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座敷童子

 ──この宿には、座敷童子が出る。


 そんな噂を聞きつけて、私は古びた山間の民宿を訪れた。


 宿の主人は無口な中年男性で、予約時の確認も最小限だったが、部屋に案内する前にぽつりと一言。


「座敷童子は……子供の霊です。子供にも、いろんな性格があることをお忘れなく」


 意味深な注意を受けつつ、案内された部屋は古い和室。畳の色はくすみ、床の間には掛け軸と大小さまざまな人形。ちゃぶ台の上には、レトロなブラウン管テレビがぽつんと置かれていた。


 私は浮き立っていた。

 ──座敷童子に会えたら、幸せになれる。


 その夜、自分で用意してきた可愛らしい人形とお菓子をちゃぶ台に並べ、「どうぞ、召し上がれ」と囁いて布団に入った。



 深夜。廊下を走る小さな足音が聞こえる。

 ぱたぱた、ぱたぱた──まるで子供が遊んでいるような気配。


 やっぱり出るんだ── 

 期待に胸が高鳴った。怖さはなかった。むしろ、ワクワクしていた。


 だが次の瞬間、バキバキッ、と乾いた音が響く。

 床の間の人形が何かに叩きつけられているような、異様な音だ。


 思わず布団の中で身をすくめる。いたずら……? でも、座敷童子ってもっと可愛い存在じゃ……


 電気を点けようかと体を起こしかけた瞬間、胸にずしりと重みが乗った。

 息が詰まるほどの圧迫感。何か、小さなものが乗っている。


 目を見開いた私の顔を、すぐ上から覗き込んでいる顔があった。


 ──子供。


 髪はぬれているみたいにべったりと張り付き、唇の端が不自然に吊り上がっている。

 その顔が、ニヤニヤと私を見下ろしている。


 「……え?」


 首筋に、冷たい手が触れる。

 そして──その手が、ぐっと力を込め始めた。


 首を絞められていると気づいたときには、両腕も何かに押さえつけられていて動かない。腕の方に視線を動かすと、目に飛び込んできたのは、私の右腕にまたがっている別の子供の霊だった。私の腕をぎゅっと押さえ込んでいて、まったく動かせない。


 左腕にも、もう一人──まるで取り囲むように、三人の子供が私の上に乗っていた。


 ぐっ……と、小さな手に力がこもる。喉が締まり、息が入らない。

 私は必死に腕を動かそうとするけど、まるで押し花のように布団に押さえつけられていて、身じろぎひとつできない。


 首の上の子供の顔が、ぐっと近づいた。

 ニヤニヤと笑ったまま、無言でこちらを見ている。


 ──楽しんでる……?


喉を押しつぶされ、目の前が滲んでいく。


 ──ああ、これはまずい。


 意識がふっと遠のいて──そこから先は覚えていない。



 翌朝、目を覚ましたとき、頭が割れそうに痛かった。

 喉もひりひりして、手首にはじんわりと青い痕が浮かんでいた。


 床の間を見て、息を呑む。


 腕のもげた市松人形、首のないテディベア、ガラスの目だけが転がる西洋人形──

 昨夜置いた自分の人形も、顔を踏み潰されたように歪んでいた。


 私は、お菓子もぬいぐるみも何もかも放り出して、最低限の荷物だけを掴んで部屋を飛び出した。


「昨日、部屋で……あれは、本当に……座敷童子なんですか……?」


 フロントにいた宿の主人に問い詰めるように言うと、彼は相変わらず淡々とした口調で、こう答えた。


「ええ、間違いなく座敷童子です。名前の通り、“座敷に出る子供の霊”ですから」


 少し間を置いて、彼はこう付け加えた。


「ただ……人間の子供だってそうでしょう? 人形を撫でる子もいれば、虫の手足をちぎって笑う子も──いるんですよ」

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