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ルサンチマン  作者: 睡魔
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ルサンチマン

ルサンチマン 弱者が敵わない強者に対して内面に抱く、「憤り・怨恨・憎悪・非難・嫉妬」といった感情。そこから、弱い自分は「善」であり、強者は「悪」だという「価値の転倒」のこと

ふざけんな

誰に向けた言葉か分からないが、これが一番自分の心情を表すのに近い言葉だと思う。 

 今日も学校に行かなきゃいけない、行ったらどうせまた辛い思いをする。でも行かなければいけない。そうじゃなきゃ自分に言い訳できなくなる。だから辛い思いをして行ってる、というだけのような気がする。

怠い体を無理やりベッドから起こす。台所に置いてあるパンを適当に電子レンジであっためて食べる。親はまだ起きていない。普通は両親が朝ごはんとか用意してくれるものなのだろうか。朝から炊き立てのご飯とみそ汁とおかずが用意され、すでに家族が座って、お父さんは新聞を開きながらコーヒーを飲んでいるような、そんな食卓が広がっているものなのだろうか、とか思ったりもしたが、今の自分にある唯一の誰のことも考えなくていい時間なのに、わざわざ人といる時間を考えなくてもいいかと考え直した。

「行ってきます」

ドアを開けると空は若干曇っていた。一度肺に大きく息を吸い込み、秋になってひんやりした空気が体中に行き渡る。少し鼻先が痛くなり顔をゆがめた。

いつもより家を出るのが遅くなってしまったので、いつもより速く自転車を飛ばし、閉まりかけの電車に駆け込んだ。こうすると毎回アナウンスで駆け込み乗車をやめるよう運転手らしき人からアナウンスがされるが、別に運転手自身は電車が遅れたところで直接的な損を被るわけではないだろと若干の怒りを覚える。

 電車ではいつもスマホで動画を見たり、掲示板的なものを見たりする。今世間で何が流行っているとか、そんなことはどうでもよくって、他に時間潰せるような物もないのでそうしているという面が大きい。そうしていると、いつも通りの時間に電車は学校の最寄りについた。なんだ、そもそも遅れないんじゃないか、怒るのはストレス発散か?なんてことを考えて歩き、学校まで着いた。やはり少し肌寒く、歩幅が少し狭くなる。靴を上履きに履き替え、教室まで向かう。

「「「「「おはよう」」」」」

「おはよう」

教室のドアをくぐるこの瞬間の緊張感は、中学生になっても変わらない。だが別に挨拶する人もいないわけではない。一般でいう友達という人もいる。今日の時間割を確認すると一時間目は国語、二時間目は英語、三時間目は数学、四時間目は体育、そして昼食を挟んで午後の授業だった。

とりあえず一時間目は大丈夫そうだなと思いながらバッグから筆記用具とノートを出した。その時、近づいてくる人影があった。

「おいお前!元気ねえぞ」

その声の主は友達、いやよく話す人だった。そいつは俺に喋りかけながら俺の肩に手を乗せてきた。それを脊髄反射ともいえるくらいのスピードで払ってしまった。そうするとあいつは

「なんか機嫌悪いか?」

なんて言ってきた。お前のそういう態度が原因で元気もないし機嫌も悪くなるんだよ。というか、こっちが直接的に嫌いって言わなくて済むようにこうやって露骨に不機嫌感でしてるんだからいい加減気づけよ。だからお前は…という所まで行ったところでそんなことを考えていても無駄だと気付きすぐに

「そんなことねえよ!」

とあふれる嫌悪感を押し殺し笑顔を作って言った。そうして自分の席に着くと隣にはすでに人が座っていた。その人は頭が良く、気遣いも冗談も出来、かつ顔もいい、みんなの理想の人だった。自分もその人の人柄に惹かれていて仲良くしたいと思っている。

