ハールの陰謀
設計図面が作成されると基礎打ちからの着工に村の川側から施工し始め、石板を設置する土台と共に、防衛魔法陣だけでは防げない魔獣の侵入を防ぐ二重防壁の躯体工事までを終えた今、魔法設計師エボーナによる新たな防衛魔法陣の構築を間近に控えていた。
ジャーゴンがサボンヌに探らせている【魔害のゼロ】の正体をべフォイに重ね見たエボーナは、解の何かが合わずべフォイ本人に接触を試みる必要を感じていたが、ジャーゴンの配下にエボーナ自身も探られている為、対象に接触すれば相手にヒントを与えるだけに身動きを取れずにいる。
「この膠着状態では分が悪いな」
躯体工事を終えた防壁の上に置かれる監視塔に立ったエボーナは、ムジル中尉とお付きの者と三人で堂々と立ち話に興じる。
見張られているなら、隠れるより敢えて表に出てやれば良い。
エボーナは防衛魔法陣を組み込んだ石板を固定する土台の現場視察と称し、草を刈り遮る物も無くジャーゴンの手の者が忍び隠れようのない見晴らしの良い平原を前にして、羽根を伸ばすように腕を振り上げ気晴らしに日光浴でもしているかの寛ぎを見せている。
「泥沼化となれば、汚れ仕事に慣れたジャーゴンの手練れに押し負けるでしょうな」
ムジル中尉としては探り合いには勝つも、一発必中の決定打以外に大隊を打ち負かす事は出来ないと知るからこそ、べフォイが【魔害のゼロ】の正体という確信無きままに接触を試みる事には難色を示す。
とはいえ、今手を打たなければいずれはジャーゴンに奪われるだろう。手を咥えて見る気はないが打つ手もない。軍幹部を相手に策を講じる事自体、一歩間違えば背信行為ともされ兼ねないだけに……
「では、軍を必要とさせては如何でしょう」
お付きの者が平然とした顔で語るそれは魔獣を放てという話であり、魔獣から国や民を守る魔法設計師や中尉を前にして中々言えるものではない。
だが、その国や民を警護する最たる立場にある軍幹部を相手にしている今には、有りとも言える。
立場を違えれば見える景色も違うもの。
「ハールならではか。巧い策だが、それでは折角半分に減らした軍の駐留を良しとする事になるぞ」
お付きの者ハールの策により、ジャーゴンは半分の兵を王都へ戻しているが、元より大隊であったジャーゴンは未だ二つの中隊を抱えている状況だ。
「戦うのは私達ではなく魔獣です。それに、この防壁の中に村人を囲えば被害は建物のみ、ジャーゴンを騙すのに高騰に見せかけ、先物取引の安値で余らせている資材を村の復興に使えば資金管理的にも問題なく全てを賄えるかと」
驚きと言うより引いているかに視線をハールに向けて固まる二人は、少し考えた後に腹からの笑いが押し寄せると、治まらないのか監視塔の縁に両の手をつき大声で笑うエボーナとムジル。
「よし、それで行こう! ムジル、こちらでタヘルの者を匿え、あちらはジャーゴンの護衛で民には手を割くまい」
「はっ! して、規模は如何程に?」
ムジル中尉の言う規模とは、戦闘の規模になぞらえ襲わせる魔獣の量を意するのだろう。
二つの中隊をジャーゴンの護衛と魔獣退治に分割するのは明らかだが、最悪の状況になればジャーゴンをもこの防壁に囲い兼ねない事からも、あまり大きくはしたくない。
「そうだな、先に村の者を集めこちら(川側)に置き、村の中央で分断させればジャーゴンもこちらに向かう事はしないだろう。出来たばかりの防壁を傷付けたくはない。貴様らでも扱える四脚を五頭、夜のうちに眠らせ村の中央に運び忍び置かせろ!」
「決行は?」
「村を闊歩する魔獣が良く見えるよう明後日の昼に!」
