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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

**最強の鬼と愛を育んでいます【彼のお家に定期巡回】

掲載日:2025/12/09


人の踏み入れぬ晩秋の深山に、湯けむりの立つ極楽があった。

岩盤の亀裂からこんこんと湧き出る湯が、獣やその他諸々の類の傷を癒す。


熊や猿、鹿や猪に混じり、天然の大露店に浸かるうら若き娘が一匹。

一匹と数えたのは、その娘が額から一本角を生やした魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類だからだ。


名は(つき)

名の通り、髪は冴え冴えとした銀髪。

肌も抜けるように白くて、村里に降りれば、やれ“白髪鬼”だ何だと恐れられる深山の主だった。


「ふうう……」


月は肩まで湯船に浸かり、頬を朱に染めて深く吐息を漏らす。

額からは珠のような汗が吹き出し、顎先まで流れて、湯に波紋を一筋二筋。


瞑っていた眼を開けると、先祖由来の金色の瞳で(てのひら)を見つめて、指先からゆっくりと折り曲げ一握り二握り。

膂力(りょりょく)が戻ってきたのが嬉しいのか、桜色の唇をほころばせ白い牙を舌でぺろりと舐めた。


その様子を30㎝ほどの小鬼が、下卑た笑みを浮かべて見つめている。

湯船の中で島に見立てた、小ぶりで平らな竜紋岩。

その上に立つ小鬼は柏手を一つ打ち、身をくねらせ揉み手をする。


「けへへへっ、月さまぁ、何やら精気がみなぎっているご様子っ。

そんなに、待ち遠しかったんですかねえ。きひひひひっ」


「ん~、なんだい? あたしが何だって~?」


「だってそうなんでしょう? あれなんでしょう?

