思い出は防衛魔法陣と共に
タヘルの家畜に伝染病が確認された為、村長達は食糧危機の対策に川魚の漁獲量を増やそうと、川の対岸にある変魔の森に渡り架けている防衛魔法陣の拡張を決めた。
だが、源流のある変魔の森から流れ来る魔の力や魔獣を川に通すリスクを軽減するには、三重構造の精巧な防衛魔法陣を構築する必要がある。
そこで、タヘルの教会魔法師サボンヌを通じ、高度な専門知識を持つ魔法設計師を王都メヌエに要請する事になった。
「例の件も今は収束、ご放念くだされ」
ヒールも治まりを見せている事から、村の長は件を見なかった事にして欲しい旨を伝えると、サボンヌとしても背信行為に手を染めた事実がある為、願ってもない申し入れと受け止めそれを了承。
教会の留守を信徒に任せ、魔法師サボンヌは馬を走らせ王都メヌエへと向かった。
だが、その間にも魔の力や他国の攻撃魔法がタヘルを飲み込んで行く。
タヘルの村は川岸から少し高台にある平原に置かれているが、村の教会など主要な建物を含め、作物や家畜なども川側には置かれていない。
村内にある三つの井戸の内、川側にある一つを残して二つの井戸が枯れ始めるのは自然の摂理として適当に思えるかもしれない。
だが、魔の力や攻撃魔法の影響として見ると可笑しな事になっていた。
魔の力の影響であれば、真っ先に影響を受けるのは川の対岸にある変魔の森に近い方の井戸であり、川に近い方から枯れて行くのが順当と言える。
その常識を覆す存在が川側の井戸近くに住んでいたからこそ、魔獣も警戒に村へ近付かなかったのかも知れない。
「水汲んでくるー!」
ジェット家のランディは朝から元気に樽を持って井戸の水を汲みに家を飛び出し、ポンプ式の井戸で金属製の持ち手を上下に漕ぐ。
持ち手を上下に井戸の水を汲み上げ放水されると、先ずは顔や手を洗うランディのその行動により、退魔の力がパイプ内を通じて井戸深くまで及んでいた。
――KABUUUN――
毎朝の習慣が一つの井戸を魔の力や攻撃魔法から救っていたランディだが、本人は意図していないし理解もしていない。
結果として、村の皆は魔の力や攻撃魔法に曝されながらも、無自覚にそれを自然の摂理として受け止められる程度の影響となっていた事から、防衛魔法陣が消えている等とは考えもしなかった。
ただ一人を除いて……
農園の魔害虫や家畜の伝染病と、過去に起きた魔の力による食糧危機を体験しているべフォイにとって、昨今のタヘルの状況は当時と近しくもある。
魔獣の襲来が無い事から誰もそれを疑わないが、疑うにも当時と違うそれこそがジェット家の位置にあり、過去に起きた食糧危機の折には川側から発生していた記憶に重ね、タヘルで唯一魔の力による影響を考えていた。
ヒールも治まりを見せてはいるが、息子夫婦とは未だ距離を取って農園の小屋で暮らしているべフォイは、とある事象を目にし魔の力の疑念を深める。
それこそが、先日ランディ等と共に行っていた草むしりでの魔害虫発生であり、自身の果樹園で起きた魔害虫と重ね見ても、魔害虫の発生率の高さが異常に思えた。
“農初めの儀”に行われる“浄化と再生を促す魔法”の魔法陣の効果により、土壌改善と同時に魔害虫も駆逐されるのが常、だが今期のそれは収穫を迎えるまで効果は持続せず。
草むしりしなければ判らなかった事だが、村の外苑では虫が好む果樹もないのに、甲虫までもが魔の力に侵され魔害虫化していた。
一つの答えに行き着くも、村の長に進言する前に実際目にしてみないと判らない……
「手伝ってもらえるか?」
翌朝、べフォイはランディを連れ出し村の外隅にある森の中へと向かった。
「森を一緒に歩こう」
べフォイの言うそれは、ケールの代わりとでも言うのかに思えたランディだったが、手を繋いで森を分け入るべフォイの顔は、ケールの事などこれっぽっちも考えているようには思えない。
何を探しているのかも分からないまま、村の外隅を行くべフォイの顔は険しさを増し、ランディが居る事さえも忘れているかのようだ。
――KABUUUN――
時折何かの痛みを感じ、思い出したようにランディと手を繋ぐべフォイだが、繋いで数歩も行けば直ぐに手を離して草を分け入り何かを探すを繰り返す。
「んん? 何だ、この砂地……」
