太古のダンジョン
『異世界転生ダンジョンマスター温泉ダンジョンを作る』
ドラドラしゃーぷ#にて
2026年4月より作画アルデヒド先生にてコミカライズ決定しました、よろしく
https://x.com/onsendungeon/status/1998588493430399259
「ようやく帰ったわね」
「ああ、みんな何日くらい、ここにいたんだろう」
糸ダンジョン、武具ダンジョン、宝石ダンジョンの3ダンジョンメンバーが帰ったのは、ずいぶん時間がたってからだった。
なにしろ、俺たちダンジョンコアやダンジョンマスターは眠くもならないし、いくら食べ続けても満腹にもならない。
だから、その気になれば何日でも食事を続けながら、だらだら喋り続けることができるのだ。
マスタールームには昼も夜もないから、厳密にどのくらいの時間を過ごしていたのかはよくわからない。
そもそもこちらの異世界は1日が24時間ではないらしく、地球基準の時計を具現化しても、すぐめちゃくちゃにズレていってしまうため細かい時刻の管理は放棄している。
滞在中、食事だけだとつまらないので。
オセロやチェスなどのボードゲームを引っ張り出して遊んだりもした。
マージャンやトランプといったゲームも教えてみたが。
運要素の絡むゲームは、みんな引ける牌やカードを好き放題に操作できるせいでゲームが成立しなかった。
もっともチェスも宝石マスターが桁違いに強すぎて勝負が成立しなかったので、俺が頭の中にチェスAIを搭載してカンニングして打ったら今度はこちらが強すぎて成立しなかった。
うーん、難しいな異世界異文化交流……。
長期的に他人のマスタールームで過ごしていて、減っていくのはダンジョンポイントだけだが。
武具ダンジョンも糸ダンジョンも、発展しきるところまでしきって、ポイントは有り余っている。
ふたりとも自分よりも小さなダンジョンのマスタールームに、数日お邪魔する程度のポイントなど、何の負担にもならないのである。
億万長者が、一泊数万円くらいの食べ放題ビュッフェつきホテルで、数日ごろごろして帰るようなものだ。
宝石ダンジョンだけは、金欠気味の会社員くらいのポイント金銭感覚なうえ。
自分よりも大きなダンジョンのマスタールームに数日留まるなんて、とんでもない負担のはずだが。
この数日はブグくんのおごりで過ごしていたので、遠慮なく長期滞在していた。
「でも結構タニアさん、というかあの宝石ダンジョンマスターからは、知らなかった美味しい紅茶や知らない酒の情報が得られたな」
「食事は全ッ然美味しくなかったけどね……。あのマスターが出す食べ物、根本的に食材の鮮度が悪すぎるのよ。
っていうかさ、宝石ダンジョンも糸ダンジョンも、みーんなマスターと比べていい情報を、何も持ってないじゃないの?
マスターが気軽にあいつらに渡してる情報は、絶対あいつらが払ってるポイント程度じゃ釣り合いが取れてない気がしてきたんだけど?」
「あの黒猫コアさんとか900歳近い年齢で、大昔のダンジョンコアは人間型じゃないケースが多かったとか知れたじゃない」
「なんの役に立つのよ、そんな情報? おまけに、糸ダンジョンマスターを召喚する前に自分で作っていたダンジョンが、草ダンジョンってなによ草ダンジョンって?」
「……動物の食事になる草や木の実を出して、……俺が出したマタタビみたいに猫が夢中になる草とかも出したりして。
人間じゃなくて動物を多く呼びよせるダンジョンが、あの黒猫さんが若かった頃は主流だったって話だろ?」
「だから~、それが役に立たないって言ってるんじゃない?
動物はダンジョン内部で死んだときに得られるポイントが、人間と比べると格段に安いんだから。
ダンジョン内部で死んだときにあふれ出す、脳の中に蓄えてる知識のエネルギーが桁違いに低いせいだって言われてるけど」
……つまり、太古のダンジョンは動物を呼び寄せていたのだが。
ある時からダンジョンは動物よりポイントが多く得られる人間を呼び寄せることが主題となっていき。
ダンジョンに動物ではなく人間を大勢呼び寄せ、人間から得られるエネルギーを吸収しているうちに。
ダンジョンコアの姿もだんだん人間化が進んでいったという事になる。
なかなかに興味深い情報だと思うんだけどなぁ。
そうなると何千年も昔のダンジョンコアなんて、虫かなんかだったんじゃないの?