治ったらまた行くんでしょう? 山小屋にい。

ほんっと好きですねえ。

私もあやかりたいもんですよ色男に、くひひひひっ」


「なあんだ、あんたも連れてってやろうかあ」


月はにっこりしながら、湯船を犬かきした。

小鬼のいる数m先の竜紋岩まで泳ぎ着くと、ざぶりと立って、岩に白い尻をぺたりと乗せる。

そうして脇に立つ小鬼の頭を、優しく撫で回す。


「あんたちょっと、背が大き過ぎるねえ。

ヤツデポイの葉に包み切れないよ」

「へ?」


月はそう言うと、撫でる掌を一気に真下の岩へと押しつけてしまった。

掌と岩の間で、小鬼がぱちんと爆ぜて煎餅のようになる。

月は手の隙間から広がる、じくじくとした血糊に話しかけた。


「あたしに舐めた口、聞いてんじゃないよ。

いいよ、お前も連れてってやる。

但し、手土産の干物としてなあ」


月は赤く染まる掌を握り込み、もう一度具合を確かめると、尻をずらして肩まで湯に浸かった。


「ふう……全快まで、あと二日って所か」


二日が経ち、月は手土産の干物をもって、山を駆ける。

精気が回復した月は凛とした表情をし、全身から鬼の気がみなぎっていた。


白銀の髪は星を散りばめたように艶めき、燐光を放っている。

肌もふっくらとして、頬や裾から見える膝小僧が、きれいに桜色だ。


美の化身。

そう呼びたくなるほどの美しさが、そこにあった。

溢れていた。

ただし凄まじい殺気もまた、まったく隠そうとせず、周囲に放射し続けている。


鬼の気に当てられた羽虫や小鳥が、草木より眩暈を起こして落ちていく。

月は胎内に熱をはらみながら、ある男の元へ駆けていく。


「どれだけこの日を待ちわびた事かっ」


息を切らすことも無く、幾つもの山を越えた。

目指すは、人里から離れた場に建つ山小屋。

そこだけがいつも山の匂いが違う。


小屋の周りには、月でさえ知らぬ草花がたくさん生えていた。

夜は底冷えする季節にもかかわらず、小屋の周りだけが春を謳歌するように花々が咲き誇っている。

それらを植えたのは、山小屋の主だ。


小屋の周りに柵などはないが、庭に一歩踏み込めばすぐ分かる。

頬の産毛がちりちりした。

どうやら主が邪気払いの術を施しているらしいが、月には効かない。


その術を通して、とっくに月が来たことも分かるだろうに。

山小屋から、主が出てくるようすはなかった。

月を無視しているのだ。


「むっ」


それが面白くない月は、殺意を込めて、鬼の気を山小屋の戸口へ吹き付ける。

戸口まで続く飛び石。

その両脇で咲く花々が、月の気に当てられ色を失い萎れていく。


すると建付けの悪い木戸を開いて、男がひとり、のそりと出てきた。

萎れた花々を一瞥し、むっとしている。

無視した罰だ。

月はしてやったりと、勝ち誇ったように男を見つめた。


男は鴨居にデコが当たるほど背の高い美丈夫で、髪は漆黒、瞳は赤。

額に小さな角が二本生えている。


そう、男もまた鬼の類だった。

ただし月とは種族が違う。

男がため息をついて、首を振る。


「プランテナは咳止めに効く薬草だ。

これからの乾燥した季節、重宝すると言うのに」


「ありゃ怒ったかい?

じゃあどうする?」


月は期待の眼を向けた。

ほうれ、ほうれ、怒れ怒れ。


「どうもしない、プランテナは生命力があるからな、また生えてくるだろう」

「怒らないのかい?」

「怒って欲しいのか?」

「当たり前だろうっ、この前の借りを、きっちり返さなきゃあ気が済まないよっ」


月はじりじりと殺意の純度を上げていくが、受ける男がむすりとした顔で受け流がす。

受け流された鬼の気が滞留し、他の花が萎れるかと言えばそうでもない。

男がなにか既に術を施し、他に気が広がらぬよう、見えない防御壁ができていた。


月から男までの飛び石の小道に沿って、トンネル状に月の気が、霧のように立ち込めていく。

庭の草は月にとってはけったいな代物だが、男にとっては価値のあるモノらしい。

そう言えばここら辺のは全部、自分の故郷から持ってきて植えたと、男が以前言っていた気がする。


面白くない。

あたしより草木の世話かと、月は思った。

白昼の霧の中で、無言の帰れアピールをする男。

そんなでくの棒に、月は舌打ちをする。


「なにか言ったらどうだい」

「帰ってくれないか」

「そうじゃあなくてさあ」


この男はどっしりと構えているように見えて、意外と往生際が悪いと思った。

無駄にごねて余計な時間を使う。

月はそういうのが、まっぴらだ。

ならばと月は凄みを聞かせる。

あんたがその気にならないってんなら、あたしがその気にさせようじゃないか。


「まあいいさ、あたしはこのまま背を向けて、人里にでも降りようじゃないか。

目に付いた人間どもを、手当たり次第、潰していってやるよ。

あんた鬼のくせして、村のもんと仲良くしてるんだろ?

