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教会の魔法設計師と国の騎士


「……何をどうしてこうも」


 魔法設計師エボーナは、教会に運ばれ治癒の魔法陣の刻まれたベッドの上で手当てを受けるロシナンテを前にして、呆れた顔を向け呟いた。


 風車の(ブレード)に跳ね飛ばされたロシナンテをリヤカーに乗せたグウェルガは、サンチョのロバを借りて運び込むとそのまま隣で看る事にした。


 馬の事を伝えると王都の兵がそれを運び、今は教会の外に設けた野営地で簡易的な治癒魔法陣を組まれ静養している。


 グウェルガは自身のとった行動を悔やむ事なく、最初から捨て駒の役割とでも考えていたのか、その役割を全うしたかに凡その覚悟を決めていた。



 だが、エボーナと共に教会へ来たランとランディを見てグウェルガは愕然とする。


「な、なんで……」


 ランとランディは倉庫から川へと出るも、北へ向かい歩み出して直ぐに警備兵に見つかった。

 川を越える対岸の防衛魔法陣は解けたまま、岸に仮の防衛魔法陣の盾を挿してはいるが、川床の不安定にいつ倒れ抜けても判らないからと盾の警護をする中で、新月の闇夜に動く何かに捕らえたらしく、女子供が闇夜に川辺を歩く理由までは知る所にない。


 とはいえ拘束されるような事もなく、どうやら教会に夫のグウェルガが居ると伝手聞き、こちらへと呼ばれたお付きの者が兵を伴い連れて来たようだ。


 グウェルガは急ぎ駆け寄り抱き締めると、小耳に何故を向けるが応えを拒むランの反応に、背後のエボーナとお付きの者の視線を感じて無事に安堵し抱くに留める。



「ロシナンテよ、メヌエが何を命じたかは知らぬが、事を広げる貴様にそれは合わぬと見える。悪いようにはせぬ、外の駄馬と共に国へ帰れ」


 寄り添い語るエボーナの言葉に、意識からがらにも無念の表情を浮かべるロシナンテは涙を浮かべるも横を向き、グウェルガへと視線を向けた。


 その顔からは、エスナ農園の小屋で見せた疑い深く詮索するような事をするのは似合わず、あれは本意ではないものと解らせる。


 愛馬ドンキーを教会へと運んだ兵の話によれば、風車の倉庫は広いようでも、中は大きな歯車と小麦を挽く為の大きな臼があり、粉とし落ちる受け皿の樽や小麦が置かれるのみで、魔法陣の石板を置くようなスペースもなく、そのような痕跡も見当たらなかったとの報告を自身を看るグウェルガを横にして受けていた。


 常日頃から事を大きくするロシナンテを知る者には、今宵の騒ぎもまたかと思う程度で、村内で馬に騎乗し家の前へ乗り付ける騎士を見れば、争いからも遠く離れたこの辺境の村タヘルの者なら腰を抜かすも解る話と、その怪我を見て尚も笑うばかりだ。



 幸か不幸か日頃の行いが物を言い、ロシナンテに対する逆張りにより逃げた理由もジェット一家にとっては願ったり叶ったりの見方だが、今この教会はマウワー教の魔法設計師一行と王都メヌエの国の兵とが集い、治癒や防衛に浄化・再生と魔法陣だらけの中に居る。


 もしもランディがそのどれかに触れてしまえば一度(ヒトタビ)にどうなるかなど、そう考えると気が気ではない。


 ジェット夫婦はランディのそれを実際に見てはいないが、危険と知るにはべフォイの説明だけで十分だ。



「すまなかった。グウェルガ殿、追う中に多少なりとも疑った私を許して欲しい」


 改まりにそれを言われて困るのはグウェルガの方だ。自身はランディを逃がそうとしているこの状況にあって、その予想は間違いではあるが全てが間違っている訳ではない。


 ましてや謝罪を受け容れた次にランディが何かをすれば、それは謝罪の裏返しに罪深くもなる。


 客に嘘を吐いて逃げるも冗談の範囲まで、真摯な謝罪を馬鹿にするような卑怯者になりたくはない。いや、妻子を前にしてそれを受け容れれば妻子共々が罪深き者ともなり兼ねず、ともなれば、グウェルガが言える事など一つしかない。


「少尉、気にしないでくれ!」


「何と謙虚な……約束しよう、この先貴殿や家族に何か有れば直ぐに駆けつけ守ってみせる!」


 型にハマった騎士道精神が故か、確かにエボーナが言うように、裏の役目はこの男には不釣り合いと見える。



「国へと帰る者が駆けつけるか、騎士たるは頭が足らぬを良しと聞くが、噂はまことやもしれぬな……」


 魔法設計師のエボーナはあくまでもマウワー教会に属する者であり、メヌエ国に属する者ではないとばかりの言い草だが、その実、ここタヘルの防衛魔法陣の構築に向かわせたのはマウワー教会とはいえ防衛ラインの維持に国防とし、民から税を抜いて資金を出しているのはメヌエ国。


