政教一致の生んだ化け物
昨日の内に草刈りを終えて集まりも無くなり、村人の中には筋肉痛や腰痛や普段とは違う動きで疲労に眠る者も少なくない。
村は祭りの後かに静かな朝を迎える、筈だった。
――PAAPARAPAPAPA――
昼を前にして、けたたましい騎兵隊ラッパが鳴り響き、何事かと顔を出した村人達は音のする方へと足を向ける。
「全隊、止まーれー!」
戦場に居ては目立つだろう絢爛豪華な馬車を囲う護衛兵の数と言い、先頭に立つ騎馬隊も赤と金を配した軍服に綺羅びやかな銀の鎧を身に纏い、メヌエ国の旗印を高らかに掲げ、ラッパを吹き鳴らして到着を告げた。
――PAAPARAPAPAPA――
王都メヌエより来た大隊の中央に配す馬車は、教会の前へと乗り付け、教会魔法師と魔法設計師エボーナの出迎えを待つ。
だが、出迎えたのは中尉とエボーナとお付きの者が一人、他数名の教会で陣を取る護衛兵のみ。
護衛の殆どは地形の計測を任されたお付きの者と共に、村の端に位置する森や川やに陣を置き、兵は盾で組む簡易魔法陣を警護する任に向けられている。
「このジャーゴンが直々に視察へと出向き歓迎も無しとは、忙しいようで結構な事だ。エボーナよ、新たな陣は余程に進んでおるのであろうな!」
ジャーゴンはメヌエ国の軍幹部の一人、頭に巻き付ける黒い布を留める金の階級章を額の上に、赤地の服に黒いベストとパンツを穿いて青や緑の宝石を身に着け高位を示す。
背は百七十五センチ程、褐色の肌に顎を白髪髭で覆う青目の痩せた六十歳程の男は、上から目線の傲慢な態度を隠そうともせず、側近は召使いと変わらぬ扱いにされているのが一目で判る。
「早馬をいただければ村総出の歓迎も出来ましたが、知らぬ無礼をご容赦願います」
エボーナは中尉と共に片足をついてひれ伏すが、昨夜の話を考えれば下を向く顔はその台詞と裏腹な表情を浮かべているのだろう。
そもそも何故この辺境の村タヘルまで軍管部が視察に来るのか、という疑問は、魔法設計師エボーナのみならずエボーナに隊として就く兵の者にもあるようだ。
タヘルの地形を調べた上でも、ここを攻撃や守衛の起点とするには不利が多くその意味を成さない。
となれば、仕事をしているフリか何者かの監視や更迭を目的とした政治的企みの思惑以外にはない。
普段から王都に居座る事のないエボーナは、マウワー教会の事もメヌエ国の内政も詳しくはないが、上の方では軍幹部との密事に政を歪め、内政の軋轢によって隊員の編成を組み替えられたり、作業途中で現場の配置換えなどと振り回される立場にある。
あくまでもマウワー教会に属する魔法設計師のエボーナとしては、メヌエ国の言い分に従うのも可笑しな話でもあり、マウワー教会が国の政に干渉する為に軍を使うのも可笑しき事に思えて来るのは、上の方から説き聞かされる話が、才あるエボーナには“信仰心無き世迷い言”に思える解の穴があるからだろう。
「まあ、よかろう。して、サボンヌは何処だ? 教会魔法師が教会に居らぬとは何用だ!」
メヌエ国の軍幹部がマウワー教会の内情に口を挟むこれも、エボーナが政教一致を嫌う一因なのだろう。
「アレは管理義務を怠り村を危機に曝した責に、処して部屋に監禁しております」
「処しただと?」
応えに眉を寄せるジャーゴンの反応は、軍に関する何かの用を教会魔法師サボンヌに与えていたと判るものだが、それは詰まる話にマウワー教会も一枚噛んでいるという事になる。
サボンヌを介し、ここタヘルで何をしようとしていたのかは解らない、サボンヌに出来るその何かを考えるエボーナは、敢えてその用を遂行させてみるかに答えを向ける。
「サボンヌを此れへ!」
馬鹿と嘘吐きは内に置いては敵となる。故に馬鹿と嘘吐きを敵へ送るはウィルスに等しくトロイの木馬ともなり得る駒。
眉を寄せるジャーゴンの前へ立たせれば、対峙するサボンヌの表情から凡そに理解し得るものがあるやも知れぬ。との狙いだが、軍の幹部を相手に策を講じる事自体が敵意の表れでもある。
「戯けが! このジャーゴンを此処へ立たせたままにする気か?」
