竜殺し 02
このお話は全てフィクションです。
主な登場人物と用語
⚫︎立本吉成:本編の主人公。二十八歳。八歳の頃から竜を見て、竜と戦う強い力を持っている。
⚫︎立本武三:吉成の父親で六十歳。吉成と同じく竜と戦うが、止める力が強い。
⚫︎坂月大吾:吉成の又従兄弟にあたる弟分。二十五歳。公安に所属し、公安の立場から竜と戦う。守りが得意。
⚫︎結城士郎:武三の親戚で軍人。肩書きは少将。武三を何かと頼りにしている五十二歳。
▪︎和可津国:本編の舞台となる国。火山が多い土地で竜が多く出る。
▪︎竜:溶岩で体が出来ている化け物。天災と同じで多くの被害を出す。
吉成と武三が山を下りて駐車場へ着くと、日が傾きかけていた。
山の日暮れは早いが、しかしてまだ昼の明るみが残っている。
その間にできる連絡をやってしまおうと、武三が自分のミニバン車の窓を軽く叩くと、これまた体格の良い朗らかな顔の若い男が「早かったな親父」と、サラリーマンらしいスーツの上着を着直して、親しげに笑った。
「おうよ。何もなかったか、大吾」
「言われた通り車を守ってたが、静かなもんだったぜ」
「なんだ、つくづく外れだな」
ぼやく吉成に、大吾と呼ばれた坂月大吾は「何かあった方がええみたいに言うな」と眉をしかめる。
吉成はまだ持っていた木の棒を回して肩に担ぎ、開けてもらったドアから飲み物を取った。
「ひとまずはご苦労さん。お前も飲めよ」
言って吉成から差し出されるサイダーに、「まるで子供の駄賃だな」と大吾も笑う。
三人とも親戚筋で付き合いも古く、特に大吾は両親を早くに亡くした手前、武三を親のようにも慕って、吉成にも懐いていた。
吉成にとっても3つ下の大吾は、彼の弟分である。
次に取り出したコーラをラッパ飲みして、吉成は駐車場から降りてきた山を眺めた。
「当たりの時は、車や帰り路まで襲われるのは定石だ。霊化も影もなかったか」
「なかったな。外れと言うことは、今日のこれはまだ続くのか?」
霊も影も、竜から出でる霊害の意味である。
有毒なガスや電雷をともなって形をとり、周辺を襲って、死ぬものを増やした。大吾は時計を見ながら「定時では帰れんな」とつぶやく。
「定時上がりを気にするとは、つくづく公務員だねえ、お前」
「茶化すなよ。案外竜の対応とやらも、手続きが面倒なんだぞ」
「公安なんて、やる事全部決まってんじゃないの」
「お前こそ売れない物書きのくせして、もっと世間に尽くしたらどうだ?」
そこで武三が「その辺にしておけ」と、止めにかかる。
吉成ともども後部座席に乗りながら、武三は手書きの書類を引っ張り大吾に渡した。
「報告書だ。上とやらに回しておいてくれ」
ここで武三が言う上は、公安や警察はおろか、機動隊を兼ねる国防軍のことも含めている。
大吾は書類に書かれた一言をしげしげと読んだ。
「……マグマ溜まりの小蛇を潰しましたって、あんた本気? こんな報告で、上が目を通すと思うのかよ」
吉成は手を叩いて笑った。
「なかなか傑作だ、親父。結城の小父が、また怒って小言を言いに来るぞ」
「さて、それよ。結城の士郎だけは、目を通さざるを得んだろうからそれでいい」
さてもばかばかしい報告を真顔で出そう武三に、吉成は笑うのをやめて、邪魔になった木の棒を山谷へ投げ捨てる。
結城士郎とは、武三と又従兄弟か再従兄弟にあたる親戚で、国防軍勤めの軍属である。
歳の頃は武三より八つ下だが、二人の付き合いは学生の時からと吉成も聞いている。人当たりもよく、穏やかで、自分にとっても本当の叔父のような人物だ。
「本気なのかね。俺らを軍に入れようなんて」
言う吉成は、ここに戻る前に聞いた話を自分から振った。
「うまくいかんと思うんじゃろう」
「親父だって、本音はそう思うだろう」
「思うが、それでもやらねばならん時があるのも、分かるつもりだ」
「結城の小父が言い出したのか?」
「そうなる。お前は気に入らんか」
吉成は返事せず、横の鞄を探ってオニギリの包みを開けた。
「大吾、お前もだぞ」
「勝手に決めるな。もともと俺は、上司に力のことは報告してある」
大吾の力に吉成ほどの鋭さはないが、守りの方がかなり長たけている。
「おい、飯なら俺にもよこせって。腹が減った」
ほらよ、と吉成が袋のまま運転席の大吾に差し出すと、横から武三もそれを取った。
「わしらを入れようなんぞ、現場が伸び悩んでいる証拠だがな」
「入れて伸びるほど、まともに俺たちに取り合うと俺は思えん」
言って捨てる吉成の顔を武三は見やる。
「それでもやってくれと言うのだ。ここだけの話、あやつめワシに頭を下げおった」
そうまで頼られると断れないのは、武三の悪い癖だ。
「見込みのある者だけでも、見て欲しいということだ」
「見込みってなんだよ。他人からは測れんだろ」
「若い者で力が現れているものは、伸びしろはあるにはある」
大吾はひたりと後ろを向く。
「それ言ったら結城のは、子がそうでしょう。入れる気でしょうか」
「だろうな。言い出したら聞かんもの、あやつ」
自分もオニギリを頬張って、武三は窓の外に始まった夕焼けを眺める。
空が溶岩のような明るい朱色を帯びていくのが見えた。
「おそらく揉めるのう」
「やっぱりそう思ってんじゃねえか」
食べ終わった包みを丸めて、吉成が「面倒ごとを受けやがって」と続けて悪態をつく。
大吾は前で首を傾げた。
「お前、結城の小父は嫌いじゃなかろう。それでも嫌か」
「好き嫌いの問題じゃねえ」
「そうとも。好き嫌いの問題じゃあ、ないわい」
頷いて武三も包みを丸めて捨てた。
「わしらのような外注をはっきり見ようは、今まで何となくで、やり過ごしていたものまではっきりしようと言うことだ。お前らも立場上、わしが受ければ、どこまでかは受けざるを得ん」
「軍属の悪いところなんざ、知りたくもないがね」
吉成は嫌そうに手を振った。扱いに困るに決まっているからだ。
「そうとも。見たくないものも見るかもしれん。しかし見た以上は何かせねばならんものだ。竜と同じよ、そういう難しいやり取りになるだろう。たぶん逃げられんわい。結城のはわしらを巻き込んで、そのつもりだ。腹は括っておけ」
真面目ぶった堅い声で武三が言うので、吉成も大吾もその場は頷くで済ませた。
昨日に引き続き投稿です。よろしくお願いいたします。