「今日体育あんじゃん最悪」

自分から話しかけるなんて慣れないことをしたせいで心臓が少し高鳴っている。

「え、ラッキーだろ。しかも今日ドッヂボールだし」

「マジ?知らなかったんだけど」

「今朝の朝の会で連絡する予定だったんだよ。それまで内緒なはずだったのに、ミスったー」

「分かった分かった。言わないって」

無事に会話が出来たという安心感で胸がいっぱいになった。別に異性じゃないのにここまで緊張しなくてもいいんじゃないかと思うのだが。

一時間目の国語は退屈だった。先生は当たり前のことを回りくどく言うだけだし、隣の人は後ろや前のもっと仲が良い人と話すので、自分は誰とも話すことなく一時間目を終わった。

二時間目の英語、ここが一番地獄だった。

「じゃあ今日は発表するからグループを作ってください」

こういった状況が一番困る。いつも話すくらいの人はもっと仲がいい「親友」がいてその人と組むのだ。自分にはそんな人がいない。近寄ってくるのは、

「お前どうせ相手になるような人いないだろ?やるぞ」

朝真っ先に近づいてきたやつだ。こいつは自分の都合を押し付けてくる、自分の嫌いなタイプだ。自分に近づいてくるのはそんな人ばっかりだ。自分は対して仲良くしたくもないのに、性格が悪く、暴力も振るうでみんなからたらいまわしにされている。その関係がはっきりした事件がある。つい一か月ほど前、体育の時間だった。サッカーをやっていた時、彼は繋げたはずのパスを繋げなかったというよくあるミスをした。そしてそれに「なにしてんだよ」といったまたよくある野次が飛んだ。だが、どう受け止めたのかよくわからないが、その野次を飛ばした一部の人物に暴力を振るってしまった。幸い大きなケガなどは無かったが、彼と周りの人々の溝を作る結果になってしまった。そんな人なのだが自分は適当にあしらうということも出来ない性なので好きでもないのに他の人より優しくして、そうしたらそいつは好かれていると勘違いして、周りの人もめんどくさい奴を引き受けてくれる奴が出来たと思ってそのままにしている。自分も彼から暴力を受けたこともあるが、それ以降も忘れたかのように話してこようとするため気持ちのギャップで疲れてしまう所がある。他にも同じような人と過ごしている内にいつしか、本当に仲良くしたい人との時間が無くなって、距離も離れてしまった。

今、学校での自分に求められているのは「みんなの嫌な奴の引き受け役」であり、自分の色を出すのはみんなから迷惑だと思われる。そしてそれをやっている間だけみんなから感謝される。しかも都合の悪いことに、この学校で頭のいい方でもないのだ。ここは県内ではトップクラスの中高一貫校で、私はそこを受験し、幸か不幸か受かってしまった。なのでテストの成績もいつも平均を超えるか下回るかという所をうろうろしている。また勉強にも時間を取られるためこれといった趣味もない。勉強が得意なら、学校という学力が一種のパワーとなる世界でなら最下層にはならずに済んだだろう。趣味があったなら、それのコミュニティに入り、仲間も出来ただろう。自分にはそのどれも無かった。キラキラした青春も、何か好きなものを追いかける時間も、何もないのだ。

ふざけんな

果たしてこれは、自分が孤立する原因になったあいつに対するものだろうか。それともその状況を作った周囲のやつら?それともそれを受け入れてる自分?もうよく分からない。なんでこんなことになったんだよ。自分だって本当は…

「おい!やーるーぞ」

しばらくぼうっとしていたらしい。ああ、またこんなこと考えていたのか。

「おし、やろう!」

私は笑顔でまた向き直り、そう言った。

三時間目の数学も身が入らなかった。さっき考えていたことの続きがまた頭に浮かび、また消えてを繰り返していた。もしかしたら自分はこのまま深い仲の人が出来ずに学生、いやもしかしたら一生までも終わってしまうのではないか。そんなことをぐるぐる考えて一時間潰してしまった。

四時間目の体育は少し楽しみだった。ドッヂボールは親友がいなくても、運動神経が悪くても楽しめる競技だからだ。近くに隣の席の人がいた。「頑張ろう!」って話しかけようと思い近づいて行った。その時だった。

