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魔法設計師の旅一座


「待て、これはどういう事か」


 タヘルの村へ到着するやいなや、誰に言われるでもなく魔の力の流れ込みを察し、村人総出の歓迎にも目もくれず颯爽と防衛魔法陣の調査に向かった魔法設計師のエボーナは、案内役に前を行くサボンヌが森へ踏み入ったと同時に、護衛の兵を止めた。


「……?」


 振り返るサボンヌには、エボーナが何を問うているのか解っていない。


「サボンヌ、貴様今日まで何を……」


 呆けた顔が気付きに焦りハッとするサボンヌを見たエボーナは、細い目を更に細めると再度問うても理解を得られぬものと、応えを待つより見限りに背後に着く右手のお付きの者に向け告げる。


「話にならん。村の者総出で草を刈らせろ」


「はっ!」


 お付きの者が護衛を数人引き連れ馬車の方へと向かう中、エボーナは左のお付きの者に向き、残る護衛を見回しまた告げる。

 

「石板までは要らぬ、杭とし挿す浄化の盾を持ち此れへ」


「はっ!」


 あまりにも端的に事を運ぶ魔法設計師エボーナの指示するものとは、村の外周の森に入る事さえ困難な状況の打破に、草を刈るにも魔害虫の存在が邪魔になる。そう考えたエボーナは簡易的な浄化の魔法陣を組み魔害虫を一掃する事から始めようとするもの。


 地形と生活を考え理に適う魔法陣を設計して構成し、石板や岩に刻んでそれを設置し組むまでの苦労を常に行う魔法設計師は、王都に居るより王都の外にある村での作業が多く、旅の一座と変わらない。


 常日頃からエボーナに着く者達には魔法設計師として行うべき内容も凡そに把握していなければ務まらず、作業工程を効率化に分業制とも言える程に育てるには慣れも必要で、着任期間も長くなればチームとしての動きに一を言えば事足りる。


 だが、教会で遊び呆けていた魔法師にはそれが何かも分かる筈もない。ましてや防衛魔法陣の組み込まれた石板や岩の維持管理すらせずそれを失い、行く手を草木に塞がれるまで放置していたとなれば、魔法設計師としての怒りは当然だろう。


 エボーナは視線をサボンヌに戻したと同時に指を向け、指示を待つ護衛に向け告げた。


「処せ」


「はっ!」


 二人の護衛がサボンヌの方へと歩み寄ると、機械的に両腕を捕らえて有無をも言わさず連れ運ぶ。

 

「え? いや、これは一体?」


 放置に遊び呆けていたとはいえ、まさか自身が処されるとまでは思っていなかったのか、焦り暴れるサボンヌは両腕を後ろ回しにされて掴まれ、抵抗に首を向けて叫び続けるが、当のエボーナは既に他を向いて意に介さず、新しい防衛魔法陣の設計に必要な地形確認へと歩みを進める。




「これで全員か?」

 

 護衛を脇に携え指示役にお付きの者が台に立つ。

 村の長を介して集めたタヘルの村人達だが、歓迎を断り一度は解散しただけに、どうにも解せない顔が多く見られるものの、魔の力が流れ込んでいるとの話に不安も過ぎるのだろうか、逆らう者は一人として居ない。


 ジェット一家の三人を除いては……



「皆には今日から森の草を刈ってもらう」


 村総出の今は居ない事にも気付かれていないが、べフォイは少し気掛かりにもなる。

 息子夫婦と共に動けばジェット一家を(カクマ)う農園の小屋に近付ける事はない。だが、魔法陣を設計するのに地形の確認に動き回る魔法設計師エボーナの存在はどうする事も出来ない。

 仮に農園の方へ行った折に小屋へ立ち寄ったなら、そんな思考がべフォイを悩み顔にさせていたようだ。


「大丈夫か?」


「何が?」


 息子のケアに心配されて、バレるを恐れて強がりに応えるべフォイのそれは、ケアの思考に疑問符を残したかもしれない。


「どうかした?」


 けれど、ヒールを気にかけ続ける必要にその譜面を閉じたようだ。



「家の仕事はどうなる?」


 集まる村人の中から上がる声にも、お付きの者は普段通りとばかりに慣れた応えを持っていた。


「手の空く者で十分だ。村の防衛魔法陣が無い中でも必要な仕事があるなら、そちらに振ってかまわない!」


 村の危機より自分を優先するのかを問われているに他ならず、これを言われて尚も仕事を言える筈もない、巧い口上だ。


 だが、次の話にべフォイの目尻がひくついた。


「食事その他はこちらの給仕が賄う。安心しろ、食料危機は聴いている。量の重さに荷馬が遅れているが夕刻には着く。だが、村人全員分となるからには人手も要る。料理の心得がある者はそちらを手伝え」


