タヘルのジェット
南方の川沿いにある温暖な気候の小さな村は、石組みを木材で覆い、貝と石灰石と卵の殻とを混ぜた消石灰で塗り付けた白壁が輝く家が多く、タヘルと呼ばれている。
川の対岸には変魔の森があり、村はマウワー教を崇拝するメヌエ国の支配下にあるが、王都メヌエで組まれる大規模な防衛魔法陣の外に位置する為、独自の防衛魔法陣を組む必要があった。
メヌエ国は村に布教活動の拠点とする白壁の教会を建て、マウワー教団は魔法師のサボンヌを派遣し、守衛として村に住まわせ治安維持を約束。
教会を通じて寄付の返礼品に衣類や武具や鍋や食器も王都から流れて来るようになり、行商の馬車を待たずして生活雑貨が流通すれば村の暮らしは様変わりした。
無論、教会は村の治安維持が目的ではなく、国家に逆らう動きや森沿いに侵攻する敵兵等の情報を収集する任を置き、有事の際には村人を先鋒の盾として使う為に先導する役割りが主である。
三つ巴の宗教戦争開戦から数年後、タヘル村で道具屋を営むジェット家にランディは産まれた。
父グウェルガは黒髪青目の褐色肌で、細くもスタミナはあり逃げ足の速さは村一番。
有りもしない機能を謳うなど調子のいい話をしては高値で売り、後で客が怒って返品に来ると一目散に店を駆け出し、追いかけっこに客を誘って数日の後に諦めさせて帰って来るを繰り返している。
母ランはアルビノで、タヘルの村では浮く存在だが白壁の村では目立たない事もある。
グウェルガの逃亡により度々店を留守にするからか、虚ろ気な顔で微笑みを向けランディの世話をしながら夫の帰りを待っていたが、どうにも違う男の影もチラホラと……
ただ、夫婦関係が悪い訳ではないようで、高値の差分も息子ランディへのプレゼント代にするなど、生活の為と知っていたからでもあるのだろう。
両親も息子に退魔の力があるとは知る由もなく、愛情を注ぎ育てて少年となったランディが村の子供同士で遊ぶようになった頃、退魔の力が問題を起こした。
「ママー、みんなと遊びに行って来るー!」
「村の外や森の方には行っちゃダメだからね!」
「うん、大丈夫だって!」
八歳となったランディは、村に住む同じ年頃の子供達と村を駆け回り、日が暮れるまで遊ぶ毎日。
弱き者が強き者に憧れを抱く自然な流れで剣士や射手を目指すようになり、力自慢や走る速さを競い、相手の動きを察知する能力を鍛え、鼻を利かせ耳を研ぎ澄ます。
戦時下であるとは知るも実際の争いや敵兵を子供達が見る事は無く、母親と共に家の隅に隠れて息を殺して時を待つのみ、それもこのタヘル村では稀な事。
戦争映画でも観た後の真似事に近い遊びでも、競い合う事で子供達は体力を高め合い健康に育ててもいる。
「俺この岩持ち上げられるぜ!」
力持ちのマルコは背も高いが横にも広く、天然パーマの青鹿毛髪に緑の瞳と色白の肌で、痩せればモテるを言われる身体。
「僕だってこの太い枝を折る事が出来るぞ!」
腕っぷしの強いケールは茶髪に青目で褐色肌と、背は低いが頭の良さに家の農園を手伝う優男。
「あたし、あの木のテッペンまで登ったよ」
俊敏なムネッタは編み込みロングの赤髪黒目で色白肌だが、母親の影響か色気を嫌い活発に遊ぶ健康美。
「……オレは、」
「ランディは父ちゃんと一緒で逃げ足だけだろ!」
そう言って笑うみんなに渋い顔で不満を見せるランディは、拳を握り足の速さ以外に自慢出来るものを考え続け、一つ見付けた。
「あっ! オレ、ママの隠したおやつ匂いで見付けた!」
「それ、食い意地張ってるだけでしょ……」
狩人のように鼻を利かせたと思っていたが、一つ下の女の子ムネッタに冷めた目でツッコまれ、笑われるネタを増やしただけと気付いたランディ。
「あぁぁ……」
失敗と悔やみ、更に渋くなったランディの顔に、みんなの笑う声が増していた。
戦士というより自然児さながらの遊びにも、大人達は「おお、将来有望だな!」などと微笑ましく見守っている。
だが、争いの声も聞こえぬ王都から遠く離れた村が故、今が安寧の暮らしと勘違いしていたのかもしれない。
陰と陽を連ねる低い空に流れる雲が午後の風に散りゆく中、足の速いランディから逃げられるかを競う追いかけっこで村の外周を駆け回る子供達。
逃げ切れないと気付いたムネッタは途中で木に登って身を隠し、マルコは岩陰ケールは草陰に隠れると、ランディが目の前を走り去るのを確認してからゴールでもあるスタート位置へと戻っていた。
「あれ、まだ追いつけない……」
自分の足が遅くなったと勘違いして原因を探り、夕飯の後に隠れて食べたおやつを脳裏に浮かべ、腹を見ながら必死に走るが追いつかない。
「あっ! まさかあいつらっ!」
ようやく皆が隠れていると気付いたランディは、草陰や岩陰や木の上を探して歩き、諦めにゴールに戻った所で渋い顔になる。
「いえーい! オレ達の勝ちい!」
「ずるいよ! 一周してないじゃん」
「戦争にずるいも何も無いから」
「うん、時には身を隠す事も大事よね」
みんなに笑われ悔しがるランディだが、友達を探して森を分け入り歩く中、村の外隅に置かれた防衛魔法陣の組み込まれた石板や岩を本人も知らぬ間に触れていた。
夕陽の射し込む低い雲がピンクに染まっているのに、いつもと少し違う風の匂いに雨を浮かべて帰宅を急ぐ。
「さあて、もう暗くなってきたし帰ろうぜ!」
「ふん、マルコもケールも強がってるけど、ランディが戻って来るまですっごい心配してたんだよ!」
「言うなよムネッタ!」
それぞれの家へと笑って帰る子供達、夕飯を食べ終え寝静まる頃には降り出すだろうと思っていた。
だが、夜になっても雨は降らず、強い風が戸を叩き、深い森から吹きつける魔の力は村を覆い被さるようにして飲み込んでいく。
変魔の森の魔獣は魔の力の流れの変化を感じているのか、鼻を利かせて風を読むかに周囲を見回し警戒しつつ、縄張り争いにも変化をもたらす力関係を決してか、夜空に向けて遠吠えや咆哮が騒がしい。
野生動物や魔獣のおどろおどろしい叫びは村にも聴こえてはいるが、村人の多くは雨の予兆と捉えて戸を閉める程度に寝床へ向かう。
ランディ自身が退魔の力に気付いている筈もなく、夜の間に石板や岩は砂となり果て防衛魔法陣は消失したが、村の誰もが気付く事はなく、タヘル村は少しずつ魔の力に侵されていく。
■改稿内容(2026/01/14/19:00)
ランディの幼少期を描くに辺り、両親や子供達の容姿のみならず、村の名前タヘルからの連想に【タヘル→輝く→白壁】と想像出来るかな? 等と、読者任せにし過ぎていた部分があり、情景描写を僅かばかりですが足しました。
(話の内容には手を加えていません)