真面目な話を終えると腹の震えがまだ治まらないのか、エボーナとムジルは笑い続け、笑われている事に不満顔をしつつも二人に連られて笑うハール。
三人で笑い合うには手狭な監視塔でエボーナは川側へと向きを変え、変魔の森を前にして何かの考えが頭を過ぎり、ふと気付く。
「魔獣か……」
変魔の森を前にしてあるここタヘルにおいて、魔害虫騒ぎでその一端を見た気になっていたが、防衛魔法陣が解かれて尚も魔獣の襲来無き事に今更気付いたエボーナは、それこそが【魔害のゼロ】による影響と結び付ければ、ジャーゴンが探し求める理由も見えて来る。
魔法陣を構築する教会が魔の力を吸い取る【魔害のゼロ】を嫌うのは理解も出来るが、敵の防衛魔法陣を消す力としての見立てをすれば、国の軍幹部が【魔害のゼロ】の力を手に入れようとする動きは当然とすら思えて来る。
だが、教会とて人体実験をしているとの噂もあるが、その力を軍が手にすれば乱暴な形で使われるのは自明の理。
仮に【魔害のゼロ】があの男ならとべフォイを浮かべ、ジャーゴンより先に囲ってどう扱うべきかを考えるが、何より確信無き今にそれを考える余裕はない。
使い道は後に、先ずは【魔害のゼロ】と目される男を囲い確認の後、メヌエ国にもマウワー教会にも渡さずどう切り抜けるかだ。
監視塔で笑う三人を、平原の果ての木陰から望遠鏡で覗いていたジャーゴンの手の者には何を話しているかまでは解らない。
ただ、何かろくでもない事が起きる予感に不審な目を遠くに向けていた中、別の兵が伝令に来た。
「サボンヌがゼロの女と子供を見つけた。エボーナはもういい、女には別の隊がついている、オマエ等は娘につけ!」
ジャーゴンの隊員三人は指示に従い木陰から去り、伝令に来た兵は一応の確認に望遠鏡を借りて監視塔を覗き、三人仲良く何かを語っていると判り、鼻で笑って望遠鏡を返すと罵りをこぼして後を追う。
「ふん、所詮は戦を知らぬ設計士か、軍を相手に呑気なものだ」
伝令兵の言うそれは、裏を返せばサボンヌを探るケーヒルの存在に気付いていない事の証明でもある。
夕刻になり、設営された陣に戻って来たムジル中尉はケーヒルの報告を受け、急ぎお付きのハールの下へと足を向け、書簡がエボーナの下に来た頃には既に陽が暮れていた。
報告では、【魔害のゼロ】の異名でもある【間男のゼロ】をして残した妻子の存在をサボンヌが見つけた。とあり、その対象こそは、これもロシナンテがサキュバスか天使かとの噂に疑いをかけていた、洞窟でBARを営む女主人とその娘の事だった。
「どうなっている……」
接触を試みる事はしていないが、家族関係などの内偵調査を進め、べフォイの名前やエスナ家の事までは調べがついていた。
べフォイは妻を勤労に亡くし、息子夫婦に居た孫も最近亡くしたばかりで、息子の嫁ヒールがメヌエ国に孫のケールが亡くなった責を取るよう叫び、村の者を扇動しようとしていた事までは知っている。
だが、過去は分からずも今のべフォイに間男的な資質は見当たらず、サキュバスや天使などと云われるようなBARの女と関係があるようには思えない。
何せ、亡くなった孫のケールとゼロの娘と目される子供は一つ違いの下にあり、べフォイにその才があるとしても流石に息子夫婦に産まれたばかりでそちらに走るとは考え難い。
無論、エボーナに間男の才など知る由もないが、常識が無い間男とはいえ倫理的にも家族が居る事を踏まえれば、べフォイは【魔害のゼロ】ではない可能性が高いように思える。
「ええい、見誤ったか!」
だがまだ救いはある、サボンヌが見つけたのは妻子であって【魔害のゼロ】ではない。
エボーナは、ハールの仕掛けに別の勝機を見つけたか、策の決行はそのままとした。