気に入らないねえ、異界の鬼は性根が腐ってやがんなっ」


「和を持って信となす、俺の国元ではそれが普通だっ」


男の故郷は、異世界にあるらしい。

それがどこまで遠いかしらないが、わざわざそこから来て、自分とこの草花をこっちに植えているそうだ。


男が言うには、こっちに植えると薬効が変化して面白いらしい。

「それのどこが面白いんだ?」と月は思っていた。

治癒力が鬼ほどもある月にとって、そんなもの無用の小判である。

ゆえに男のやる事が分からない。


「女子供を見繕って干物にでもするかねえ、山じゃ腹すかしてる邪魅どもがうじゃうじゃいるんだ」


「むうっ」


男の気が膨れ上がった。

術で狭められた空間の中で充満している月の気に、男の気が入り混じる。


よしきた、乗ってきた。もうひと押し。

月は男気を浴びながら、くるりと背を向ける。

そして麓の人里へ全力疾走だ。

この駄目押しで、完全に男がやる気になった。

月をやりに掛かる。


月は背中に男の息づかいを感じて、またくるりと反転。

足裏で大地をえぐりながら、異界の男へ突っ込んでいく。

男は得体の知れない術を使うので、超接近しての圧倒的な手数がものを言った。

手練手管を、圧倒的物理で吹っ飛ばすのである。


けれど向こうもそれは分かっている。

早速、月の前に見えない障壁が生じた。

だがそれが形作られる前に、鬼の爪で薄紙のごとく切り裂いた。


男の眉間へ、必殺の貫き手を放つ。

しかしまた不可視の障壁。

貫き手は、それを易々と切り裂いて、男の頬をえぐった。

障壁のせいで、少し軌道がそれてしまった。


気にせず月は、次々と貫き手を繰り出す。

それらが障壁を突き破りながら、微妙にそらされて男の肩、脇腹、二の腕を切り裂いていく。

月は舌打ちする。

男は肉を切らせて、月の骨を断つつもりだ。


見えない障壁が一枚二枚と重ねられて、少しずつ分厚くなっていく。

切り裂く感触が、紙から布地へ。

布地から戸板のように、貫きにくくなっていた。


重ねられた不可視の障壁が、分厚くなるほどに、その姿を現し淡く山吹色に輝いていた。

それはまさしく、花弁のような防御魔法陣。


それに月はムカつく。

どこまで行っても男は、花好きのとうへんぼくだ。

花弁の魔法陣がはっきり見える頃には、もう黒鉄のように硬く、貫き手が入らない。


その瞬間、男の反撃が始まった。

魔法陣が牙を剥き、十六枚の花弁が回転して、月の身を切り裂いた。

骨を断たれて、腕や足が皮一枚でぶらぶらと揺れる。

月は男以上に大量の血を流し、その場に崩れ落ちた。


「はあ、はあ、はあっ」


この鬼の娘。

元来の回復力で、外傷がみるみるうちに癒えていく。


手足は巻き戻るように繋がり、すべらかな肌に戻る。

だが流れでた血までは、戻らない様子。

己の流した血の池で大の字になり、青い顔をしていた。


完敗だ。異国の鬼にしてやられた。

しかしなぜか月は、満足気な笑みを浮かべている。

よもや気が触れたか? と言うわけでもない。


月は横たわったまま、己を見つめる男に繋がったばかりの両手を伸ばす。

あの剛椀を誇る月が、腕を持ち上げるのもつらそうだ。

それでも精一杯、男に伸ばして、声にならぬ声を発する。


「ん」


それは「おい貴様、抱っこしろ」と言う仕草だった。

男はその甘えた仕草に抵抗する。

だが無駄なこと。


男は大量の血を流し、月もまたそれに輪をかけて流した。

鬼は血を見ると、己の昂ぶりを抑えられない。

それは異世界の鬼とて、同じことだった。


月の身につけていた着物はずたずたに裂けて、ほぼ半裸だった。

月はむせ返るほどの血の匂いをまとい、男の抱擁を求める。

それは男の理性を狂わせるには、充分な鬼女の色香だった。


男は月の意を汲み、血だまりも気にせず月の側に膝立ちとなる。

壊れ物を扱うように、月をそっと抱き起す。

月は抱き起こされると、男の首に両腕をまわし、首をへし折りにかかった。


「んー」


小さく気合を入れて折りにいく。

だが血を流し過ぎたためか、腕に力がまったく入らない。

何度か試して無駄だと分かると、月は脱力しだらりと腕を降ろす。


男はまだ月を離なさない。

月の口元に男の耳朶があった。

微笑みを絶やさぬ月は、その耳たぶへ息を吹きかけるように囁く。


「あーまけた、まけた。

力を込めても、首ひとつ折れねえや。

けれどこれで、やっとお前さんと睦合える」


その言葉に、男の耳が赤くなる。

首まで赤くなり、男の興奮が手に取るように分かった。

押し付けられる男の胸から、早鐘のような鼓動が伝わってくる。

月の鼓動も男に伝わっているだろう。

