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退魔の力


 ケールが消えた哀しみはタヘルの村を世界から切り離すかに、ガゼル大陸全土に拡がる魔法の怖ろしさを解らせるには十分過ぎる出来事だった。


 その哀しみは日を置かずして怒りへと変わる。“魔法は人々を護るもの”、そう教えられて来たからこそに裏切りとして捉え、その悔しさを怒りに変えて教会へと矛先を向ける。


 ケールの死は、村で飲み歩いて遊び呆けていた魔法師サボンヌが、刻む魔法陣を違えたせいだと決めつけ訴え泣き叫ぶ母ヒール。


 だが、父ケアは果樹園に巣食う魔害虫退治にサボンヌを連れ出し、べフォイが配置までを用意した石板で土地を囲い、“浄化と再生を促す魔法”の魔法陣を刻ませている。


 意見を違える夫婦の関係は冷えるより熱く、ケールの死を認めるか否かに責をぶつけ合い、寄り添うを拒み忌むべき者かに罵りを言うヒール。


 息子夫婦といがみ合うのを嫌い家を出たべフォイは、農園の管理用に建てた小屋に住み始めた。南方の温暖な気候が故に石組みの簡素な造りで十分暮らせる。


 だが、夜になってもあの日ヒールがべフォイに投げつけた言葉の残響がまとわりつき、喉に刺さった(トゲ)のようにべフォイを悩ませ続けていた。


 それでも、農園を経営しなくては生活は成り立たず、べフォイは黙り収穫に専念し、ケアは損益の回収に資金策を練る中、自暴自棄に死を望んでいるかのヒールは、自責の念から逃れようとする行動がタヘルの村を危険に曝す。


 当人にその自覚があるのかも微妙だが、ヒステリックな言動が増したヒールは魔法に対する不安を煽り、教会の是非についてを掲げて仲間を募るとデモを起こした。

 息子を返せ! などとマウワー教を崇拝するメヌエ国にその責を問うべきと息巻く。


 だが、砂と消えたケールの砂を必死に集めたヒールは、壺に入れて家で保管し、他の魔法陣で生き返る。そんな希望を抱いているようだ。



 一方、ケールを想う母ヒールの為にと一肌脱ぎ、原子のテム教の魔法陣を刻んだにもかかわらず、その行為を断罪されたサボンヌは、教会に派遣された魔法師の任として、国家に逆らう者の情報を王都メヌエに報告するのは義務でもある。


 しかし、ヒールの報告を上げればサボンヌ自身もテム教の魔法陣を用いた事がマウワー教に知れてしまう。


 板挟みに責を問われるサボンヌだが、その全ては自身の招いた悲劇でもあると未だ認識出来ずにいる。


 このタヘルの村を襲っている魔の力は、管理の責を任された魔法師が防衛魔法陣の刻まれた石板や岩を放置し、飲み歩き遊び続けた結果だ。


 今尚、攻撃魔法はタヘルの村に薄く広がり影響を及ぼし続ける中、ランディの持つ退魔の力は残酷な真実を告げる。




 ケールを失った哀しみを子供達が理解するにはまだ早く、居ない淋しさと会えない寂しさを感じ、わだかまりに悔しさばかりが残り続ける。


 遊ぶにもケールが居ないと気付かされ、三人顔を見合わせるも言いたい何かは言葉にならず、母ヒールの叫ぶ話でケールが砂になったとだけ知るのみだ。


 少しでもケールを感じたいと思うのか、エスナ農園に向かったランディ・マルコ・ムネッタの三人は、ケールの父ケアに手伝いを申し出たが断られる。


「ありがとう、でも気持ちだけで十分だよ」


 その手伝いで息子を亡くしたケアからすれば当然の応えだが、三人は一度向けた善意をしまう事も出来ず、だったら村で困っている何かを見付けて手伝おう。そんな考えに行き着いた。



