変魔の森と原子教のテム
ガゼル大陸の中央に聳え立つヘルズホルンは標高四千二百十九メートルの魔力を帯びた険しい山で、森林限界手前には魔女の帽子と呼ばれる三つの岩峰に囲まれた四百ヘクタール程の平原がある。
麓の村からヘルズホルンを望むと三つの峰は重なり見えて、平原の広がる台地は外に突き出る崖があり、その形状から魔女の帽子の名が付いた。
山のそこかしこから噴き出す魔の力は周囲に広がる深い森へと影響を及ぼし、野生動物が魔の力に覚醒すると魔獣に変貌してしまうと云われ、魔獣は日々生み出されているらしい。
変魔の森
森に踏み入れば人すら魔物になるとの噂もあり、森に近い村で言われた俗称は大陸全土に広まり定着した。
変魔の森の周辺にある村々では、流れ出る魔の力により井戸の水は枯れ、果樹を植えても魔害虫によって根から腐り朽ち果て、栄養を奪われた人々には病が襲い来る。
魔の力の影響を恐れた人々は村々の集まりに国を成すも、森から離れた土地に都を建造したとて、大陸の外側で争う小国同士の小競り合いに巻き込まれるリスクを負う。
森を抜けた魔獣は周辺の村々を襲う事から人々も対策を講じるが、森に近い村では各々が煉瓦造りの防壁を建てて矢を放ち、魔獣が村内に入れば剣盾と、防衛策は力技に頼るのみ。
知らぬ国の覇権争いまでもが村へ飛び火する混迷の世にあっても尚、村で懸命に生きる人々は笑顔を探して子を育て、飛び入る火にも被害を最小限にとして火が燃え移る前に手前の家を破壊し互いを助け合う。
村内で遊ぶ子供達を周囲の大人が見守るのは当り前、遠い村から避難して来た者にも互助の精神で組み入れるが、敵か否かに尋問を行い村外の情報はそこから得ている。
変魔の森周辺の村々が魔獣の被害と争いの飛び火に苦しむ中、突如として救世主が現れた。
西方の森近く、メカエルと呼ばれる村で生まれ育った十五才の娘テム・レインは、枯れた木の幹に刻んだ落書きが偶然にも魔の力を変換させ、木を再生させるばかりか季節外れの果実までもを実らせた。
魔の力に規則性が有ると気付いたテムは、刻んだ溝に魔の力を通して放出させる特定の紋様を魔法陣とし、魔の力を変換する術を生み出した。
メカエル村は変魔の森から流れ出る魔の力を阻む術を手に入れたが、飛び火に現れ村から逃れた兵を介して情報は国を超え大陸全土へと知れ渡る。
その過渡期、テムの名を配した教団により魔法陣は国のみならず村々にまで伝手広がり、世界は平和になるかと思われた。
だが、テムの教えはテム本人の意に反して国同士の争いを激化させる一手となってしまう。
テムの発明した防衛魔法陣により、変魔の森から流れ出る魔の力の影響を防げるようになった事で、国力を争いに全振りするようになったのだ。
唯一の救いは、防衛魔法陣が必要とする魔力量の多さが、他国へと向ける攻撃魔法陣に魔力を割く事を許さず、国同士の争いは未だ剣盾と矢に多少の魔具を用いる程度で済んでいる。
魔具と言っても矢に炎を纏わせ飛距離を引き上げるだけのもので、効果も矢の引き手が持つ魔力量に依存する為、元より魔力を持つ者を探し出し射手として育てる必要があり、数の力を有する事はかなわない。
中規模の国力を有していた北方のヴェゼル国と南方のメヌエ国は、テム教を崇拝した後に水面下で軍を整え、派遣されていた枢機卿を従え進軍し、布教を謳っては信仰という名の侵攻を始める。
軍を持たぬ劣等なる民とされた小国と、種族を違える民が暮らす散村だらけの大陸の東側を侵略し、“テム教が統治する教国としての共和国”という言い分に、南北二つの大国となった。
その際、ヴェゼル国もメヌエ国も散村や小国を取り込み統治するに辺り、その地で信仰されていた土着の神をもテム教の中に組み入れ従え、反抗する民を黙らせた経緯がある。
