エリートの瞳
タヘルの防衛魔法陣が組み込まれた石板と岩が砂と消え失せていた事実を、村の皆に知らせるべきか否かにべフォイはランディの身を案じて悩み、数日が過ぎようとしていた。
村の長にその事実を告げて取り計らってもらうしかない。そう考えて村の長の家を訪ねた折、べフォイの横を抜いた早馬が伝手聴かせる。
「魔法師サボンヌ様より伝令にて、王都メヌエの魔法設計師を連れ、このタヘルに向かっており、凡そ明日の昼には到着するものに、その旨に歓迎の準備を急がれたしとの事」
歓迎に湧き立つ声を上げ、出迎えの準備に部屋と飲食に特産品をと談を弾ませる長達は、べフォイに気付き談笑にエスナ農園の果実を寄越せと声をかけるが、べフォイは顔をしかめて下を向く。
「どうした?」
呆けた顔の長に問われたが、先までランディの件も任せられるかに考えていたべフォイは、自身の考えの甘さと同時に、村の事態も知らず呑気に歓迎ムードで談笑する老いた村の長を見限り、ひと言に告げて長の家を後にした。
「それはケアに訊いてくれ」
早馬の騎手は偶に見る、ここタヘルから一番近い宿場の手の者だ。
明日には来るという王都の魔法設計師が優秀なら、直ぐにタヘルの防衛魔法陣が消失している事にも気付くだろう。
ランディの持つ退魔の力によって村の被害は最小限に留まっている。
だが、魔害虫や家畜の伝染病に井戸の枯れなど今のタヘルの惨状を客観的に見れば、自然災害ではなく変魔の森から流れ来る魔の力や敵国の攻撃魔法による影響と考えるのが適当だ。
魔法師サボンヌはタヘルでの生活に馴れ過ぎたのだろう。
魔法師としての客観的な視点も失い、呑んだくれに遊び呆けてすっかり村の御用聞き状態だったように思えてならず、ケールの処置に見せた勇姿さえも散り際の花かに思えてしまう。
防衛魔法陣の石板や岩が砂と化した痕跡を見付け、それを異常と見抜けたなら、王都の魔法設計師は次に何をするかと考えたべフォイは、ランディの危機に繋がると気付き足早にジェット家へと向かった。
ランディが使いに出ていて居ないと判り、覚悟を決めてジェット夫婦にランディの力の事を伝えると、自身の住む農園の小屋を隠れ蓑に使い、タイミングを見計らって逃げるようにと説得に迫る。
だが、ランディの母ランは申し出を辞退に頑として動かず、ランディだけ連れ出して欲しい旨をべフォイに投げかけて来る始末。
「グウェルガ、お前からも言ってやれ!」
ランディの父グウェルガは、ランを見つめて黙り聞いていたが、べフォイに突かれて言葉をかける。けれどもそれはべフォイもランも望まぬ言葉。
「ラン、君が残るなら俺も残るよ」
「バカ言わないで! あなたがランディを抱いて逃げないでどうするの!」
「俺は、君からは逃げない!」
いつも客から逃げているグウェルガの台詞だが、その言葉を真実と見たランは、引け目に思いグウェルガに隠していた秘密を口にする。
「……だって、ランディは」
「全部知ってる! 全部受けとめる! だから俺を信じろ!」
ランの秘密を皆まで言わさず、それを制してランの全てに応える愛を見せたグウェルガに、ランは驚きの表情でこれまでのグウェルガとの日々を思い返して顔を歪める。
ランの秘密を知っていて尚、今日まで共にして来たグウェルガの広く優しく強い愛をもって自身を愛してくれていた事実に気付き涙を流し、見つめたと同時に手を広げて待つグウェルガの胸へと身を委ねたラン。
「俺はいつでも逃げられるから、な!」
肯くランをグウェルガは抱き締め、べフォイに一つ肯きを向けると顔を埋めた。
使いを終えたランディはいつから見ていたのか、泣いて抱き合う二人に何が起きたか判らず不思議そうに見つめているのを見つけたべフォイは、ランディの頭を抱えて頭を撫で回し、二人を見守り安堵のため息と共に涙を零すも、上を向き手で顔ごと拭ってそれを隠した。
ジェット一家を農園の小屋に匿ったべフォイは、息子夫婦を小屋に近付かせないよう自らを敢えて息子夫婦の下にと置いて、今日までを謝り許しを受ける。
翌朝、息子夫婦と共に農園の果実を教会へと運ぶ中、村は総出で歓迎しようと慌ただしく、誰が何処に居るかも判らない状況に安堵したべフォイは、防衛魔法陣が消失している事実に王都の魔法師が気付くその時、次に何を目するかに警戒を置いて待つ事にした。
どのみち、村人総出で王都の魔法設計師様のお出迎えをすると言うのだから動きようもなく、無骨にも普段通りを装いその時までを息子夫婦と共にする。
「見えた! 魔法設計師様が来られたぞ!」
昼を過ぎた頃、ある意味定刻通りに到着した王都の魔法設計師一行は、護衛にメヌエ国の兵を引き連れ馬車に乗ってやって来た。
村の長が馬車の横に立ち、出迎えに皆へ拍手を求めて村人総出の歓迎ムードが広がる中、降り立った男はいとも容易くそれを冷やかしに制して引かせてしまう。
「ようこそおいでくださいました魔法設計師様、我々タヘルの村の皆一同心よりお待ち申し上げておりました。つきましては、ここタヘルに伝わる伝統に乗っ」
「よい。そのような賑やかしも儀式も抜きだ!」
王都メヌエより確認に来た魔法設計師は、赤と金のラインが入った礼服をまとい、頭には白い布を巻き付け金色の階級章を留め具に額の上で輝かせる。
身体は細くエリート思考が鼻につく澄まし顔の色白で青目も細く、嫌味な性格が滲み出ている。だが、その目は確かな知識を見せた。
「それよりどういう事だ? 何故魔の力が流れ込むのを放置している!」
魔法設計師が睨みを向けた先で、その意味が分からないのか言葉に詰まるサボンヌだが、見ればサボンヌも馬上で白い布を頭に巻き付け木製の階級章を額の上で留めていた。
サボンヌの様子がこれまでとは異なるように思えるが、階級が上のお偉方を連れているのだから当然だろう。
「サボンヌ、陣の石は何処か? 案内しろ」
「はっ……」
サボンヌが馬を降りるより先に護衛の兵が魔法設計師の周囲を囲い、兵が陣を整えると同時に歩み出す魔法設計師を見て、慌てて追いかけ森へと向かって走るサボンヌ。
エリートたる態度と冷徹な仕事振りに圧倒された村人は、村の外周にある森へと向けて過ぎ行く魔法設計師一行を見送る中、村の長は馬や馬車の護衛に残る兵に訊ねる。
「あの、今のお方が王都の魔法設計師様でよろしいのでしょうか?」
訊かれた兵が鼻で笑うと、他の兵も同じようにして鼻で笑って魔法設計師の名を語る。
「相変わらずだな、エボーナ様は!」
「まったく、お忙しい方だよエボーナ様は!」
村の長を無視して笑う兵の態度に、エボーナという魔法設計師の王都のエリート振りが分かるというもの。
歓迎ムードも何のその、解散ムードに散る村人達にあってべフォイは一人神妙な顔でそれを見守り、心残りに顔を向けるも、息子夫婦が解散に馬鹿らしさを言って帰ろうと歩み出した為、べフォイもそれを追うしかなく、調査の行く方に不安を残す。




