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技術者たちの楽園

作者: 池田平太郎

第一章 後輩 小森剛志


「やめとけ!」

開口一番、それがデスクの答えだった。

「いいか、外国人でもないのに戸籍がない人間がいるってことが、どういうことかわかるか?そんな怪しげなもんに首突っ込んでも、ろくなことはない!」

「でも・・・」

「とにかく、だめだ!」


関川リカは入社5年目の二十八歳。

元々、新聞記者を志望し、その念願通り、その職を大手の新聞社に得ていたが、現実は必ずしも彼女が志した通りではなかった。社会の巨悪を暴き、虐げられる弱者に光を当てたい。そんなリカの想いをよそに、配属されたのは地味な社会部であった。

それだけに、リカはこのネタに飛びついた。いや、賭けていたといってもいいのかもしれない。


話は前夜にさかのぼる。

第八章 新聞記者 関川リカ


「よすんだ!警察が手を引いた今、我々の手に負える問題じゃない!」

「大野さんは、ここに居て下さい。私一人で追ってみます」

「バカなことを言うんじゃない!」

「大丈夫です。危ないと思ったら、それ以上は深入りしませんから」

「バカ!そんな柔な相手じゃないってことは、おまえも十分に知ってるはずだろうが!」

「でも・・・、それでも、そこへ行くのが新聞記者じゃないんですか!?誰もが危険だからって尻込みしてたら、どこにでもある記事しか書けないじゃないですか!私、このまま、一生、今のままで終わるのはイヤなんです!」

「・・・」

このリカの一言に、大野は黙り込んだ。


「よしわかった。そんなに言うのなら、俺も一緒に行こう。ただし!ここから先は絶対に俺の指示に従うこと。いいな!」

リカは黙って頷いた。

自分でも少し震えていたように思えたのは気のせいだっただろうか・・・。


場所は、草瓜社の入ったマンションのエントランス前だった。

二人は、この日、草瓜社の入っていた部屋に改装業者が入るという連絡を家主から受けていたのである。家主には、以前、伊藤が亡くなった段階で話を聞きに伺ったことがあり、その際、退居になるようだったら、是非、一度、室内を見せて欲しいと申し入れていた。

家主は、いくら名義が法人だったからと言って、賃借人が水死体で発見されたということには、あまり、いい顔をしてはいなかったものの、何も室内で死んだわけではなく、何より、亡くなる直前に、伊藤はすでに解約通知を入れていたそうで、言うならば、解約された後で、別の場所で死亡したわけであり、それに賃料の精算も、亡くなる前日に、家賃の三ヶ月分の振込があっていたとのことだった。

ちなみに、家賃の三ヶ月分というのは契約書の中に「解約予告は三ヶ月前にすること」という特約があったことに基づくものだったという。

入居したのは、すでに三十年以上も前のことであり、家主は、「預かっていた敷金では補修費が追いつかないところであった」とこぼしていたものの、それほど険しい顔ではなかった。

二人は、鍵を預かろうとしたが、家主からは、「すでに、業者が入っているから、鍵は開いている」と言われ、そのまま、マンションのエントランスへ向かった。

その時、突然、速見が姿を現したのである。

速見は、ふらりとエントランスから出てきた。その顔に、いつものように笑顔を浮かべて・・・。

あるいは、一足先に、草瓜社のその後を覗いてきたのかもしれないが、危うく、もう少しで鉢合わせになるところだった。

二人は、どちらからともなく、反射的に植え込みの影に姿を隠し、顔を見合わせて同時に頷き合った。

一瞬、「罠!」という言葉が二人の頭をよぎった。

だが、二人は、「虎穴に入らずんば虎児を得ず」を選択したのである。


速見は、電車をいくつか乗り継いで、都心からはかなり距離がある駅で下りた。ここは、古くからの流通団地の最寄り駅であった。

途中、乗り換えた駅では人混みの為に、危うく、何度も速見を見失いそうになったが、ここでは、その心配はなかった。

この辺も、以前は、それなりに栄えた流通団地だったのだろうが、折からの不況と氾濫する中国製品に押され、今では空き地も目立つようになっていた。

それに、第一、工場や倉庫というものは、操業時間中は、あまり、外に人は居ないものである。

速見は、後ろを振り返ろうともせず、スタスタと歩いていくと、一旦、国道に出て、信号を渡った後、右折した。

その仕種は普通に道の左右を見て、車が来ていないことを確認し、小走りに渡る、どうみても、ごく普通の道の横切り方であった。

幸いにして、右角はネットフェンスが貼ってある施設だったことから、二人が速見のシルエットを見失うことはなかった。


「おかしい」

「え?どうしたんですか?」

「罠だ」

「まさか・・・。絶対に気づいてませんよ。だって、乗り換えの駅では私たちが何度も見失いそうになったんですよ。私たちが見失いそうだったものを、彼が気づくわけがないじゃないですか」

「いや、おそらく罠だ・・・」

「いいから、とりあえず、もう少し行きましょう」

「・・・・まあいい。よし、念のためだ。こんな人通りの少ないところを、男と女が一緒に連れだって歩いているとそれでなくとも目だってまずい。二人でバラバラに歩こう。俺が先に行く。おまえは少し遅れて道の向こう側を来い」

「・・・わかりました」

二人がそう話した刹那、速見は道路をコトンと左折した。

その先には、建物が建っていた為、角は見通しが悪く、さらに道もそれほど広くはないようである。

そのまま、いきなりそこを曲がってしまっては、そこで速見が待ち伏せしていた場合、鉢合わせになってしまう可能性があった。

リカがいる道の向こう側からだと、速見が右折した道を横目ででも見通すことができるし、そこに速見が居た場合、襲撃を回避出来るばかりか、素知らぬ顔をして、通り過ぎることも出来るのである。


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