当然、原子のテム教の教典には存在しない土着の神を組み入れ、内容を書き換えて行く内にテム教の教えに反する教えまでもが創られていたが為、ヴェゼル国もメヌエ国も双方共にその信仰が原子教か新教かを問われる事態となった。
四代目テム教皇・メイは、双方の国で教えを任せた枢機卿を呼び寄せ話を聞くも、ゼーム卿もマウワー卿も各々の国では教皇と同等の扱いを受けており、テム教の教皇を前にして尚も教皇気取りに語る二人の枢機卿の姿勢が相容れない関係を物語る。
結果、二つの大国が信仰する新たな宗教として、枢機卿の名からゼーム教とマウワー教とに分派される運びとなった。
だが分派された事でゼーム教とマウワー教の企みは、教団内の主権争いから宗派を争う信仰の覇権争いへと拡大し、テム教を信仰する西側諸国を改心させよと宗教自体が火種となり、宗教戦争が開戦。
北方のゼーム教を崇拝するヴェゼル国、南方のマウワー教を崇拝するメヌエ国、そして原子教であるテム教の聖地ユマ国を中心に西側諸国は連合を組んで抵抗。
宗教戦争の激化を抑止しているのは中央に聳え立つヘルズホルンから変魔の森へと流れ出る魔の力という、何とも皮肉な構図となっている。
メカエルの村娘テムが生み出した防衛魔法陣は、その後もテムの魔法陣を基に別の魔法陣が開発されてもいるが、テム本人により生み出された魔法陣は人々を守る手立てとなる以下の三つのみ。
・浄化と再生を促す魔法
・治癒魔法
・防衛魔法
防衛と言ってもバリア状に塞ぎ全てをはね返す訳ではなく、魔法陣を記した岩や石板からの行先を次なる岩や石板に指定し、A→B→C→D→Aと魔力を囲い繋げて外へと受け流すだけのもの。
それ故、村の内部へも少量の魔力は流れ込んでもいるが、毒をもって毒を制す形で浄化と再生を促す魔法や治癒魔法を村内で使う事も可能となる。
その後に生み出された攻撃を主とする魔法陣は、テム教・マウワー教・ゼーム教と、各々の魔法開発部により編み出されたもので、魔の力を変換する魔法陣の構成や基本的な仕組みは変わらずも、毒をそのままに使う魔法も有るようだ。
魔法を形成する為の魔法陣は、組み込まれた石板や岩に人が触れた所で通常は何も起きず、土地の魔力が失われるか、外側に描かれた魔法陣を削るか石板や岩を壊すかでもしない限りは組み込まれた魔法も消えはしない。
何かしらの理由で魔力の根源が尽き果てると、魔法陣を組み込まれた物は魔法の副作用で数時間経つと砂となり崩れ去ってしまうが、石板や岩に組み込んだ魔法陣を削るか壊すかしたなら砂とはならない。
魔法で再生や治癒された草木や果実に人や動物も、再生するにも治癒するにも限界があり、それ以上でも以下でもない所まで行くと、魔法陣自体も修復に塞がれ流れを失い対象が砂になる事はない。
無論、再生や治癒の最中に魔力の根源が尽き果てた折にはどうなるかなど、未知なるが魔法であり、そのような命の危険が起こり得る事象は人々の知る所にはない。
だが、各々の教団が持つ秘匿機関である魔法開発部なら或いは……
北方のゼーム教を崇拝するヴェゼル国、南方のマウワー教を崇拝するメヌエ国、原子教であるテム教の聖地ユマ国を中心とする西側諸国連合。
今やこのガゼル大陸は魔法陣を盾にし、宗教戦争が三つ巴で睨み合う状勢にある。
■備考
【2026/02/18 15:30】
▼改稿内容
接続詞や難読部分の解消が主たる理由。
・接続詞の変更
・句読点やルビの挿入
・倒置法を用いた部分に違和感を持つ読者がなろうには多いようなので、読み易い言い回しへと変更。
以上、話の内容における改稿はありません。
▼読者さまへ
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