農場の風車と槍を持つ騎士
王都の給仕が振る舞う料理に舌を包み、宴を終えて皆が家路に着いてから暫くした頃、宙の明かりも乏しい新月の闇に蹄の音が鳴り響く。
村の端に位置する川側へと馬を疾走らせる者が居た。
焦げ茶の軽装で黒鹿毛の愛馬ドンキーに騎乗するのはロシナンテ、道具屋の前に着くと同時に颯爽と馬から飛び降り戸を叩く。
――KONKONN!――
「メヌエ国少尉のロシナンテだ。グウェルガは居るか?」
突然の訪問に驚きを隠せないジェット夫婦は顔を見合わせ、寝床に着いたランディの方へと顔を向けるも、直ぐに戻して意を決するかに肯く二人。
「グウェルガ!」
グウェルガが立ち上がると、その腕を掴み心配そうな顔を向けるランに振り向き、強がりに笑顔を作ってみせる。
「任せろ、何処までも逃げてやるさ。ランディを頼む」
戸を叩く王都の騎士はグウェルガを呼んでいる。ならば自分とべフォイに疑いの目が寄せられた、そう考えて間違いないだろう。
もしもの時には、ランディを守る為にグウェルガが逃げ出し敵の目を向けさせ、その間にランはランディを連れて倉庫に向かう。
倉庫の地下には川へと抜ける隠し通路があり、グウェルガが客から逃げる折にも使っている。そこから村の外へと逃げて川沿いを北へと進み、互いに生活しながらいつかの合流を待つ。それを昨晩話し合って決めていた。
「今行く!」
グウェルガは立ち上がるとバッグを背負い、一度屈んで靴の紐を締め直す。その間にランはランディを起こして準備させ、裏戸に立つとグウェルガに向け肯いた。
「すみません。お待たせしてしまい……」
戸を開けたグウェルガの目に飛び込んだのは、ロシナンテの愛馬ドンキーだ。その一瞬に、焦りを感じたグウェルガが何を考えたかは言うまでもない。
〈この馬を相手に逃げ切れるのか?〉
けれどランとランディを守る為には、馬が相手だろうが何だろうが兎に角逃げ切らなければならない。
深く息を吸い込みそれを吐き出すと、間を測るようにロシナンテとの間に馬を挟むようにして回り込む。
「おう、驚かしたか。これは私の愛馬ドンキーだ。すまないが、君をこ……!」
ロシナンテが用件を話し始めた所でグウェルガは無心に駆け出した。
「おいおいおい、おい、嘘だろ?」
予想外の行動だったのか、ロシナンテはグウェルガをどうするべきかに二の足を踏む中、愛馬ドンキーがロシナンテを奮い立たせるかにいきり立つ。
――HIIDORURURURU――
「ふむ、確かにな。追うぞ、ドンキー!」
颯爽と愛馬に跨り手綱を取ると、前脚を上げて道具屋の壁を蹴って逆を向き、グウェルガの駆け出した方へと土を蹴って疾走り出す。
「追い駆けっこならこちらが有利! なあドンキー!」
――DORURURURU!――
グウェルガには新月の闇にも知った道、建物を壁に使って馬の速度を使わせず、巧みに曲がるを繰り返しつつも着実に川側から追手を剥がして村の外へと誘い込む。
「しかし、どういう事だ……」
ロシナンテがグウェルガの行動を理解出来ないのも無理はない、そもそもロシナンテが訪ねて来たのはグウェルガを捕える為ではないのだから……
エボーナへの報告に出向いたロシナンテは、そこでグウェルガとべフォイを一度は怪しみ監視の対象としたが、芝刈り機や耕作機を用いての活躍をまるで自分事のように話した。
するとエボーナは自身も農家の出である旨に、朝から兵が運んでいたその農耕機を気になり見ていたとの事で、出来次第では王都で作らせ褒美をやろう、との話になっていた。
いち早く朗報を聞かせてやろう。そんな思いでロシナンテは、他の農耕機もあるなら明日にもそれを見せれば売り込むチャンスも有るかもしれないぞ、と報告にやって来たのだ。
魔法設計師エボーナの下に伝手聞かされていたジェット一家とべフォイのそれは、お付きの者から怪しき者との報告は既にあった。
だが、農園を経営するエスナ家と道具屋のジェットには防衛魔法陣を解く理由が見つからない。利害どころか不利益を被る側だとして容疑を棄却、それよりも草刈り機と農耕機を一度自身の目で見てみたいとの所望にロシナンテは呼ばれていたのである。
ロシナンテが報告した昨夜の不審な動きとは、川側にある洞窟でBARを営む女主人の事だ。
どうにも怪しい妖艶さがあり、男を骨抜きにしているという噂を聞き付け潜入すると、村の男達は妻に内緒で通う者が多く、サキュバスを云う者も居れば天使を云う者も居て、底知れない色気に自身も陥りそうになったという。
だが、昼に確認してみると洞窟には入れず、更にはその女主人には娘が居て、普通に草むしりに参加していた事から、そちらも問題ないものと報告していた。
つまり、ロシナンテからすればグウェルガが逃げる理由など……
「まさか、始めからこれを狙って?」
――HIIIHIHIHI――