 数日が過ぎ、三人の手伝う姿が村のあちこちで散見されると、ヒールの下には子供達を見習えと蔑みの声が寄せられる。


 比較にすべきではない事も、離れた所から見る景色にはそう映るのかもしれない。だが、そうした言葉は切れ味鋭く心を(エグ)り、血の温もりが冷たい感情に火を点ける。


 だが、ヒールとてケールの母という自覚に感情を殺して自制し、ようやく落ち着きを取り戻したのかエスナ農園で収穫作業にケアと共に働く姿も見られるようになっていた。



 すると今度は、村の家畜に次々と伝染病が見つかり食糧危機が叫ばれ始め、食肉が無くなる可能性から変魔の森(メタモルフォレスト)との境にある川での漁獲量を増やそうと、防衛魔法陣の拡張を話し合う村の長達。


 対岸の変魔の森(メタモルフォレスト)から流れ出ている川を越えて防衛魔法陣を組む事自体、上流から流れて来る魔の力や魔獣を通すリスクもあり、防壁魔法陣も二重三重の城壁のような陣形が必要不可欠。


 二重三重にしても魔の力を外へと流す巧みな設計を必要とする為、流れの向きに地形その他を計算出来る専門の魔法師を呼ぶ必要があり、王都メヌエに助けを求める事になる。


 一応に落ち着きを取り戻しているとはいえ、ヒールの件もあり慎重に事を進める長達をよそに、子供達は村の外苑の草むしりでべフォイと行動を共にしていた。



「痛っ!」


 ムネッタの声に駆け寄るマルコとランディ、見ると草陰に潜んでいた知らない虫は背に(トゲ)があり、草むしりに(カガ)むムネッタの足が当たったらしく、(トゲ)には毒があるのか赤黒く変色して行くムネッタの足。


「このっ! このっ! くそっ!」


 マルコがスコップのような物で叩いたり鎌のようにして突き刺すがびくともしない。


 元は何の虫かも判らずも、それが魔害虫なのは一目瞭然、とはいえ子供に解る筈もない。


――GIBIGIBIGIBI――


 マルコの攻撃で魔害虫は怒りに羽を震わせ攻撃姿勢を向けているが、マルコには解らない。


「お、こいつ鳴くんだな」


「マルコ、ムネッタの足が」


 足の痛みに苦悶の顔を見せて倒れ込むムネッタ、見守るしか出来ずに戸惑うランディはマルコに伝えるだけで何をすれば良いのかも判らない。


 頭の中で〈ケールが居れば……〉と考えてしまう自分が情けなくも淋しくも悔しくもあるのか、頼れる仲間が居なくなった事実に向き合い、ムネッタを背負い助けを求めに行こうと腕を取った。


