竜殺し 09
このお話は全てフィクションです。
主な登場人物と用語
⚫︎立本吉成:本編の主人公。二十八歳。八歳の頃から竜を見て、竜と戦う強い力を持っている。
⚫︎立本武三:吉成の父親で六十歳。吉成と同じく竜と戦うが、止める力が強い。
⚫︎坂月大吾:吉成の又従兄弟にあたる弟分。二十五歳。公安に所属し、公安の立場から竜と戦う。守りが得意。
⚫︎結城士郎:武三の親戚で軍人。肩書きは少将。武三を何かと頼りにしている五十二歳。
▪︎和可津国:本編の舞台となる国。火山が多い土地で竜が多く出る。
▪︎竜:溶岩で体が出来ている化け物。天災と同じで多くの被害を出す。
吉成が大尉の説明を受けて、引き上げ機を抱え込んだのは、それから十分後だ。
百キロの荷物を紐伝いに抱えて、吉成は壁を蹴って上を目指す。淀みない動きで屋上につくと、抱え込んだ引き上げ機を置き、言われた通り押さえの爪を設置してから、引き上げのためのロープを下に降ろした。
暗がりだが目のいい吉成には、下で待つ士郎たちがきちんと見えている。
「案外、時間かかっちゃったな」
独り言だったが、つぶやいた吉成のヘッドホンに、『早い方ですよ』と返事が入る。
下を見ると大尉の方が、双眼鏡でこちらを見て手を上げ、目印にライトを振っていた。
横の志郎に目をやると、手差しで隊の位置を確認し、降りたロープをつかんで上りに入る。
『位置についたら、大吾の電話を待って中に入る。全員準備。ドローンだけは先に配置しろ』
ヘッドホンから入る士郎の声で、上にいる吉成も、玄関前の武三たちと、駐車スペースの大吾たちを見た。
大吾がライトを上げて答えている。同時にドローンが飛ぶのを確認してから、吉成自身もロープを握ると、体に回してから予定の最上階窓の手前で体を固定した。
窓から見える中は廊下のようで、品のある絨毯が敷かれて見えた。
目につく明りは常夜灯のみで薄暗く、見るからに人の気配はなかった。
「親父、聞こえるか?」
吉成が問いかけると、ヘッドホンから武三の声で『なんだ』と返事がある。
「最低限の電流と重みで行こう」
言った通信の向こうから『そうしよう』と返しがあって、下から建物を這い上がるような圧力が掛かり始める。
上から受ける吉成も、柱に沿わせて圧力を押していく。
竜への好意を示す電雷を最低限使い、重みから竜の嫌悪を通して、さらなる重みで圧迫をかけた。
自分の意識が武三の圧と共に、柱を通り切ったのを感じて、今度は自分の意識が侵されないよう、竜への否定を体に通す。
その体から外向きに竜への否定を広げて、圧力に沿わせ、柱に通す重みを増やした。吉成が感じる限り、武三の力も無事に同調していた。
そんな中、引き上げ機で上がってきた士郎たちが、吉成に合流する。
士郎はヘッドホンのマイクを隠し押さえて、「大丈夫か」と吉成の無事を尋ねた。
「この通り無事だよ。便利だね、これ」
吉成は吊ってあるロープを引っ張ってみせる。
「奴の気配は」
「うまく隠れてるな」
「居ないということは」
「あり得るけど、ないって言っとくよ」
「言い切れる根拠を聞こう」
吉成は士郎を見て笑う。
「奴への好意の通しで、俺にも痺れが来た。たぶん居るよ」
「なるほど、始めるぞ。問題ないな」
士郎の呼びかけに、「ああ」と吉成は返した。
士郎はヘッドホンのマイクを持つ手を返して声を出す。
「開始」
士郎の呼びかけで、場に緊張が走る。
吉成は大吾の方を見た。遠巻きではあるが、吉成からも大吾が電話をかけているのが見える。すると、吉成の足元から稲妻らしき走りを感じた。
「下か」
吉成は言って、稲妻の元を圧力の中から確かめに入る。