そう考えると、現代のダンジョンの主流である宝石を出すダンジョンにまで進化したのはすごい成長だ。
人間マスターの知恵を借りる事なく、武具や食料を出すダンジョンまでたどり着いたブグくんやペタちゃんなんて。
ダンジョンの進化の結晶みたいなものじゃないか。
まあ、ペタちゃんにそれを話したところで、だからそれが何の役に立つのよ、と言われるだろう。
実際、何の役に立つとも思えない。
人間とは、四足歩行の猿のうちの一部が、両足で立って歩くようになり、余った両手を使って道具を使っているうちに知識が身についていき人間へと進化した。
なんて話を知ったからといって、それがダンジョン経営の役に立つのかと聞かれているようなものだ。
正直、へぇーそうなんだ、と思う以外には何もない。
「つまり、ダンジョンは地上に生きている優れた生命体の情報を吸収して自己進化する事が真の目的の生物なのかもしれないな。
なんだろう、親父がやってた時間を旅するレトロRPGのラスボスみたいな存在だな」
「何、意味のわからないこと言ってるのよ?
まあいいわ、十分すぎるくらいに次の階層を作れるポイントが手に入ったし、余裕もできたと思うことにするわ。
17階層で出すものは開けるまで炭酸が抜けないビールで本当にいいのね?」
「たぶん、それで十分ウケると思うよ。
感性がセパンス王国民と近そうな糸ダンジョンマスターもビールを絶賛してたしね」
「ふう、何度飲んでもただ変に苦いだけの飲み物としか思えないんだけどなぁ……? わっかんないわねぇ。
じゃあこれをドロップ品に設定して~、ダンジョン拡張開始!」
ー完成まで、あと224時間51分ー
「……やっぱり長いわね、待ち切れないから私は意識切るね~」
そういうとペタちゃんは、糸の切れた操り人形のようにカクンと崩れ落ちて倒れた。
ペタちゃんは、まるで子供が靴下を適当に脱ぎ散らかすような感覚で自分の意識を切る。
「本当、綺麗な寝姿で意識を切るとか、そういった配慮をしないよな……」
変な角度に足を広げたまま倒れているので、少しローアングルな角度から見たら、丸見えなんじゃないかといったような角度で固まっている。
ほら、ちょっと首を傾けて覗き込むだけでくっきりとモロ見え……見え……見。
くっ、意外と見えないな!?
首や全身を傾けて覗き込み、ヨガのねじった三角のポーズみたいになってきたあたりで、俺は何をやっているんだって気分になってきた。
「馬鹿なことやってないで、俺もさっさと仕事をして寝るか」
俺は適当な温泉を取り出して裸になり、湯船に浸かる。
そして濡れた身体を、糸ダンジョンマスターに作ってもらった糸ダンジョン製のタオルで拭き。
さらに糸ダンジョン製のバスローブを着込んで、ゆったりとリクライニングチェアーに寝そべる。
今やっているのは、糸ダンジョン製のタオルやバスローブを遜色なく温泉ダンジョン内に取り出せるようにするため、使用感を完璧に身体に覚え込ませている作業だ。
大切なお仕事である。
冷やした水にさらし、絞ったタオルを顔面に乗せ涼を取り。
バスローブを着てぐうたら過ごしながら、着ている服が体の一部のように感じるまでこの作業は続くのだ。
ああ、なんという過酷な業務だろうか。
寝っ転がりながらゲームを取り出し、ぐうたらとゲームをプレイをする。
あえて意識を服の感覚から遠くへ外すことで、身体への一体感を高めていく大切な作業である。
さらにイギリスのマスターから新しくもらった紅茶を淹れ、お茶うけにバゲットとアイスを取り出して飲み食いする。
さらに通気性や速乾性の確認のために、周辺の風景を草原にして爽やかな風を流す。
「ふう……。全力で働いているなぁ……なんて忙しいんだ」
ゲームに飽きてきたあたりで、ダンジョンの中の様子も確認する。
なんかダンジョンにそぐわない、いやらしい雰囲気のお姉さんたちが、護衛に連れられてダンジョンの奥に行っている様子を見つけた。
きっと飯困らずダンジョン奥に作られてる、ドロップ品でお姉さんと遊べるお店の居住施設にご出勤なのだろう。
うんうん、無事にたどり着いてちゃんと働けるか、ここはダンジョンの管理者としてきっちり見守っておく必要があるな。
18階層のタオル素材を強化して、彼女たちのご出勤と、勤務風景をしっかり見守り終わったら俺も寝ることにしよう。
勤務風景を見届けたあと、さあ寝るか……と思った時。
ふと、なんだろう、別の何かを忘れているような気がした。
なんだったっけ、まあいいや。