 信仰心を謳い国の金が侵攻に動く、政教一致を云うが(マツリゴト)の惑わかしい部分でもある。


 国の政を他人事に言うエボーナの台詞は、先にロシナンテの処遇を執り成す立場に有る事を言う台詞とは真逆にあり、それを知った上で馬鹿にする話と判るが、エボーナがどの立ち位置に向けてこれを言っているのかと考えれば、些かに不自然さを持つ台詞だ。


 何を思うか細く冷たい目をロシナンテに見られ、気を戻すかに息を吸い込み顔を上げると、エボーナは振り返りにジェット一家へと静やかな問いを向ける。



「して、何故逃げた」


 グウェルガを直視するその細き目は、既に全てを知るかのようで言葉に詰まる。


「それは私がドンキーと共に……」


「黙れロシナンテ、彼に問うておる。そもが馬に驚き逃げるはよくも、何故に妻子が川へと逃げる。これに辻褄が合わぬ」


 才ある者とは恐ろしきものに、皆が納得をしたとて抜けた穴を見つけてしまう、埋める応えを求めて逆算しては、その答えに行き着いていながらに答え合わせの解を求めて問いを向ける。


 グウェルガが黙り考え込むのを見てエボーナは更に目を細めて嫌疑を向けるが、突然グウェルガの頭を叩いてランが横から口を開き謝罪した。


「申し訳ございません! うちの者が国の兵隊さんにまで嘘を吐いて高値で物を売ろうなどと、流石に国を相手に詐欺をしては助からないだろと思い、息子を連れ遠く国を追われ逃げるしかないと……」


 神妙な面持ちで語るランの話を聞いては頭の中で整理しながら顔を歪めるグウェルガだが、ランの手に押され頭を下げて謝罪の言葉を口にする。


「申し訳ございません!」


 細く冷たい目に眉を寄せ更に目細めるエボーナだが、息を吐き出し腕を組むと、問いを変えた。


「兵に何を売った」


 解にも穴を見つけ問いを向け、答えの溝を埋めようとするエボーナの鋭く狡猾な問いにも、即答するラン。


「蚊除けにございます!」


 目尻をピクッとして思考を巡らすエボーナは、思い出したか解を見る。


「あれか、なるほど」


「あれは(ワラ)に辛実を潰して混ぜて挽き練り合わせただけの物で、あれを(イブ)した煙を嗅げば人でも苦しみに耐え難きもの。それを売ったと聞いて川へ確認に向かった所、使っているのを見て覚悟を決めました……誠に申し訳ございません!」


 エボーナは息を吸い込み天を仰いでまたその息を吐き出すと、鼻で笑ってラン、そしてグウェルガへと視線を流し、笑みを浮かべて口を開いた。


「ふむ、それを倍買おう。忍び隠れる敵兵を(イブ)すに使えようと伝え、(ヌシ)らはメヌエの小役人を(アザム)くのだ」


 そう言って笑うエボーナだが、何を言っているのか判らず固まるジェット一家に、脇に立つお付きの者が小言に伝える。


「エボーナ様は教会の上の方と密事に動く国の軍部がお嫌いなのです」


「ふん、美学なき者に設計の何たるかも分かるまいに。魔法陣を兵の配置と勘違いする馬鹿共には反吐が出るわ!」


 賛同に笑うも微妙な話を聞かされ、動じるも出来ずに立ち尽くすジェット一家を見やり鼻で笑うと、エボーナは周囲を見渡し高らかに告げる。


「明日もある、手の空く者は引け!」


 そう言い残して颯爽と立ち去って行くエボーナ。お付きの者が兵に何かを伝え、エボーナの方へと駆け寄り共に去る。


 すると、何か伝えられた兵がジェット一家に近寄り、ひと言に告げる。


「家まで送ります」


 何ともややこしい事になってしまったジェット一家だが、新月の闇夜を松明(タイマツ)に揺られて歩くランディは、家に帰るまでをランの服に掴まり何にも触れぬようにとじっとして怯えていた。


 

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― 新着の感想 ―
ここまで読ませていただきました。ランディを守るため、ロシナンテを引き付け馬を走らせるグウェルガと、想いを巡らせながら追いかけるロシナンテの場面が、緊迫感のある描写に引きこまれました。 エボーナもまた…
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