こちらは血を失い過ぎて、脈拍が弱くなっているが。


男の腕から、ためらいも伝わってくる。

弱った月の体を、おもんばかっているのだろう。

だがそれは余計な気遣い。

月はもう一度、男の耳朶に息を吹きかける。


「ねえ、早くしておくれよお。あたしの力が戻る前にさア」


ぺろりと耳たぶを舐めてやると、その瞬間、男の二の腕に力がこもる。

強く抱きしめられて肺が押され、月の口から甘い声が漏れた。


「ああ……」

「月」


男が月の名を呼んでくれた。

その声には抑えきれぬ欲情があった。

男は少し身を離して、月の唇を奪う。

激しく唇を奪われながら、月は身をゆだね目を細めた。


そう、これが月の求めていたものだった。

死闘の果てに敗れ、もう力が入らぬところまで追い詰められる。

その結果どんなに愛し合い、我を忘れて男を抱きしめようとも、男の背骨を折る心配がなかった。


――嵐のあとの嵐――


ずたぼろになった包装紙を、丁寧にはぎ取ると、中から白い牛乳石鹸がまろび出る。

男は優しく触れ、揉み込むように洗顔した。

すべらかな良い牛乳石鹸だ。

芳しい香りが立ち、思わず深呼吸不可避だった。

男は至福の時を味わう。


そんな男に、夜空に浮かぶ満月が微笑む。

月の光は柔らかく、潮の満ち引きを操った。

しかし時には操れぬ事もある。


今宵のような、激しい嵐が過ぎ去った後がそうだ。

海は大いにうねり、自らを硬い岩場に幾度も打ちつけるのだ。

派手に白波を立てて打ち砕けるが、それでも海は飽くことなく、岩場に寄せては返した。


そんな荒れた海に、男はびっくり。

石鹸でのんびり洗顔してる場合じゃない。

男は頭から波をかぶり瞠目した。


男も負けじと、水飛沫舞う岩場に立った。

腰をどしりと沈め、古来より伝わるネジりながらの正拳突きを、海原へと繰り出す。

セイヤ! ソイヤ! 感謝を込めての三千突きである。


そんな男に月は応えた。

普段は決して見せぬウラの顔。

月は地球に向けて、常に表側だけしか見せていなかった。


だが今宵ばかりはと、特別にくるりと身を回転させ、あるいはねじり、あるいはのけ反って、全ての面を男に向けた。

太陽に空を明け渡す時刻がきても、なんのその。

昼時も構わず、月は輝き続ける。


そうなるともう、潮の満ち引きなぞ、しっちゃかめっちゃか。

海原は三日三晩荒れ狂い、岩場に立つ男をざぶんざぶんと濡らし続けた。

男も息が止まりそうなほどの波かぶりの中で、感謝の三千回を三日三晩で三セット。

さらにもう三セット行い、糸が切れたように気絶する。


月は少しハメを外し過ぎたかと思い、一人お空で瞬くのであった。

本当はもっと輝いていたいけれど、体内の血が戻ってきたので、強制終了である。


月は、眠り続ける男の乱れた前髪を直し、男の単衣を着て外に出た。

朝日の中、少し伸びをしてみた。

血量は戻ってきたが、まだ本調子ではない。


男の不可思議な術は、伊達ではないのだ。

月は戸口をそっと閉めながら、眠る男に微笑みを残す。


「勝負には負けたけど、床はあたしの勝ち。

またね、おまえさん」


こうして月は、庭になる水色の柿の実をかじりながら、のんびりと深山へ帰っていった。



    *



人の分け入らぬ山の奥。

こんこんと湧き出る岩場の湯に、月は肩まで浸かっていた。


「ふう……しみるねえ」


男との逢引きのあとは、のんびりと湯治にかぎる。

霊験あらたかな湯で酷使した体を癒し、また月替わりに男のねぐらへ押しかける。

これが月の、お気に入り巡回であった。


これをいつまで続けるかと言えば、もちろんあの男の子を身籠るまで。

人里を襲っているとき、あの男に煙が出るほどボロ負けしてから、良人はあやつと決めていた。

鬼の女は、やはり強い男に弱い。惚れてしまう。

あやつの強さを知ったら、他の鬼どもが霞んで見える。


「さて、今回はうまくいったかねえ」


月はゆるりと己の下腹を撫でた。

相手が異界の鬼のためか、なかなか授からんのが玉に瑕だ。

月が「はふう」と溜め息を漏らしていると、イタチほどの大きさの小鬼が、にたにた笑って寄ってくる。


「月の姐さん、どうでしたか色男の味は?

あたしももう一回り大きかったら、ご相伴に与りていってね、へへへへっ」


「あたしの男が気になるかい?」

「げへへへへっ」


月は生温かい目で小鬼を見つめ、優しく頭を撫でてやる。

撫でながら、次の手土産(干物)はこいつにしようと決めた。


「そうさねえ、今度一緒に行こうじゃないか」

「へ、いいんですかい?」

「もちろんさ」




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