道具屋のこうさく
村の外周の森に置かれた防衛魔法陣の組み込まれた石板を探し、村人総出で草を刈る為にと、魔法設計師エボーナは魔害虫対策に兵を使って“浄化の魔法陣”を簡易的に組む。
荷馬車から浄化の魔法陣が刻印された金属製の細長い盾を五枚取り出し、刻印された流れの順に三角形で森の一部を囲むと、残り二枚の盾を引き摺り歩みその囲いを拡げて行く。
小一時間程を空けて草を刈り始め、刈り終える頃を見計らって更に盾を引き摺り囲いを拡げを繰り返す中、べフォイは一つの考えを頭に浮かべて話す機会を窺っていた。
無論、それは魔法陣の組み込まれた石板や岩が砂と消えた痕跡を消す為の隠蔽工作、言葉にするとややこしいが行動に移すのも容易ではない。
けれどべフォイは頭に浮かべた言葉を言葉遊びに手を考え、隠蔽の工作に耕作機を道具屋のジェット家に用意させ、掘り返してしまえば砂と化した石板や岩の痕跡すら跡形もなく葬り去る事は可能と見た。
そんな思考を巡らすべフォイの姿は無心に草を刈るかにも見えるのだろう。
小屋に来た男は疑い深くべフォイを監視していたが、その熱心さに農園の家系が故と見たのか、思い過ごしと考え始め、少しつまらなそうに裏の役目を離れて表の役目に顔を変えた。
表立ってはロシナンテ少尉と呼ばれているが、褐色の肌に黒目の男は少尉の呼称も本来の職務とは違えるものに、頭の布も含めた焦げ茶色の軽装からして、昼夜を問わず目立たずに動き裏で画策する為の小隊長と言った所だろう。
「今日はここまでだ!」
ロシナンテは草刈りの中程のグループを任せられているのか、他の兵から伝達を受けて声を上げた。
べフォイはジェット一家と共に作業をしていたが、作業の先頭辺りはまだ砂となった岩までには至らずも、今夜にも手を打たなければ間に合わない。
べフォイは手を止めると下を向いたままグウェルガに向け告げた。
「グウェルガ、明朝までにお前が造っていた草刈り機と耕作機を用意出来るか?」
「え?……あ、確か、サンチョのパンサ農場に出す予定のが残ってたと思う」
パンサ農場は小麦農家で、小麦を挽くのに風車がある村のシンボル的な家だが、サンチョの麦畑もご多分に漏れず魔害虫騒ぎで規模縮小に追い込まれ、新規に耕作機を導入する予定が狂ったようだ。
ただの横流しも“捨てる神あれば拾う神あり”と、使い方を違えて言いたくもなる程に好機の兆しと思えて来る。
「草刈り機と聞けば、奴等も喜んで運ぶのを手伝うさ。耕作手は任せてくれ!」
「わかった。なら、草刈り機は俺がやろう!」
機と付くがモーターやエンジンが付いている訳でもなければ、牛や馬に引かせるそれでもなく、道具屋グウェルガのお手製品。
耕作機は、手押し車の車輪の手前に金属製の刃をV字形に向け付けた物で、片足で押し付けながらキックボードの要領で土を掘り返し続けられるが、操作は体幹と体重に依存する。
草刈り機は、一メートル程の角棒の手前側には腹に押し付けるU字の当てこがあり、手元のペダルを回すと、二枚重なる手裏剣状の刃を配した円盤が、それぞれ逆回転して葉や茎を切り裂く物で、やや方向調整が難しい。
手動機器とはいえ金属製が故に重さがある。翌朝二人は敢えてロシナンテに申し出ると、一瞬眉を浮かせたが狙い通りにそれを受け入れ、笑みを浮かべて兵にそれを運ばせた。
「エボーナ様、これ以上は掘れそうにありません。下にでっかい岩があるみたいで……エボーナ様?」
朝からジェット家の倉庫から草刈り機や耕作機を運ぶのを、遠目に見ていた魔法設計師エボーナは、妙な機器類に目を細めるが、地形調査の確認を求められて視線を戻す。
「……ん、岩? なるほど、石灰石か」
村の白い建物の上塗りに使う消石灰の原料にも使われてるが、タヘルでは石灰石に貝殻や卵の殻などを配合して作っている。
眼前の家並みを見れば、掘削で石灰石が出た所で納得を見せるのみ。掘る場所によっては障害物が出る地盤と捉える程度に先を進める。
「戻せ、ここはもういい」
草刈りの先頭に躍り出たグウェルガとべフォイは、草刈り機と耕作機で一気に作業効率を上げて進み出すと、手作業で草むしりをしていた村の人々もそれを歓迎に、散った草や茎やを拾ってリヤカーに放り集めるのみと楽にもなった。