 願ったり叶ったりの王都の対応に村の皆が顔つきを変え和らいだ。

 だが、話が少し旨すぎる気がしていたのはべフォイ位のものたろう、皆は肩を抱き合い歓喜に魔法設計師様々といった調子で安堵の笑顔を見せている。


「ケア、私は料理の方を手伝って来る」


「ああ、解った。気をつけてな!」


〈しまった!〉

 そう考えるのはべフォイ。息子夫婦を監視する役割を考える中では草むしりも好都合に思っていたが、まさかヒールが料理の手伝いに向かう等とは思いもしなかった。


「いや、農園の作業がなんたるかの見せ所じゃないのか?」


 エスナ家では農園の作物は分担制だが収穫作業は女子供とて関係なく皆で行い、普段から料理は当番制。

 だがヒールとしては件の事もあり、ここぞに主婦業もこなしていると皆に示しておきたいという思惑があるようだ。


「ええ、だからこそ。うちの果実を美味しく食べてもらって王都に売り込んでもらわなきゃでしょ!」


 経営者の妻としての自覚が今となっては苦々しく、引くつく目尻を口角を上げて隠しつつ、不味いことになったと唇を噛むべフォイ。


 ヒールが宣伝に別の果実を取りに戻れば、小屋にある空箱を出そうとして確実にジェット一家と出くわす事になる。

 面倒な事になった。そう感じながらも手を打たなければと、少し考え先手を打つ。


「何を売り込むつもりだ?」


「旬のものが良いよね……ケア?」


「ん? ああ、なら、サボンヌが好んで食ってる、アレが良いんじゃないか?」


「そうね! それにする」


「なら、小屋に置いて来た物もあるし、一度帰って先に運んでおいてやろう」


「本当に? 助かります」


 そう言うと息子夫婦と別れ、村の皆が歓喜に騒ぐ中で一人農園へと向かうべフォイの後ろ姿は少し異様に映るのか、お付きの者は台の上から集まりに群れる中を抜け出す村の一人を見つけ、不審な動きと見て追い目を細め、少しの考えに護衛の一人を呼びつけ指示しそれを追わせた。



〈もしもに備え、ジェット一家を他へ移さなければ……いや、総出で草むしりをする今なら、村を出るチャンスかもしれん!〉


 そんな考えを回して足早に農園へと向かうべフォイは、まさか自分が追われているとは思いもしない。


 身軽な装いで後をつける王都の者が二人、足を速めるべフォイの動きに顔を見合わせ肯き怪しさを確信したか、べフォイが農園へ入ると一人は戻り伝令に走った。



「準備は良いか?」


 扉を開けたべフォイの第一声に、油断していた訳ではないが焦り見るジェット一家は、直ぐにその言葉の意味を理解し肯きを返してランディを呼び寄せる。


「ランディ、行くぞ!」


 と、小屋から出ようと扉へ向かうジェット一家に、扉の脇で待ち構えるべフォイの背後から、冷たく嫌味な声が飛ぶ。


「おやおや、これから村の皆さん総出で草むしりをしようという時に、そのような荷物を持ってどちらへ行かれると言うのですかな?」


 エボーナのお付きの者に着いていた護衛とは違い、闇を背負うかの雰囲気を丸出しにした嫌味な言い回しの男はジェット一家から視線を離さず、脇に携える短剣に手を重ね、いつでも斬りかかれる体勢だ。


 べフォイは背後に振り向く事なく、何故にこの事態に及んでいるのか見当も付かない。

 村に魔の力が流れ込んでいると知れたとて、防衛魔法陣が失われているとまでは気付けても、草木の茂る森を危険と見て、村総出の草むしりを指示したのだから、森に入り石板や岩が砂となり消失したとまでは解る筈もない。

 ましてや、それを砂としたのが村の子供である事までは分かりようがない。


〈では、何故にランディを……?〉


 一心に思考を巡らすべフォイだが、追われた理由が自分の動きを怪しまれた、などとは思いもしない。

 だが、隠し事を持つ者の微妙な動きの違いを察するが役目を持つ者の目には、べフォイのそれは大いに怪しく不審な動きとして見られていた。


 伝手聞いた兵が遅れて次々と現れる中、自身を犠牲にした所でジェット一家を逃がせる状況に無いと判り、今は無理と断念したべフォイは手を変える。


「……いえ、家に帰る所で。夫婦喧嘩の仲裁にここへ住まわせていたものですが、ようやく仲を取り戻したようなので」


 黙り顔を見合わせる兵、次の瞬間には笑いが溢れ、男も短剣から手を離して鼻で笑う。


 それを見て付き合いに笑って笑みを作るべフォイとジェット一家に、男は告げる。


「なら、早く帰って草むしりを手伝え! おい、お前ら荷を持ってやれ!」


 危機から脱するも不安を隠せず、緊迫感からの緊張を申し訳なさそうな顔に変えて荷を預けるジェット一家に、男は一瞬の内に目を陰らせて何処か冷たい声でひと言に問うと、片方の口角を徐々に上げて行く。


「まさか、魔法陣を解いて村を出ようとしていた……………………なんて事はないよね」


 長い沈黙に固まり冷や汗が垂れるジェット一家とべフォイだが、母のランは涼やかな笑顔でそれを否定する。


「うふ、魔法陣を解くも何も、夫は常に私から逃げているもので、ようやく掴まえた所です」


「なるほど、それは旦那にとっては冷や汗ものですな!」


 そう言って皆で笑うが、男とランは互いの化かし合いに視線を合わせて笑みを向け合い、男の牽制にも立ち向かうランの姿勢に危うさを感じたべフォイは、一先ずに作り笑いでため息を漏らす他になかった。


 だが、これでジェット一家も草むしりに参加する事になり、逃げるも難しい状況になってしまう事は明白だが、効率を重視するなら草を刈った所から順にエボーナ達は森を進み、消失した防衛魔法陣の原因を探るのだろう。


 今日のお付の者の指示を見れば、その調査結果を村総出の中で公表する可能性が高いと判る。


 草を刈る中で魔害虫に襲われる者が出ても、ランディに力を使わせる訳にはいかず、心の傷みが増えるだろう覚悟を決めてランディの頭を撫でるべフォイは、後手に回ったと理解した。


 

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