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過去の英雄伝説


 教会の中へと向かうジャーゴンを追うように立ち上がったエボーナは、視線の中にグウェルガを見付けひと時を置いた。


 べフォイと肩を寄せて語る二人の姿は人目を避ける動きにも見え、怪しさを残して路地へ消えるまでを見る事はなく脇に着く兵に促され、エボーナは足を急いだ。


「今の私は、エボーナ様に就く身であります」


 共に教会へと向かう中尉の言葉は、先の話に向けたものと言うより、これより部屋で対峙するのを前提に自身の立場を明らかにするものであり、それはメヌエ国の軍に身を置く事を良しとせず、マウワー教会にも反発する考えを持つエボーナに身を委ねると言っている。


「正気か? ムジル、昇級は無きものとなるぞ。農園で働く気も無かろう。いずれの必要にも今は器用に振る舞え」


「はっ! 農作業も心得ておきます」


「では、手を切られるなよ」


 小言を交わして歩む二人に、前と脇とに兵が三人、後ろは兵とお付きの者が一人ずつと、ジャーゴンのそれとは比べ物にならないが、少数精鋭を良しとするエボーナにはこれで十分。


――KONKONN――


「入れ」


 ジャーゴンの迎えに部屋へと入るなりエボーナはため息を吐く、教会の一室は軍の作戦本部かとさえ思える兵の並びに、配置した食堂の長椅子には地図を開き置いていた。


「この地図は、いつ作られたのですか?」


「ふん、知れた事を」


 エボーナの手元にはここタヘルの地形図が無いからこそに、隊の人員を割いて計測を急いでいる中、メヌエ国の軍は戦略図の策定にここタヘルの地形を既に計測して地図として持っていたと判らせる。

 それを敢えてエボーナに知らしめる為に開き置いては、見せつけた上でニヤけた顔をエボーナに向けたジャーゴン。


 エボーナが無駄な時間を費やしている頃を見計らい、これ見よがしに視察と称してこれを見せ、エボーナの悔しがる顔を見てほくそ笑むジャーゴンの腹黒さは誰の目にも判るものだが、挑発に乗ればそこで負け。


「別用にも手を割いております故、お貸しいただけると助かるのですが」


 ジャーゴンはテーブルに肘をついて下から睨み上げ、悔しさを覗かせろとばかりにエボーナを見つめ待つが、澄ました顔で笑みを向けるエボーナに舌を打ち、不服そうに椅子の背にもたれると横を見やり、兵にそれを畳み持たせてため息を吐き、つまらぬ余興に冷めたか平たく語り告げる。


「これで幾日早まる? 別用はこちらの専門なのだろう? 数もある。こちらに任せ、陣の作成を急がせよ」


「はっ! そのように」


 互いの落とし所に手を引いたようにも見えるが、ジャーゴンは地図を取引きの道具に監禁中のサボンヌを表に出す口実を創り出し、魔法陣の石板を盗んだ者を探すのに村の情報を知るサボンヌが必要とでも称し、ジャーゴンが裏で命じた職務を全うさせる気なのだろう。


「では、ごゆっくりと!」


 エボーナは地図を受け取ると敬礼に逆を向いて部屋を後にし、地図をお付きの者に渡して中尉に小声で告げる。


「サボンヌだ。計測に空く手を回せ」


「はっ! 流石の捕り物で」


 ムジル中尉の言うそれは、手数で勝る相手にも、地図をもらえば計測の手を割き探りに手を回す事が出来、互いの捕り物に分があるのはどちらかに、探り合いの手を得たエボーナに分を見たのだろう。


「向こうもつけている、抜かるなよ」


「なら、ケーヒルが適任かと」


「あのすっとぼけか、任せる」


 探りを入れるにも相手が判れば手数は要らず、ジャーゴンの隠し玉がサボンヌと知る中で泳がせる事にも成功したようなもの、ここからが本当の探り合いと理解するエボーナは、ムジル中尉の奨めるケーヒルを探り役に立てた。


 ジャーゴンは魔法陣の組み込まれた石板を盗んだ者を探し出す事が問題の解決と見做しているようだが、エボーナはこれを謎と称している事からも、別の何かを疑っているのかも知れない。




 それからの数日でタヘルの村は日常を取り戻したかに見える。


 勿論、王都のお偉方がこの村に居座り続けている以上普段通りとまでは行かないが、草むしりに精を出すような村総出の作業もなくなり、魔法陣の施工はエボーナの隊で全てを賄われている。


 一方、本来であれば食料危機の村に配される予定だった食材は、エボーナの連れて来た給仕すらを配下扱いに、ジャーゴンの専属調理人が宮廷料理かと見紛う程の贅を盛んに創作しては機嫌を取っている。


