竜殺し 05
このお話は全てフィクションです。
主な登場人物と用語
⚫︎立本吉成:本編の主人公。二十八歳。八歳の頃から竜を見て、竜と戦う強い力を持っている。
⚫︎立本武三:吉成の父親で六十歳。吉成と同じく竜と戦うが、止める力が強い。
⚫︎坂月大吾:吉成の又従兄弟にあたる弟分。二十五歳。公安に所属し、公安の立場から竜と戦う。守りが得意。
⚫︎結城士郎:武三の親戚で軍人。肩書きは少将。武三を何かと頼りにしている五十二歳。
▪︎和可津国:本編の舞台となる国。火山が多い土地で竜が多く出る。
▪︎竜:溶岩で体が出来ている化け物。天災と同じで多くの被害を出す。
消火車両を含めると十台余りの出動した国防軍車両は、山間から抜ける国道を、中央都中央の指令本部庁舎目指して進んだ。
暗がりとはいえ、町中や集落に入ってもできるだけ目立たぬよう、据え置きの武器にはシートがかかっている。
本部からの指令があれば、このまま出動せざるを得ないが、おそらくそれは無いだろうと言ったのは士郎の方だ。
核がそのままになっている竜の出現それ自体を、本部で確認してからになるということだった。
「すみませんね。突然のことで」
詫びながらヘルメットを取って、短い髪の頭を撫でた士郎は、武三の車に乗っていた。
運転は変わらず大吾が務め、前の助手席に士郎が座り、その後ろに武三と吉成が座っている。
武三は「それで?」と前の士郎の横顔を眺めた。
「本音のところ、話があるんじゃろ。いったいどうした?」
無茶な入軍を進めた本音とやらを武三は尋ねている。士郎は「それですよ」と苦笑した。
「これです」
言いながら出したのは、士郎の右手だ。
よく見るとわずかに震えていた。
「貧乏ゆすりみたいに、収まらなくて」
「竜化症か」
武三が言ったので、吉成も大吾も目を見開いて志郎を見る。
「そのようです。医者には見せてないんですが、さっきの霊化も俺から出たのかもしれません」
「馬鹿たれ、そんなことは早く言え」
武三はシートベルトを外し、電雷を両手から出すと、右手で士郎の頭をつかんで、足先まで雷を走らせた。
「いってえ」
「自我や思考がまともにあるなら、薬と通電でまだ治る。何をやっとるんじゃお前」
「痛いけど悪くない気分です。医官も信用できなくて」
笑う士郎は大きく息を吐いた。
「このままクソして寝たいですよ。このニ日きつかった」
「いうとる場合か。お前だけで済んどるのか?」
武三の言葉に、士郎は「かなわないな」と苦笑する。
「実をいうと、確かめて無いんです。これ、此処の全員に効かせられます?」
士郎に言われて、武三が吉成を見たので、吉成は窓を開けて、夜道の中に進むライトを前から後ろの端まで見た。
「動きだけ見ると、自立できない動きじゃない。大丈夫じゃねえかな」
言いなから電雷を薄く振って伸ぼす。
吉成に合わせて武三が重さを沿わせた。大吾が横から「だいぶピリピリするな」と運転のままに言う。
「これだと、重度の竜化症がいれば、反応で暴れだすんじゃねえか」
「かえって炙り出せて、いいだろうよ」
「運転中だぞ。まだ山道でカーブも多い。せめて減速できねえか」
そういう大吾に「任せろ」と士郎は言って、窓から小さなライトを出すと光を左右へと下に向けた。
前方から車両の進みが緩やかになる。武三は感心して声を上げた。
「ほう。反応が良いわ。大丈夫そうだな」
士郎は苦笑いだ。
「でしょう。しかし難儀しました。竜化症になると竜の味方になるといいますが、本当に力が竜に効かなくなるんだもの」
「浅ければ否定でどうにかなるもんだが、無理だったか」
「その否定って何をどうやるもんなんです?」
尋ねる士郎に「合わせてみろ」と、武三は士郎の頭を小突いて言った。
「嫌悪や憎しみの負の感情を念じながら、重さも熱も雷も、否定しながらわしと一緒に自分にかけてみろ」
