竜殺し 03
このお話は全てフィクションです。
主な登場人物と用語
⚫︎立本吉成:本編の主人公。二十八歳。八歳の頃から竜を見て、竜と戦う強い力を持っている。
⚫︎立本武三:吉成の父親で六十歳。吉成と同じく竜と戦うが、止める力が強い。
⚫︎坂月大吾:吉成の又従兄弟にあたる弟分。二十五歳。公安に所属し、公安の立場から竜と戦う。守りが得意。
⚫︎結城士郎:武三の親戚で軍人。肩書きは少将。武三を何かと頼りにしている五十二歳。
▪︎和可津国:本編の舞台となる国。火山が多い土地で竜が多く出る。
▪︎竜:溶岩で体が出来ている化け物。天災と同じで多くの被害を出す。
その結城士郎が夕暮れを迎えたのは、吉成が大きいと言った、武三たちから北の方の山手裏である。
山間であるので、夕焼けより薄暗い宵の戸張を眺めながら、林の向こうに見えるちらりとした赤い光の蓋きと、焼ける黒々した煙を出す林である。
志郎は道向こうから、涼やかな目元が特徴の穏やかで柔らかそうなその顔で、着慣れた迷彩服と竜のための装備で冷静に竜を睨んでいた。
共に出ているのは、和可津国国防陸軍第二部隊、五十名ほどの対竜装備の面々である。
指揮官である志郎の肩書は少将だが、現場を任せず共に出て指揮を取るのは、士郎の性分と言うより敵のいやらしさを警戒してのことだ。
ここニ日、この竜の対応に追われて皆も帰宅していない。
竜の見られる範囲の大きさは二百メートルほどで、山なりをうねりながら、国道沿いを移動している。
道沿いを沿って動いているのも奇妙だが、外皮のマグマが硬く、何度やっても狙撃手から核を射抜けない竜だった。
「撃ちますか」
横に並ぶ大佐の言葉に、士郎は思案する。
「移動速度は?」
「今時速五キロほどです」
「急かしてみるか。ドローン用意」
マイク越しの指令に、背後に構える部下が「はい」と言って動く。
「ドローン爆弾準備とともにライフルにて射撃開始。林を挟んでやつの視界に入るな」
言われて大佐の合図で、歩兵部隊の十名ほどが林向こうを打ち放つ。
ちらつく赤みは明らかに動きが速くなった。
「機動車搭載機関砲に切替。ドローンもう一台用意しろ」
士郎の命令通り、機関砲車二台に行く手を譲って、歩兵一団がひとつ下がる。
志郎は用意されたドローンの操縦桿を大佐へと渡した。
「君の範囲はどれくらいだ」
「百メートルほどです」
ここでいう範囲は竜への有効範囲のことである。
「もう一台要るな。追加のドローンは、少尉が操縦するように」
「はい、車で追尾を?」
尋ねに士郎は「そうしよう」と頷いた。
「なお消火班は消火優先。やつの移動に合わせて、炎を広げるな」
消火隊の動きを目で追って、士郎はその場で深く息を吸って吐くと、感覚を林の向こうに揃えた。
身の回りに白い蒸気と稲妻が広がる。
「少将、大佐、乗ってください」
ドローンを持たない尉官が車を回して声をかけた。
その車の後ろに乗り込み、早くなった竜の動きに、士郎ともども部隊が合わせて移動する。
「ひりつきます」
士郎の圧に大佐が笑いながら言ったので、志郎も笑う。
「君もやるんだぞ」
「分かっております。ニ発なら届くでしょう」
「まあ、やってみよう」
静かに地を這わせるように、士郎の電雷が場の地面を覆っていく。大佐はドローンを合わせて上から雷撃を添わせた。林向こうのうねるマグマへ、その雷とドローンを下ろす。
「着火いけます」
「よし、点火」
ーードゴォォォン!!