 それを良しとしないエボーナは隊を割き、先んじ村の農園や農場に“浄化と再生を促す魔法”に魔の力の流れを速める魔法陣を構成して組み、収穫時期をも速め都合を合わせると、農夫からは感嘆の声が寄せられたが、防衛魔法陣を急ぐ中での特別な事とし、軍には伏せよと告げていた。



 地盤調査や川向こうの変魔の森(メタモルフォレスト)の刈り込みも進み、魔法陣の設計に目処が立ったエボーナが施工に入る準備に取り掛かる中、ケーヒルからの報告を受けたムジル中尉は探りの兵を欺く為にと、書簡を領収書と混ぜ資金管理をするお付きの者へと渡し、お付きの者も理解をしてか演技を足す。


「軍の身入りに村の資材が高騰しています。このままでは王都にその旨伝えねばならぬ日も近いかと。他にも領収書があるなら隠さずに出して下さい」


「すまない。何せ中尉の身では向こうにも言えずで、見つけ次第また来る」


 敢えて軍の駐留が資材高騰を招き、それによりエボーナの作業が滞り資金不足になるようなら王都に伝える。と、お付きの者が加えた演技のそれは、ジャーゴンにとって最悪の報告ともなる。

 この会話を探りに向けられたジャーゴンの配下が聞き伝えたなら、恐らくジャーゴンは急ぎ隊の半分を帰らせる事にもなり、目下ムジル中尉の渡したそれを怪しむどころではないだろうとの目論見だ。

 これに反応すれば目に見える上、お付きの者にも探りが入っているかを明らかにする巧い口上だ。


――GASAGASA――


 外で何かが動く音に耳を澄まして目を合わせるムジル中尉とお付きの者は、互いの欺きの手と予想に確信を持ち頷いた。



 夜になり、お付きの者は堂々と作業報告と共に書簡を渡して部屋を後にし、エボーナはため息を吐いて居るかも知れぬ誰かに呟きを聴かせる。


「また値上げか、これではもう王都に伝え、軍を引かせねば仕事にならん。ジャーゴンめ、贅に浮かれ馬鹿をしおって、目にもの見せてくれるわ……」


――GASAGASA――


 外の音を確認し、被せた領収書をめくってムジル中尉の書簡に目を通す。


 報告によれば、サボンヌが命じられているのは『古い英雄伝説に語られる中の一人【魔害のゼロ】と呼ばれた男を探し出せ』というもので、どうやらこのタヘルの村に潜伏しているらしいとの事。


 【魔害のゼロ】とは、伝て聞く話によれば魔の力を吸い取る事が出来るらしいが、その力をして【間男のゼロ】と云われる女たらしの異名の方が有名でもある。


 だが、何故に【間男のゼロ】ならぬ【魔害のゼロ】をジャーゴンが探し求めているのか些か理解に苦しむエボーナは、マウワー教会のみならずテム教も北のゼーム教も嫌う地方に残る昔話に何を思うのか、農家の出が故に知る伝説の内容を思い出していた中。



「……!」


 何かに思い当たったか、細い目を見開き何処でもない所に視線を向けて考え始めたエボーナ。


 仮に【魔害のゼロ】がこの村に居るとするなら、消えた魔法陣の石板も【魔害のゼロ】が魔の力を吸い取ったともすれば、石板は砂となり消えていた可能性がある。

 そこに気付いたエボーナは、ふと、グウェルガと肩を寄せて話していた六十過ぎの男を思い浮かべる。


「まさかな、……」


 べフォイは【魔害のゼロ】なのかに、そうであるならランディの力を直ぐに気付いた理由も納得の行く話ではあるが、そもそもエボーナはランディの力も知らなければべフォイが農園の男としか知る所にない。


 べフォイを疑えば、同時にグウェルガとの間柄にジェット一家にも疑いの目を向け考える必要が生まれる。二人で行っていたという耕作機のそれを考えれば、砂を土と混ぜ証拠隠滅を図ったとも考えられる。


 そうであるなら、ロシナンテの見立てはある意味正しかったとも言えるが、ロシナンテと同じく魔法陣の組み込まれた石板を探すなら、ジャーゴンもまた同じ間違いを犯す可能性が高い。


「合わぬ……」


 べフォイが【魔害のゼロ】なら、何故に魔法陣の組み込まれた石板を砂と消し去り村の防衛魔法を解く理由があるのかに頭を悩ませ、合わぬ答えを求めるエボーナは扉の外に広がる景色と同じく深い闇へと思考を向けた。


 

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