べフォイの見つけた砂地は真新しいのか、周囲の草の生え残りが妙な形を残してもいて、少し前まで何かが在った事を如実に示す。
「まさか、……」
べフォイは砂地にケールの砂を重ね見たのか、思わず振り返りランディに視線を向けた。
少し歩き疲れていたのか、ぼうっとした表情を浮かべ立ち尽くすランディに気付き、連れ回した反省に問うをやめて一呼吸してから少しトーンを和らげ訊ねる。
「ランディ、この辺りにケールと遊びに来た事はあるかい?」
「ああ、うんあるよ! みんなで追いかけっこしたり隠れたり、ケールは草陰に隠れるのが得意で、マルコは大きいから岩陰、ムネッタは木登りが得意で全然見つかんないんだ。ケールはいつも……」
べフォイの言ったケールの名に、ランディは当初予想していた通り、べフォイはケールの思い出を求めて森に来た。
そんな想いに、ケールとの思い出をべフォイに語り続けるランディ。
だが、べフォイは村の防衛魔法陣が失われた事実を確信し、それがケールと遊ぶランディによるものと判り、どうしたものかと苦慮に黙ってランディの話を聞き流していた。
「おじいさん! べフォイのおじいさん!」
ランディの呼ぶ声で我に返ったべフォイ、どれほど時間が経っていたのかも判らないが、ランディが話すのをやめてべフォイの服の裾を引く程には経っていたと判る。
「……すまん。もう帰ろう」
そう言って手を繋ぐべフォイは握る力も強くなり、歩く速度も思考の揺らぎを制するかに踏みしめ速く、ランディは必死に追って森を行く。
森を抜けて村の外苑まで来ると木や石組みの家並みが見え、草木のない土の道を歩く中、不意にべフォイが立ち止まり、再びランディに顔を近づけ肩を掴んだ。
「……ランディ、私と約束してくれないか?」
意図が分からず呆けた顔をするランディに、べフォイは何かを吹っ切るように決し、ランディの応えを待たず言葉を続ける。
「いいか、君の持つその力はもう誰にも見せるな。誰かが痛みに苦しんでいても絶対にそれを使うんじゃない! いいな!」
三人で村の手伝いをする歓びを覚えたばかりのランディにとって、それが何を意図するものかは全くもって分からない。
「……でも、」
「聞くんだ! ランディ、君はこれから大変な事になる。もしかしたら村のみんな、いや、私の娘ヒールやケアも君を嫌いになるかもしれない。でも忘れるな、君は何も悪くない!」
何の話かも分からないけど、“みんなに嫌われる”ただその言葉に悲しい気持ちになって顔を暗くするランディだが、その肩を力強く掴んで鼓舞するべフォイの言葉は更に語気を強める。
「もしもの時は逃げろ! この村から逃げ出せ! 君のお父さんやお母さんは私が守るから大丈夫! ランディ、森だ。君なら変魔の森もただの森になる!」
少し余計な事まで話したような気がして言葉を止めたべフォイ、そもそも今のランディには何を言われているのか解る筈もないのに、逃げろとまで言う必要があるのかを考え黙ってしまう。
「……えと、マルコも、ムネッタも、みんなオレを嫌いになるの?」
まだ嫌われてもないのに目に涙を浮かべて話すランディを見たべフォイは、共に涙を浮かべて強く強くランディの事を抱き締め伝える。
「そうだ! けど大丈夫だ! 友達なら、きっと許してくれる日が来る!」
私のように……
言葉にせずとも心に熱いものが込み上げる。天を仰いだべフォイの目には、笑顔でグッジョブのポーズをするケールが見える。
「そうだな。ケールは最初から怒ってなんかいない。君と遊ぶのを楽しみにしていたのだから!」
更に強く抱き締められたランディは、べフォイが何を言わんとしているのかは分からずも、ケールを思うべフォイの気持ちは理解も出来る。
例えべフォイの言うように、みんなに嫌われるような事があったとしても、ケールだけは……
そんな思考が知らず知らずのうちにランディの心の奥深くに刻まれていた。
「さあ、今日はみんなの所に帰ろう」
立ち上がったべフォイは涙を拭い、ランディの手を取り歩き始めた。
「うん」
話は解らずもべフォイに理解を見せるランディは、ケールを心に温かい気持ちを胸にしまって家へと帰る歩みを進める。
だが、べフォイの言葉を理解する日は直ぐに訪れる……