ロシナンテは腕を組んで二人を見守るが、草刈りの進みの速さに感心しているようだ。
暫くしてべフォイは予想通り岩の痕跡を見付け、それとなくそれとなく向きを変えて痕跡を消そうと、なぞるように掘り起こしては、わざと砂を蹴散らしグウェルガを呼び付けた。
「根が深いぞ! グウェルガ、ここも頼む!」
そう言って何度も何度も往復して掘り起こしては、土を蹴り上げ砂を埋め、葉茎を切り刻んで撒き散らす。
四カ所程を隠蔽工作に耕作し終えたが、そこから五十メートル程行った草陰に魔法陣の組み込まれた石板が現れた。
残る魔法陣の岩や石板は川向こうの三つと、村の外周の縁に置かれている二つは視ているだけに、他は無事と判り安堵したべフォイは耕作の手を止めグウェルガにグータッチを向け求める。
「とりあえず、これで何とかなるだろ」
「ああ、ありがとう」
作業を止めグータッチする二人を遠目に見ていたロシナンテは、監視をやめるつもりは元より無いのか、一度張り付いたら離れないタイプなのだろう。
べフォイはその目に気付き、グウェルガに視線を送ってからロシナンテに大きく手を振り報告に叫ぶ。
「あったぞー!」
変魔の森を前にして川の岸丘に立つ魔法設計師エボーナは、調査に地形を確認してみて解った事がある。
侵攻にこの村を襲い占領した所で、ここタヘルの地形は王都メヌエに向ける攻撃の起点となるような陣の取りようもなく、近くの村や街に侵攻する敵対勢力の動きも少ない事から、この村をピンポイントで襲い来る事は考え難い。
義務を怠り防衛魔法が解かれて尚も確認を怠った村の教会魔法師サボンヌを処して責は取らせるが、防衛魔法陣を新たに組み込む事で一命を取りとめるだろうタヘル村に何が起きたかは謎のままだ。
王都で働く優秀な魔法設計師が故か、ここタヘル村の防衛魔法陣が解かれた理由に自然の摂理ではなく謎として見ていたが、元の防衛魔法陣の設計を見ればそれも凡そに判明するものと考えていた。
だが、その魔法陣の組み込まれていた石板も岩も砂と消え失せ、その事実を残す痕跡すらもグウェルガとべフォイの隠蔽“耕作”により跡形もなく葬り去られていたとは知る由もない。
陣を二重三重に囲って尚、魔の力を外へと流す巧みな設計を必要とする為、川の流れの向きに地形その他を計算する中、ロシナンテからの報告を受けたエボーナは確認に向かった。
「エボーナ様、ここに」
草の刈られた森を先導していたロシナンテは満足気に手を差し向けるが、魔法陣の刻まれた石板を前にした魔法設計師エボーナは、怪訝な顔を浮かべると僅かばかりに首を傾げて目を細める。
「ここに、…………他は」
「……他?」
意味が分からず固まるロシナンテを時間の無駄と見限りに息を吐き捨て、盾を引き摺る先導をしていたお付きの者に顔を向けると、人差し指一本で招き入れる。
「他を見たか」
「ございません。端まで確認させますか?」
「よい、もう日暮れだ。皆を引け」
「はっ!」
お付の者はロシナンテを伝令役にし森から出るよう言付け走らせると、兵に新たな盾をここへ運び持たせ、浄化の盾から防衛の盾へと挿し替え突き刺し、簡易的な防衛魔法陣を形成した。
護衛を脇にエボーナは、古い魔法陣の組み込まれた石板を前で腕を組みそれを見下ろしていたが、背後でお付きの者達が新たな防衛魔法陣を発動させた事に気付き、振り返る。
「……!」
ふと、何かの違和感を覚えたか細い目を見開き、新たな防衛魔法陣の陣形を確認し始めたエボーナは、魔の力の流れを計算して元の防衛魔法陣の陣形を逆算していた。
仮に、他の魔法陣の組み込まれた石板や岩が砂と消え失せたのなら、それは土地の魔力の枯渇を意味するものだが、簡易的とはいえ今こうして防衛魔法陣を再び発動出来ている時点で何者かの犯行と判らせる。
「……何者か」
隠蔽工作に成功したと安堵するグウェルガとべフォイは、村の皆と共に王都の給仕の作る料理に頬を緩ませ、息子夫婦やジェット一家と共に談笑する中、その隠蔽工作によりエボーナが犯人探しを始めるよう指示する事態となっていた。
エボーナから直々に指示を受けたお付きの者から呼び出され、ロシナンテは昨夜の不審な動きを報告する。
「実は、……」