速度を緩めた愛馬ドンキーが前脚を上げ立ち上がる。グウェルガが角を右へ曲がったのを見て先回りに手前の道を右へ行こうとするものだ。
ロシナンテは振り落とされるでもなく股を締めてそれを耐え、前脚、後ろ脚、と土を蹴り上げ蹄の音を響かせ駆ける愛馬ドンキーに、何処へ向かうかも任せそれを追う。
「な、マジか!」
家壁を過ぎた所で突然真横に現れたロシナンテと愛馬ドンキーに焦りを見せるグウェルガ、だが慣れた村での追走劇には逃げる経路を頭にガッツリ詰め込んでいる。
家幅五メートル程の距離を詰められる前にと直進するも、次の家の角で右に曲がるグウェルガ。
それ見たロシナンテと愛馬ドンキーは、更に先回りを考えそれを追わず直進する。
――DORURURURU!――
「待て、何処へ行った……」
右へ来たなら当然目の前に来る筈だが見当たらず、愛馬ドンキーも困惑していて鼻息が荒い。
「ロシナンテ少尉、どうされましたか?」
闇夜の警護に槍を持ち立つ護衛の兵が、息を切らして馬を走らせる少尉を見ては訊くも当然。
「解らぬ! だが、解らぬが故に何かある! それを寄越せ!」
兵の槍を奪い持ち、周囲を確認するロシナンテ少尉が後方を見て気付く。
「居た! 尻を噛み付け!」
気付けば後方へと走るグウェルガが遠くに見え、騙されたと気付き先回りをやめ追うのみとして、愛馬ドンキーにそれを伝えるロシナンテ。
――HIIIHIHIHI――
呼応するかに護衛の兵を邪魔者扱いに反転する愛馬ドンキーは、直線勝負に奮い立つ。
「よし、追い込んだぞ!」
グウェルガが逃げ込んだのはサンチョのパンサ農場だ。
「何だ何だ、やかましいな」
新月の闇夜に蹄の音が騒がしく、何が起きたか戸を開け外の様子を確認に出て来た農夫のサンチョ、その目の前をグウェルガが走り抜けると、いつもの事かと呆れ顔にため息を吐くサンチョだが……
――TAKATATAKATATAKATA――
その後方からグウェルガを追い込まんと疾走するロシナンテと愛馬ドンキーの蹄の音に気付き、サンチョはその先の結果を考え、慌ててそれを制止する。
「よせっ! この先にあるのは倉庫だぞ!」
サンチョが倉庫を言えば、それはパンサ農場の風車の事だと村の者なら理解する。だが、ロシナンテは倉庫と聞いて別の物を浮かべていた。
グウェルガが逃げた理由を、魔法陣の刻まれた石板を盗んで倉庫に隠し、防衛魔法を解けばやって来るだろう王都の者達に向け、目の前で草刈り機や耕作機を使ってみせて、王都に売り込みを図ろうとするものだ。
と、何とも穴だらけの嫌疑にも、グウェルガを容疑者として見たロシナンテには、倉庫に追い詰めたかに思えば前進するを止める事はない。
「倉庫、そうか読めたぞ! そこに石板を隠したな! 行け、ドンキー!」
――HIIIHIHIHI――
前に出て立つサンチョの制止を愛馬ドンキーは脇に避けて振り切ると、槍を持つロシナンテを背にグウェルガを追う。
だが、風車の羽は管理に登って調整する為、地上から一メートル程のスレスレまであり、タイミングを間違えれば羽の芯に当たって吹き飛ばされる。
今宵は新月、闇夜の風に羽は回りを速めて姿を隠し、風車はその全貌を見せてはいない。
グウェルガは普段から逃げるのに使っているからお手の物、とばかりにタイミングを計って倉庫の中へと逃げ込んだが、大抵の者はそこで尻込み諦める。
「追い詰めたぞ、行けドンキー!」
――TAKATATAKATATAKATA――
倉庫の中に逃げ込んグウェルガだが、風車の中の歯車が回る轟音にも負けず鳴り響く蹄の音に、まさかの顔を向けて振り返る。
「嘘だろ?」
地上一メートルのスレスレを回る羽を避けてタイミング良く入るにも、大人程度の身長ならではにその幅を抜ける時間も取れるが、馬に騎乗したまま突っ込めば、どうなるかなど知れた事。
「扉は開いているぞ、行けドンキー!」
――TAKATATAKATATAK――
――GABUUUUUUUNN――
「少尉!」
一瞬で消えたロシナンテを目撃したグウェルガは、慌てて扉へと戻り確認するも、その姿は見当たらない。
グウェルガは道具屋だ。殺す気なんかサラサラなく、ただランとランディを逃がす為にと逃げるを選んだだけの事。
これで少尉が死んだなら、その罪までもを背負う事になる。
――GOBUTYA!ZUAZAZAZA――
――DODAANN!JAJAJAJA――
遠く吹き飛ばされたロシナンテと愛馬ドンキーは、闇夜の空から降って来ると地面を転げ回って横たわる。
グウェルガは羽と倉庫の隙間を器用に抜けて駆け寄ると、身体はボロボロな上もろに羽を喰らって意識もないロシナンテを看てサンチョを呼んだ。
「教会へ運ぶ、リヤカーをくれ!」
教会は今、魔法設計師エボーナを始めとして王都の者達が指揮の陣としている。けれどグウェルガはそれを知ってもロシナンテを助ける事を選んでいた。
「ラン、すまない……」