「申し訳ございません。中を片付けもせず作業を先にとしていたもので、準備を整えたか?」
エボーナに代わって謝り、中尉が自身の隊の兵に訊ね場を引かす。だが取り繕う中尉の言い分ではジャーゴンの術中に落ちてしまう。
「人手も足らぬならサボンヌを使えばよかろう」
高慢な目でエボーナを見下すジャーゴンは、これ見よがしに言い終えると鼻で笑い、“策士策に溺れる”を説くかにどちらが上かをその表情で解らせる。
「くっ!……」
ここで逆らえば完全に敵意として扱われる事にもなり、迂闊を言えずにゆっくり小さく肯きを返すエボーナ。
そうこうする内に村の者達も教会の前へと集まり始め、誰かは知らぬが王都の偉い者だろう事はその様からも判別はつく。
へりくだりはしないが、少し畏まった態度をとるのはエボーナが来た時と変わらない。
聴衆に注がれる目が感心でも関心でもなく、好奇の目なのは、王都の派閥争いや密事も政の陰の話であって、村の者には無関係に思われているという事。
国や教会の内部で議論に国の為を云うが利を奪い合う策略の内乱劇でもあり、それは民の為の議論ではなく、言い換えてしまえば、国政や信仰心が民から離れた所にあると示されているようなもの。
「ふん、貴様を好かんと知っておろう。だがこのジャーゴンがここへ来たるは真の視察だ。遅れは許さぬ。サボンヌを使い急がせよ」
エボーナを潰しにかかるジャーゴンだが、高慢さが迂闊を滑らせ語るに落ちる。
「いえ、実はこのタヘルの村は、我が隊が到着する以前から防衛魔法陣が解かれたままにあり、石板も幾つか消え失せておりました。この謎を解かねばならず今は長期戦の様相を呈しているのです」
事実に勝るものはない。
これを聞いてサボンヌを使えば容疑者を放てと言うに等しく、容疑者を擁護するなら疑義を向けられるのはジャーゴンとなる。それを王都に伝えればどうなるかなど……
偶然とはいえ、監禁した事でジャーゴンの隠し玉がサボンヌと見抜けた時点で、エボーナは勝機と見て敢えて悔しそうにしてみたりと、あの演技を小憎たらしく思い出しているのだろう顔を浮かべるジャーゴン。
「部屋の用意が出来ました!」
見計らっていたかのタイミングで伝えるエボーナの下に就く兵の声に、ジャーゴンは苦々しく鼻の穴を広げ歯を食いしばると、無言のままに膝まづくエボーナと中尉の前を横切り教会の中へと向かい歩き出した。
村の皆にはそれが誰かも解らぬだろうと、これ見よがしに態と声高らかにその名を語り歓迎の喝采を求めるよう中尉に語らせるエボーナ。
「皆のもの、メヌエ国軍ジャーゴン様がここタヘルまで視察に来られた! これは大変栄誉な事である旨、心せよ!」
それがどれ程の事かも何者かすら解らずも、栄誉な事であるなら拍手喝采するのみの白々しい村人の歓迎は、ジャーゴンにしてみれば苦々しさを増すものに、その後ろ姿にも苛つきを見せていた。
グウェルガはそのやりとりを聴衆の中で見ていたが、メヌエ国軍の者と聞いて、直ぐにそれが昨夜エボーナが敵視していた相手と気づく。
ややこしい状況が重なる中にあって尚、ランディの存在はその全てを一変させてしまうキーマンとしての存在感を増しているようで、不安に押し潰されそうにもなる。
「おいグウェルガ、何があった?」
「あ、べフォイ。大変な事になった……」
グウェルガを見つけたべフォイは脇に寄り、何が起きたかを問うそれは、何かあったかを問う段階にない事を物語ってもいる。
魔法設計師と軍のやりとりを見れば、そこに確執があるのはべフォイにも判るが、グウェルガの話を聞いて事の重大さを知り、頭を抱える他にない。
「これじゃ、動きようが……」
聴衆の中にランとランディの姿はなく、家の中でじっと我慢しグウェルガの帰りを待っている。
ランの気丈な態度もエボーナ達を前に気を張っていただけのもの、寝床で眠るランディの頭を撫でて見つめるランの視線は、グウェルガに秘密にしていた話に関係があるのか、ランディの存在が全てを動かす事を知っているかに眠り続けるランディを見守る目は優しくも、その先を見ているかのようだ。