「どういう意味です」
「まずこれは、竜を見たから起こっていることだと、忘れんということだ。だから竜を嫌う竜の否定は、結局力の起こるすべてを否定する意味になる。そもそも見たことで竜の側に立つから、すべて否定するのだ。否定の在処から反作用のようにカを呼ぶ。わしらの場合、生き残るため始めから力の起こりはそれだ」
頷いた士郎は言われた通り、苛立ちを込めた左手に通電を呼んで、右手をつかんだ。
「かなり痛みが増すんですが」
「それでもやれ。さては、だいぶボケとったな」
「このザマでは返す言葉もありませんね」
言った士郎に、武三はつかんでいた士郎の頭を離した。
「この力が痛くてもわしらが生きるのに支障がないのは、竜がマグマの中でで生きている意味に近い。だから見た目に派手なくらい、熱も雷も呼ぶ方が効く」
「やり過ぎると、逆に竜を呼ぶというじゃないですか」
冷や汗を拭って士郎が言うのに、武三は「まあのう」と頷いた。
「だから常に竜への否定がいる。竜への拒絶を休みなしに行えるのが、そもそも竜を見て生き残る条件だ。前にも言うたじゃあないか」
「聞きましたけど、竜への否定とやらには、公共機関は超音波装置を使ってるんで」
「道具に頼りすぎだわい。たまには鍛えておかんとな」
武三が言うのに、吉成が「その装置生きてるのか?」と口を挟んだ。
「どういう意味だ?」
大吾が聞いたのに、吉成は前を覗き込む。士郎は吉成の方を見た。
「一応隊服にも使われてるんだが」
「そこまでよく知らねえけど、出動してきた本部の方だよ。ニ日前からなら出動の前なんだろう」
「確かめてみなければ分からんが、防衛装置が効かないだけで竜化症になるものか」
「頼っているものに憑かれた場合、進行が早いと思う。前から対竜部隊と、その他は連携が悪いと聞いてる」
「お前にまでそう言われては立つ背がないな」
「報道レベルで有名な話だぞ、士郎さん」
吉成は「それに」と続けて加える。
「士郎さんがこれなら、中央のお偉いも、竜化症の奴が居るってことだろう」
大吾が「吉成のわりに鋭い指摘だな」と先に答える。
「俺のわりにというのが余計だ。当たってるんだな、小父貴」
志郎は答える代わりに、胸ポケットから一枚のメモ書きを差し出した。
「”素通りさせろ引き返せ”って何だこりゃ」
吉成がメモを読んだに合わせて、士郎が「あり得んだろう」と笑って言う。
「今回の竜の出現情報から、出動後に来た本部からの指令だ。出動した俺たちに、あろうことか手を出すなと言ってきたんだ」
武三は「ふむ」と顎を撫でた。
「それでお前、どうしたのだ」
士郎は笑う。
「もちろん無視しましたよ。それで今に至ります。申し訳ないんですが、今度も俺に協力してくれませんか。俺の攻撃力をやってください」
「それで顧問か」
「そうです。たぶん麻痺している、中央の機能を戻さなきゃならない」
雷で身体を震わせながら士郎は頭を下げる。
「ご不満もおありでしょうけど、甘えさせてくださいませんか。俺との付き合いに免じてここはひとつ」
武三は「そこまで言うのも水臭いわい」とのんびり返した。
「お前の頼みなら俺は協力する。今まで世話になっとるからな」
「そう言っていただけると心強いですよ」
武三たちが竜を狩った折には、今まで法的に問題にならないよう工面していたのは士郎である。
「しかし、そこでお前ら二人はどうする」
吉成と大吾を見て武三が尋ねた。大吾が「冗談でしょう」と言って笑う。
「ここまで来て仲間外れはないですよ。どうなるのか、しっかり拝見します」
武三は「ほう」と唸って、今度は吉成を見る。吉成は両手を振った。
「どうせやらなきゃ帰れんのだろ。仕方ねえけど、俺は顧問とかやらねえからな」
吉成の本気で嫌がった言い様に、士郎は軽く「そうもいかんよ」と笑った。
5話目です。よろしくお願いいたします。