炸裂音とともに、マグマと樹木の破片が国道まで飛び散った。
志郎は同時に雷撃をマグマを飲むよう、さらに地中へと稲妻を下ろす。
「機動車、核が見えるか?」
志郎の確認に『いいえ』と受信機へ即座答えが返ってくる。
『移動速度、また上がりました』
「機関砲玉切れ注意だ。歩兵団はトラックへ乗車にて追尾。消火隊、遅れるな」
「消火が難ですな」
大佐の言葉に士郎は「仕方ない」と答える。
「国道の破壊だけでも、ろくでもない修繕費だからな」
「もうニ日です。一体どこまで移動するやら」
「ただの移動ならまだいいが、核を広げているとなれば問題だ」
「今見えてるあれに核が入っていないということは」
「あり得る。竜の長さの範囲は、今まで確認されているだけでも、二百キロから三百キロだ。マグマだけでなる平均体積が八百トンほどだが、それを伸ばして別の場所に核を潜ませていることも間々ある。本部に衛星画像の確認を依頼しているが、当の本部から返事がまだない」
志郎は連絡があるはずの携帯電話に目をやる。
しかし本部ではない見覚えのある番号から、ちょうど着信が入った。
それが鳴る前に慌てて出た。
「はい」
『なんじゃ、びっくりした。構えてでもおったのか』
「だって、いいタイミングなんだもの。武三さん、頼みがある」
『なんじゃ急に。お前は、そんなんばっかりじゃな』
「あんたの位置は分かってるからね。今日は竜退治って聞いてたし、これでも遠慮したんだよ」
武三は嫌そうに『ううん』と唸った。
『頼みとはなんじゃい』
「今から上に稲妻を上げる。そこを押さえてくれないか」
『ものは何だ。竜か?』
聞かれて「そうだよ」と士郎は答える。武三は一呼吸おいて『いいぞ、上げろ』と催促をした。
志郎は後部座席の窓から右手を出し、真上へとあらん限りの力を込めて雷を放った。
『見えた。案外近いのう』
見える範囲なら武三が届く範囲である。
言うと同時に、『切るからな』と武三は電話を切った。
それから間も無く、今度はその場に大きな稲妻の塊が降ってきた。
走る稲妻で一帯に圧力がかかり、士郎も思わず前のめりになる。横の大佐が「いってえ」と声を漏らした。
「痛いだけだ。見た目ほど害はない」
士郎の言葉に、大佐は「無茶苦茶ですね」と慣れない弱音を吐く。
顔を上げた士郎は、林の向こうのマグマを見据えた。
「機動車、対象はどうだ」
士郎の問いかけに、『止まりました。止まっています』と、慌てて返事があった。
車両すべてがブレーキを踏む。
「機関砲。囲い込んで撃ち掛け、止めるな」
士郎の声掛けよりも早く、機動車は砲撃を止めていなかったが、林向こうのマグマ溜まりは、進みを止められた反動か、膨らみ弾けて道路に出た。
そのまま不気味に膨らみと収縮を繰り返し、黒い溶岩をどろりと吐き出す。
士郎は「いかん」と後部座席から身を乗り出した。
「竜影だ! 全員下がれ!」
隊は素早く反応したが、マグマで成る竜の力が早かった。
ゴウゴウと黒い影から、隊員に向けてガスが噴射される。
機動車が慌てて距離を取ってガスを避けたが、砲撃の方は止んでしまった。
それと同時に黒い影は、今度は細い脚を何本も出して、もがき始める。
「チィ、動きやがるか」
士郎は自分でライフルを取り、歩兵に撃つよう命令を出しつつ、影と呼んだ竜の分身に照準を定めて撃ち始める。
「ガス注意、マスク装着しろ」
言った士郎の口元にも真っ黒いガスが届く。
口を覆ってさらに撃ったが、横の大佐が前の少尉と一緒にマスク越しですら共にむせ始めた。
それで士郎は自分の稲妻を呼び、マグマと一緒にその分身を撃つ。
「歩兵、車両降りて距離を取り広がれ」
出される士郎の命令に、部下たちが従うと同時であった。
頭上から雷撃が二筋、バチリッと竜とその分身に降り注いだ。
ガスの噴出が一瞬で消え去る。
「来たか」
言った士郎が、国道の南側を見ると、一台のミニバン車がこちらへと走っている。
そのまま後部座席が開いて、士郎も見知った吉成が、鬼気迫る様子で車の中から飛び出した。
「撃ち方止め!」
士郎の檄に止む銃弾の中を、吉成が縫うように走りこんでくる。
その顔は笑っていた。
「どちらでも構わんぜ、小父貴」
聞こえずとも構わず言って、吉成は髪を逆立てながら両の腕に電雷をまとう。
黒色の竜の分身の方に、とびかかって足をつかみ、力の限りその塊を割いた。
場にどよめきが漏れる。
「核は虫か」
吉成は頷いて、ダマになった中核を燃やした。
ズサリと音を立てて影が倒れたのを見ると、それから向き直ってマグマ溜まりの竜を見る。
マグマは呼吸するように、また膨らみ始めていた。
「ちぇ、捨てるんじゃなかったな」
惜しんだのは先刻山谷へ投げた木の枝のことである。
棒を使った構えが取れないので、吉成は右腕に目も眩むまぶしさの雷をまとって、膨らむマグマヘその腕を突っ込んだ。
ふくらみの中にあった影の分身を引きずり出し、またガスごと雷で焼く。
もう片方の腕も突っ込み、辺りにカー杯の稲妻を包むよう走らせた。
「火口が遠い!」
そう叫ぶと吉成は士郎の方を見る。
「これに、核はない! このまま投げる!」
士郎はうなずいて「全員退避!」と指令を飛ばす。隊は全員後方に下がった。
それを待った吉成は、笑ったままの嫌な顔で、「せえの!!」と叫んで、二百メートルはある巨体を投げ打つ。
ーージュウウウドシィン!!!
山間の林と道を焼くのと一緒に、二百メートルが熱を失いながら転がりまわる。
士郎ともども国防軍の皆々は、その溶岩を下がりながら避けた。
マグマが固まると同時、場の一帯に悲鳴が聞こえた。
3話目です。よろしくお願いします。