――KABUUUN――


 次の瞬間、ムネッタは何が起きたか判らずも、足の痛みが消えてなくなり、何をされたか目を開けると腕を取って肩に回そうとランディが背を向けていた。


 ムネッタの腕を引くランディの力は弱く、ムネッタは思わず腕を引いていた。


 ランディは後ろ向きに倒れて仰向けになり、それを見下ろすムネッタは何事も無かったかの冷めた顔でひと言告げる。


「どいて。重い」


 ムネッタの足を枕に寝ていたランディは、赤黒く変色した足に乗っかった事を怒られているかに考え、焦り謝り起き上がり、足の様子をうかがい見るが何も無い。


「え?」


「ランディ、何したの?」


 解る筈もなく何事もなく治っているムネッタの足を二人で見つめて黙り込む中、今度はマルコが叫びを上げた。


「痛えっ! こいつ……」


 見ると魔害虫はマルコのスコップに喰らいつき、同時にマルコの手指を脚の爪で締め付けている。


 ムネッタが無事と判れば今度はマルコを助けなければ、そんな思考がランディを突き動かす。


「マルコ! 今助けるぞー!」


 ケール亡き後、自分がケールの分まで何とかしなければ、とでも思っているのか、それまでにはないランディの強い言葉に驚く二人。


 だが次の瞬間、その言葉には嘘がなく、マルコを助け魔害虫を元の姿へ戻したランディは、自分でも意味が分からないのか呆然として立っていた。


「スゲー! ランディ、オマエいつからそんな力持ってたんだよ!」


「ちょっと、アンタあたしに何したの?」


 質問攻めにされて尚、ランディ本人も理解していない。


 だが、子供達の声に記憶が重なり焦り見に来たべフォイは、ランディがした全てを見てしまい混乱に頭を抱える。


「……いや、そんな筈は、だとすれば……けど、……ぅ゙ぇ゙」


 理解しそうになると押し潰されるような痛みが胃から込み上げ嗚咽が漏れる。


 まだ確証はない。だが、もしそうであるならこの感情を何処にぶつければ良いのか……


 そんな思考にランディを黙り見詰めるべフォイの顔は、眼球鋭くいざ殺さん! とばかりの形相で、それを見たムネッタやマルコが怯え見ていた。


「何? ……あ、ケールのおじいさん」


 そう言って振り向いたランディを襲いかからんとするも確信は無い。だが、べフォイの足下にはチャンスが転がっていた。


「ダメ! それ触んないで!」


 ランディの制止を無視に、眼下の甲虫に答えを見たべフォイは自身の手を魔害虫の背に向け掴みかかる。


「ングッ……」


 虫の背にある(トゲ)に触れ、痛みに慌て叩き落とすも魔の力により赤黒く変色していく自身の手を握りしめ、心配するランディに向かってこう告げた。


「大丈夫!」


 そう言ってランディに差し向ける握り拳、不安そうにするランディだがべフォイのグータッチに応えるしかない。


――KABUUUN――


 タッチと同時にべフォイの手は何事も無かったかのように魔の力が消え失せ、元の手の色に戻っていた。


「なんてこった……」


 ランディの持つ力が退魔の力と気付いたべフォイは、ケールが亡くなった折にサボンヌが言っていた魔法陣の基本構造が頭を過ぎる。



 魔法陣を組んだ岩や石板は何らかの理由で魔の力が尽きると砂になるというそれが、人体に刻まれた魔法陣で起きたなら……


 詰まりは、ケールに治癒魔法陣を刻んだからこそ、治癒の最中にランディと触れたケールは砂になってしまったのだと。


 ケールが砂になった理由に繋げ解けて思考も行き着き、一瞬怒りに震えランディを睨み見る。


「大丈夫?」


 その力をランディ本人も知らず、その上心配する目を自身に向けられている事に苦悩するべフォイ。


 とはいえ、心配に覗き込むランディを襲いかからんとするその刹那、少し離れた所で草むしりをする別のグループの子供の声に、べフォイの左方へと皆が顔を向けた。


 今はべフォイを誰も見ていない。

 べフォイは目を見開いて歯をむき出しに、怒りに任せて手にするスコップをランディの頭へと向けていた。


『おじいちゃん』


 腕を振り上げたその時、良く知る声を聞いたべフォイの目にはランディの前に立つケールが見えた。


 振り上げた腕を下げて息を吐き出し、その場に座り込むべフォイに別れを告げるように、ケールの幻影が手を振り去って行く。


「ケール……」


 まばたきの後に見えたのは走り出したランディだ。


 他のグループの所にも同じ虫が出たと知り、その力が何かは知らずとも誰かの助けになるのなら、考えるより先に駆け寄る姿にケールを重ね、手にするスコップを土に突き刺す。



 ふと、魔法陣を刻まずランディとグータッチをしていたなら、ケールは今の自分の手と同様に何事もなかったように元気な姿に戻っていた可能性に気付く。


 何が悪いのかも判らず、ただただ涙が溢れ出て止まらないべフォイは天を仰いで泣いていた。


 


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