二、三通りの方向に電雷は巡りながら、やがて方向を定めて一つに走った。吉成の位置から、二つは下の階で、細い稲妻が外へ放たれる。
それを目で見て、吉成は士郎を急かした。
「士郎さん、二つは下だ」
ロープを引っ張り、降りようとした吉成を、士郎は「待て」と止める。
「予定通り、最上階からだ」
「しかし、奴は下だぞ」
「この庁舎の司令塔は最上階だ。そこから押さえなければ、他が危険になる」
士郎の説得に、吉成は下を睨む。
その吉成を置いて、横から大尉が爆薬で窓を外した。中へと侵入すると、腰のライトを構えて他を促す。それに続いて隊員たちが中へと入り、士郎の後に吉成が入った。
吉成は珍しく声を荒げる。
「間違ってるぞ、志郎さん。奴から攻撃しなけりゃあ、奴に準備させることになる」
「作戦中だ。慎め吉成」
士郎は吉成を叱ってライトを構える。大尉を促して廊下内を先行させた。
「指示系統の確保優先だ。吉成、お前は勘違いをしてる。今こちらは隊の活動に、許可が出ていない状態なんだ。他の隊員のためにも、先にこれを解消しなければ法に触れる」
言って先に吉成を促すと、吉成は「進みに防備がまだねえ」と、舌打ちを漏らしてヘッドホンを構えた。
「親父」
『どうした』
「九階だった。そっちからはどうだ」
『こちらは感覚で、ニか所走った。見えたか?』
吉成は、「いや」と言って窓から下を見る。
「見えなかった。まだ下にも居るのか」
『焦るな。奴の尾が、二本はあるということだ。一本ずつ潰していくしかない』
武三の言葉に、吉成は口惜しそうに唸って、確かな範囲の電雷で、竜の嫌悪を増やした。
士郎の顔を見る。
「まず間違いなく、中に居るぞ。今更だが、そっちが丸腰なのまずくないか?」
吉成の言いように、士郎は「仕方ない」と答える。
「軍用具拡散防止法で、我々は庁内で、発砲ができないことになっている。だからサスマタでも、まあ変わらん」
「俺はともかく、皆は素手で戦えるのか?」
「だから竜の対応は、お前と武三さん頼みだよ」
「分かった。始めから、これをやってなかった俺が悪い」
言って吉成は、大尉と士郎の肩を掴んで、加えて稲妻を走らせた。
「全員に俺の竜の拒絶を通しておく。痛いし、熱いが、素手で竜を殴ることもできる」
大尉が「全員同調を?」と聞くので、吉成は「そうなるね」と頷いた。
六人全員に否定を通して、吉成は志郎の後ろを付いて歩いた。
拒絶を通すのに、見渡すため便利だったのと、中の様子を知らなかったからである。
ライトを構えながら進む全員が、一つずつ扉を開けて、部屋の中を確かめた。見る部屋すべて暗く無人なので、大尉の方が首を傾げる。
「鍵がかかっていませんね」
不審を口に出すと、士郎は「退庁してないということになるな」と声を合わせる。
奥の立派な両扉の部屋に行き当たり、士郎は「私が開ける」と、全員の前に出た。
「ここは会議室だ」
言いつつ中を少し開けると、焦げ付く匂いが鼻についた。
思わず士郎も舌打ちを漏らして、開けた扉から暗がりにライトを当てる。中の机をなめるように照らし、その中央に明かりを向けた。
「長官だ」
明かりの当たった中央の人物を見て、志郎は失望のため息を漏らした。
士郎の当てにしていた長官その人が、口を開けて泡を吹き、絶命した様子の死体だったのである。
士郎に続いて大尉が中に入り、明かりをつけようとするが、照明は潰されたのか反応がない。
隊員たちは持っているライトをめぐらして、部屋の中の凄惨さに、皆で息をのんだ。
長官だけではない。
横から前方の、中で椅子に座っている皆が、腹を焼かれて死んでいたのである。
総勢十四名の国防軍上層部の面々であった。
9話目です。よろしくお願いいたします。