閑話1:メイドのエミリ(1)
こんにちは。メイドと護衛を兼務しておりますエミリです。
「メイドと護衛?」と思われるかもしれませんが、いつも傍らに控えるので兼務の方が都合がよいのです。基本は主様のお世話をするメイドですが、主に有事があった際は体を張って主様を守る所存です。まぁ建前ですが、お給金分は働きます。
さて、私の主様はタバタ男爵様です。異国人だとブルーノ様から紹介されましたが、見た目が王国人と違うだけで言葉は同じです。と、最初は思っておりましたが生活習慣と言いますか、文化も違うようです。
まず、私の仕事は主様のお世話です。着替え、執務、給仕、掃除、そして護衛となりますが、主様はお世話をされる事に慣れていないようで、何でもご自身でなさろうとします。何度か『私の仕事ですので、お世話させてください』とお願いしているのですが、中々難しいようで、少し目を離すとご自身でやろうとします。それでも最近は自粛されていらっしゃるようで、私の事を待っていてくれます。お優しい方です。
しかし、お風呂場で『お背中お流しします』と言って入ったのにあんなに嫌がられるとは思いませんでした。お背中ぐらい良いと思うのですけどね。やはり慣れですかね、それとも私が・・・ですかね。
私の1日は主様とともにあります。1日の行動はこんな感じになります。
朝、着替えのお世話をしつつ、ブルーノ様から伺っている本日のご予定を確認の意味で主様にお話しします。そして食堂に移動しての食事になります。主様の給仕は執事のフランツ様かメイド長のメアリー様にお願いして、私は厨房に入り自分の朝食を素早くとります。そして食堂に移動して主様の食事を眺めつつ、静かに控えます。
朝食の後は、その日の天気にもよりますが、何もなければお庭を散歩されます。管理を依頼している庭師の方が丹精を込めて世話をしている草木は、時期折々に綺麗な花を咲かせ目を楽しませてくれます。時期的に早いですが、実の成る木もあったはずです。
散歩の後は執務室に向かいます。主様は領地を持っていませんので執務室ではもっぱらお勉強と言いますか、読書をされます。王国の歴史や経済などの本を読んでらっしゃるようです。本は王宮所蔵のものを借用しています。本は高価なので高位貴族であってもそれ程多くは持っていません。主様は男爵なので購入するには少し無理があります。私は主様の読書中は扉脇に控えるか、別の仕事をしています。呼び鈴がありますので、主様からの用事には3人の内の誰かが対応可能です。
昼食は屋敷にいる場合は、朝と同じように素早く食事をとります。外出時は主様とは別の席ですが、主様の見える位置で簡単なものを食べます。給仕は店の者に任せます。
午後も午前と大体同じです。時間をみてお茶をお出しします。お茶は基本的に紅茶ですが、購入できた時には『リョクチャ』と言われる緑色のお茶もお出しします。それと『コーヒー』と言われる黒色のお茶もあります。この2品はアリオン領という西側の領で栽培されているのですが、王都への入荷数が少ないので時々しか購入できません。以前の異国人が作ったという噂もありますが詳細は分かりません。主様は紅茶より、この2品を好みますが購入できない時は我慢して頂いております。
本日は異国から来訪されたという主様の『気持ちも落ち着いただろう』とブルーノ様が仰るので王都の散策となりました。私も御供として同行いたします。屋敷から市場まではそれ程遠くはありませんが、貴族位の方々は馬車を使用します。しかし、今回は主様に王都を知っていただく為に徒歩となりました。主様が買い物をすることを考慮して、私はカートと言われる台車を引いていきます。木の板に車輪が付いていて手で引いて歩けるようになっています。買い物にとても便利です。
東区の市場へと向かっておりますが、主様は石塀や石畳を真剣に眺めております。時折、ブルーノ様と歩みを止めてお話をしておりますが、市場へ行くのではないのでしょうか。市場はそれ程遠くはありませんが、のんびりしていると日が暮れてしまいます。
市場へ到着しました。ブルーノ様はどこから回るのでしょうか。野菜、果物方面からですか。分かりました。
主様は店主と気さくに話しておられます。一般的に貴族位の方は平民とはあまり話しません。間に執事やメイドが入り平民との話を繋げます。面倒な貴族の仕来りです。今回の場合、間に入るのはブルーノ様か私ですね。
主様は色々な知識をお持ちのようで、店主と野菜や食べ方などの話で盛り上がっています。屋敷でも料理人と話しているのでそれ程驚きではありません。ブルーノ様がお金を支払い、購入した野菜は私がカートに積み込んでいきます。大きな物や大量の物の場合は屋敷に配達していただきますが、数個なら私が運びます。それにしても色々と購入されますね。
昼食はブルーノ様おすすめの街の食堂に行くようです。このお店は貴族位の方は敬遠しがちですが美味しい料理が出てくる評判の良い食事処です。普段は主様の見える別席で食事を採りますが、本日は主様とブルーノ様と同席です。ちょっと嬉しい。いや、すごく嬉しいです。
食事メニューはシチュー、ソーセージ、パンとエールです。さすがに私はエールは控え、果実水にします。服装はメイドですが、護衛もしておりますので酔ってはいられませんからね。主様は『美味い』と仰り、嬉しそうに食べておられます。お口に合って良かったです。
ブルーノ様が会計に立ちました。そして主様も立ち上がり給仕に話しかけています。何を話したのでしょうか。奥の厨房から料理人が主様の前に出てきました。
「とても美味しかったよ。シチューだけどね・・・ワインを少しとローリエを入れると味に深みが・・・」
主様は料理人と小声で話していて私が聞き取れたのはここまでです。そして主様は料理人とガッシリと握手し笑顔で別れました。話が合ったようです。
昼食の後も市場を巡ります。コメは重そうなので屋敷に配達していただくようにしました。豆や漬物はカートに積みます。主様は市場の店主と楽しそうに話しています。あまりに無防備なので私は主様の周囲に殺気を飛ばして警戒を強めます。まぁこれだけの殺気なので不埒な輩は近づかないでしょう。たぶん。
市場からお屋敷に戻り、主様とブルーノ様が屋敷に入ったのを確認して、私は裏口から厨房へと向かいます。厨房のテーブルに購入した品々を並べていきます。もう少しすると主様がお出でになるからです。
「随分と色々あるな・・・」
屋敷専属の料理人モリグさんがテーブルの品をみて驚いています。
「主様は色々詳しくてね、店主と楽しそうに話していたわ。この後、ここに来ると思うわよ」
「そうだな。どんな物が食いたいのかだな・・・」
主様が厨房に来られモリグさんと話をしています。今日購入した漬物を小さく切って試食しましたが、とても良いお味です。この漬物は今までも売っていたのでしょうけど気づきませんでした。そして主様は豆料理が食べたいということをモリグさんにリクエストしていました。