「しゃー頑張るぞ!ぼーっとしてんなよ!」

と言われながら肩を押された。またあいつだ。なんでお前はいつもそうやって、、、

「お、おう。そうだな、頑張る」

急なことだったので笑顔をしっかり作ることが出来なかった。

「お前、やっぱり朝から機嫌悪いか?」

お前は本当に人の気持ちがわかんないのかよ、そもそも殴った相手がなんで仲いいままだと勘違い出来るんだよ。

「そんなことないよ、頑張ろ」

この言葉の時は笑顔で言えただろうか。

そして私はミスを連発してしまった。パスのミスから投げのミス、ぼうっとしてて当たってしまうなど、私が考えられるほとんどのミスをしてしまった。

「おい何やってんだよ」

そう隣の席の彼はおどけながら言ってきた。彼のこの言葉にどれくらいの本音が乗っているんだろう。もうミスをしないようにしなきゃ。そう思いながらまたミスをする。

「キャッチするときは体低くするといいよ」

そんな風に助言してくれた。うれしかった。自分のことを少しでも見てくれていたということがたまらなくうれしかった。それと共に、ああ、助言したいほど下手で、迷惑をかけてしまっているんだなということを自覚した。きっとあの人はもう自分に期待、少なくとも運動という面では期待してくれないだろうなと思った。

四時間目が終わり、昼食の時間になった。うちは中学校ではあるが公立ではないため給食がない。なのでみんな弁当を持ってきて、校内の好きな場所で食べるのだった。今日こそあの人を誘おう。そう思って教室に入るとすでに自分の席の周りは、ちょうど自分の席の隣、あの人を中心にして席が埋まっていた。今日も駄目だったかと内心がっかりしながら席へ向かう。

「でさ、昨日放課後カラオケ行ったじゃん?その時こいつがさあ」

「今度の休みどっか遊び行かん?遊園地とか」

そんな楽しそうな会話を聞きながら、人の間をかき分け机の中からお弁当を引っ張り出して何とか抜け出た。

せっかく一人なんだし屋上にでも行こうかな?あそこって開いてるんだっけ?とかんがえていた。

「おいお前!どうせ一緒に食うやついないんだろ?一緒に食ってやるよ」

またあいつだよ。どっちのセリフだよ。お前と飯食うより一人で食った方が何倍もましだ。そう思ったが、また不機嫌感を出して「機嫌悪い?」と、その原因が自分であると自覚しない心配をされる方が腹立つことになるなと思ったので

「いいよ!どこで食べよう?」

と明るく返事をした。

食事中も決して楽しくはなかった。ずっと他人の悪口を、しかも悪口の相手に聞こえるような大声で言っている。あいつは俺の努力を見てないだの、あの先生は馬鹿だの、女子は頭が悪いだの性格が悪いだの、ずっとそんなことを言っている。私までそんなことを言うやつだと思われたくなかったので、ああ、とかそうかなとか適当な相槌を打っていた。誰の悪口だったのかとか、詳細な事はほぼ覚えていない。ただただ不快だった。正直彼の話より、周りに「あいつの悪口を聞いている自分」がどのように見えているのか、一緒に悪口で盛り上がっている奴か、付き合わされているかわいそうな奴か、人の話を聞いてない冷たい奴なのか、そっちの方が私にとっては大きな問題だったのだ。

果たしていつまでこんなことを繰り返すのだろう。こんな、楽しくもない、行くたびに悩みが増える、もううんざりだ。それでも時々ある、好きな人、好きに思われたい人に会いたい、話したいという少ない幸に取り憑かれ、抜け殻のまま行っている。好きな人に話しかけることが出来ずに傷つき、その傷を好きな人に癒されるために学校に行き、嫌いな奴に虫食いにされる。何のために学校に行くのか、全然分からなくなってしまった。

午後の授業はぼんやりしながら過ごした。そうしてればあいつに話しかけられないで済む。その代わり好きな人に話しかけられることも無くなるのだが、それでもいいと思えるほど、もう限界だった。

