなら、その見世物を壊す事にもなる。


「ムジル、明日が選択の時となるかもしれん、覚悟を決め置け!」


「はっ! 既にそのように」


「ファンとハールには復興資材を村の者に任せるよう伝手置かせ」


 と、ムジル中尉に向けて放つも、横入りにいつから聞いていたのかハールはエボーナの背後から現れ応える。


「いえ、ファンは残り復興を全うした後、逐一報告する方が良いそうです」


 既に決めていたかの話をするハールに、参ったとでもいった感じで首を横に振ったと思えば縦に振り、納得の肯きをしてそれに応じ謝るエボーナ。


「双子を分ける事になるとは、すまない」


 謝罪を向けられ微笑みに首を横に振るハール。それも既に決めていた覚悟の表れなのだろう。


「いえ、ファンは旅より机を愛しています。それに、【魔害のゼロ】はまだ奪われていませんよ」



「そこだ。奴らは思い違いをしているようだ」


 エボーナは昨夜【魔害のゼロ】の正体を考える中で、サボンヌの見つけた妻子が解に合わぬと気づき、解を求めて考えた結論を語り始めた。



 そもそも英雄伝説の舞台は、原子のテム教が生まれるより前のガゼル大陸であって、今では何処にあるかも判らない小国や村や王国や島国やまでが出て来る“おとぎ話”のような物語であり、【魔害のゼロ】の今の年齢は百を優に超えている事になる。


 ところが、ややこしい事に“【魔害のゼロ】は歳を取らない”と言う逸話が地方には多く残されてもいて、更新されていたり新たな物語までもが作られ続け、その中にここタヘルの村が出て来る話があった。


 ジャーゴンとサボンヌは【魔害のゼロ】が【間男のゼロ】と異名に呼ばれているからと、見つけたBARの女子供を妻子と考えているようだが、英雄伝説の話からして可笑しな話に思えていたと言うエボーナは、【魔害のゼロ】は……


「親子代々にその力が受け継がれている。そう考えれば全てに納得が行く」


 つまり、英雄伝説の逸話が地方で増え続けるからには理由があり、テム教もマウワー教もゼーム教も英雄伝説を嫌い続ける理由にも、今日のメヌエ国の軍が教会魔法師のサボンヌを使ってそれを追い続けるのは何故なのか。


 それこそは【魔害のゼロ】が実在する事の証明だと言う。



「だとすれば、本当にこのタヘルに……」


 ムジル中尉は言葉に詰まり、ハールは腕を組み考えているが答えが見つからない。


「どうだろうな、最新の逸話が出てから十年程経つ、次世代のゼロは恐らくまだ子供の筈だ」


 軽く応えるエボーナが子供と判断した理由は、性格まで遺伝するとは思えないが、逸話が間男のままである事からも男であるのは間違いない。

 だが何よりも、最新の逸話と思われるものがエボーナの耳には入っていない事にある。


「ふん、こう見えても私は英雄伝説の収集家でな」


「存じておりました」


 笑みにお辞儀するハールの横で、ムジル中尉は驚きの顔を見せる。それもその筈、教会が嫌う英雄伝説の収集など背信行為に等しいのだから。

 とはいえ、そんなエボーナの考えに従い付いて行くと決めたムジルは、エボーナの底知れぬ一端を見た思いに笑ってそれを受け容れた。


 だが、男にしか継がれないという部分は推測の範囲だが、ジャーゴンの捕らえようとしている娘は女だから発動していない可能性もある。


 不意にムジル中尉が何かに気付き思い出した話を口にした。



「あの、村の子供の話なので当てにはなりませんが、草刈りの折に魔害虫を素手で駆除した少年が居ると話していた子供が居りまして、その魔害虫は甲虫の類で、我ら衛士の剣で貫きようやく殺せる程の虫を少年が素手で駆除したというのは……」


「荒唐無稽な話、だから誰も気に留めなかったか……」


 唇に指を当て黙り考え始めたエボーナは、ジャーゴンを煙に巻く策を思いついたか、光明の兆しと見て告げる。


「明日の昼までにその少年を探し出せ!」


「はっ!」


 

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