授業が終わると逃げるように帰った。そこにいたくなかった。あそこにいると、自分で自分の意思を持てなくなる。誰に話しかけるかも、何について話すかも、どんな行動をするのかも、自分じゃ決められない。他人に求められることをして、悪目立ちしないように生きる。明るいカースト上位になって周りを動かすことも、性格をとことん終わらせて自由気ままに過ごすこともままならない。これじゃあまるで

弱者じゃないか

そう、電車に揺られ、薄くなっていく意識の中で考えた。

翌日、いつものように電車に乗り、いつものようにスマホを見ていた。すると突然、メッセージアプリ『Talks』から一件の通知が来た。メッセージが届くなんていつぶりだろうかと正直にいうと、少し胸を躍らせながら通知をタップした。知らないアカウントからだった。メッセージの内容は一件のリンクだった。踏んでいいものか、と躊躇したが、好奇心には勝てず、押してしまった

そこはルサンチマンの集いという名前のサイトだった。

少し見てみると掲示板のようで、黒背景に赤文字といかにも怪しい匂いがプンプンする。こういう時って早く閉じた方がいいのだったか、それとももう遅いのか、なんて思っていたらまたあのアカウントからメッセージが届いた。

「見ていただけましたか?」

「すいません、あなたはどなたですか?」

そう送ると間髪入れずに返信が来た。

「申し遅れました。私は、このサイトの管理者です。菅原道真、と名乗らせていただきます。あなた様に連絡をお取りしたのはこのサイト、ルサンチマンの集いの一員になっていただきたいと考えたからです。」

ほら怪しい。宗教っぽい名前もするし、変に情報とか抜かれたり、洗脳されたりするのは勘弁だ。

「あのすいません、自分そういうの興味なくって」

「まあまあ最後まで聞いてください。」

そう言って彼?は説明を始めた。

「ルサンチマンという言葉はよく、力のないものが抱く恨み、憤りとよく言われます。弱い自分を正しいと思うために自分より力の強いものを悪だと思う価値の転倒だと。」

最初っから失礼な人である。突然人を弱者呼ばわりするだけでなく、価値が転倒しているとあったこともない人に言われたのである。

「ですが、」

そう彼は続けた。

「私はそうは思いません。世の中は間違った考えを持った方が力の強い傾向にあります。間違っている方が、魅力的に見えますからね。」

「逆に正しい考えを持った人は現実を見すぎるため生きにくくなってしまう。そうなると当然、いくら正しい人であっても、いや、正しいからこそ、なぜみんな分からないんだ、分かってくれないんだと怒りを感じるようになる。」

「そのうち自分が間違っているんじゃないかとどんどんストレスが溜まっていく。悪循環に陥るわけです。ですが、そのストレスが一線を越えると、また自分が正しいと思えるようになる。また自分が正しかったんだと気付けるようになる。きっかけは自己防衛かもしれませんがね。」

「その自己の正しさを再認知した状態こそルサンチマンなのです。私は、そんな生きにくさを感じる隠れたルサンチマン予備軍とも言える方々を探し出し、第一歩を踏み出せるようにこのようなことを始めたのです。」

「もちろんお金は取りません、いやだというのならブロックしてもらっても構いません。ただ、一回でもいいので、内容を見ていただきたいと思っているのです。」

なんだか胡散臭い奴である。それっぽいことを言っているが、どこか騙されているような気がする。だが、言っていることに筋が通っているようにも感じる。何より、彼が行っている事は、私にとっては救いになるような言葉だったのだ。今まで表に出せなかった人に対する嫌悪感、好感、共感してもらえないだろうと思っていた考え、その全てを何も聞かずにここまで肯定してくれたのだ。ならば、

信じてみてもいいのではないか。

お金を急に求められたら証拠を持ってどこかに相談にでも行けばいいし、相手だって勝手に連絡先を入手してきたのだ。リスクはそこまでない。

「信じますよ?」

「ありがとうごさいます。と言っても私がこれから連絡することはほぼないとは思うのですが、よろしくお願いします。」

そして私は、あのサイト、「ルサンチマンの集い」に足を踏み入れた。


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