食事会
「豁ヲ蜈キ?」
マタタビでごろごろしている黒猫コアをみていたら、ペタちゃんが謎の言葉を発する。
「ん? ブグくんがこっちに来るのかい?」
「うん」
……タイミングが良すぎるな?
センという俺の名前を付けた魂の繋がりで、こっちの様子がある程度把握できてるのかな?
「シルクさんがいいなら呼んでもいいけど」
「ん? なんや? 呼んだか?」
刺繍でひたすら温泉ダンジョンに来ている貴族たちの服装を絵にする作業をしながら、シルクさんが返事をする。
「ああ、うん、武具ダンジョンのコアがこっちに来たがってるんだ、呼んでもいいかな?」
「武具いうたら、あの武装した子供みたいなコアか?」
「ああ、あいつのお目当ては食事と暇つぶしだから、食事ついでに会話をしに来たんだと思いますよ」
「ほーん、べつにええで。
あのコアと前におうた時は、鎧だけやなくて、鎧の下に着る布装備の大事さや装備の縫合の仕方について。
延々語ったら、うるさそうな顔して帰られてそれっきりやけどな」
「じゃあ呼ぶよ~、むにゅむにゅ~」
ペタちゃんが念じると空間が歪み、ブグくんが現れる。
ついでにタニアさんと、宝石ダンジョンマスターも一緒に出てきた。
「あれ? タニアさん達もいたんですか?」
「いて悪りぃのかよ」
「いや、悪くはないんですけど、知らなかったから」
「ああ、ボクがこいつらの出す食事を食わせてもらおうと、ポイント払って食べてたんだよ。
でもなぁ、こいつの出す飯、全然美味しくないんだ」
……タニアさんも、宝石ダンジョンマスターも、ブグくんも、ここに糸ダンジョンコアとシルクさんがいることに驚いていないな。
やっぱり、ここに糸ダンジョンコアとマスターがいることがわかっててここに来ているみたいだ。
「糸ダンジョンがここにいることを初めからわかっていたような感じだな? どうやって知ったんだ?」
「お前、糸のマスターにセンって名前を教えただろ? じゃあわかるに決まってるよ、当たり前だろ」
何がどう当たり前なのかわからない。
とにかく、ブグくんが名付けたセンを名乗ると、名乗ったことがブグくんには伝わってしまうらしい……。
なんだろう、グループチャットに招待したみたいなもんだと解釈すればいいのかな……。
「そんなことはどうでもいいよ、セン、お前が出す食事をこいつらにも食わせてやってみてくれよ!」
「お? こいつがそうなのか? 糸コアがヨダレ垂らしてかじってるこれ。おい糸コアのオババ、少しもらうぞ」
タニアさんはそう言うと、生のマタタビを摘むとそのまま食べはじめた。
生のマタタビがどんな味がするのか知らないが、きっとまずいという事だけはわかる。
タニアさんが凄い嫌そうな顔をしながら、騙したなと言うような非難がましい目でブグくんと俺を睨みつけてくる。
俺のせいじゃないだろ!
「……その植物を美味しいと感じられるのは猫だけですよ。
食べるならこちらの、糸ダンジョンマスターといっしょに食べていた揚げ物の方をどうぞ」
タニアさんは、ものすごく不審そうな顔をして、差し出されたからあげをしげしげと眺め、匂いを嗅ぐ。
そして、おそるおそる一口かじった次の瞬間、なにか悟りを開いたような顔になった。
そして、眼の前の皿に盛り付けられた唐揚げをあっという間に平らげると。
何も言わずにシルクさんの近くの皿に盛り付けられている唐揚げまで食べ始めた。
「チョッと、タニアさん、みっとモないデスよ!」
宝石ダンジョンマスターがバツが悪そうに止めるが、あまりの美味さに我を失っているのか、耳に入ってないようだ。
しょうがないので、俺は唐揚げの大盛りの皿を新たに作り出す。
すると、またふらふらとこっちにやってきて、唐揚げを無心で食い始める。
「マスターの出す紅茶……、それとワインも美味かったが……これは、やべえ……やべえぞこれは」
「ふふん、どうだ! センの作り出す飯は美味いだろ!?」
ブグくんがなんだか、自分の手柄かのように胸を張っていた。
たぶん、産業革命時代のイギリス飯を食べていたブグくんが、色々文句を言いまくって、向こうで口論にでもなっていたのだろう。
そんなことより、さっきタニアさん、妙なこと言ってたな。
マタタビを拾う時に、糸コアのオババ。って。
この黒猫コアさんって、実は結構な年なのかな?
ごろんごろんと転がっている、黒猫コアを見ても、全く年齢なんてわかんねえな……と俺は思う。
「それじゃあ、せっかく大人数集まってくれたわけですから、食事会にでもしましょうか。
ペタちゃん、なにか料理をたくさん作って振る舞ってよ」
「わかったわ! マスター!」
ペタちゃんは嬉しそうに食事の準備を始める。
手早く数多くの食事を作り上げ、それらをみんなが美味しそうに食べている様子を料理を作りながら眺めていた。
食事を作って食べてもらうことが、ペタちゃんにとっては娯楽の一つになっているようだ。
「このビール、本当に美味シいデスね、ソーセージとヨく合いまス」
「そちらの紅茶もなかなか……、肉はその、うん、個性的でワイルドなお味で……」
宝石マスターの出してくれたソーセージは、正直、異様にしょっぱくて血なま臭い以外の感想が出てこない。
昭和時代の肉ですら、あの時代の肉は硬くて筋張ってて美味くなかったとじいちゃんが言ってたくらいだ。
数百年前のソーセージ肉なんて、さもありなんである。
シルクさんの出した肉は、羊肉かなこれは……。
硬い、とにかく硬い。
マトンを焼いた、ジンギスカン料理なんて洒落たものではない。
毛皮を取り終わって、お役御免になった食用でもない老羊を、最後に焼いて食っているんじゃないかと思うような肉質だ。
味付けは塩と、俺の人生の記憶にない味がする、なんともクセの強い香草だ。
しかしこの香草は慣れたら美味しく感じるかもしれないので、何かしら使えそうな気もする。
ペタちゃんも、肉のことはさておいて、香草についてシルクさんに色々と聞いている。
いずれ俺の知らない、新しい料理が生まれそうでありがたい。
国も時代も種族すら超えて、晩餐会は楽しく進んだ。
食事というものは、やはり会話を弾ませるツールのようである。
「セン、20階層まではそろそろたどり着きそうか?」
「そうだね、多分今のままのペースだと半年もしないうちにそこまではたどり着けるんじゃないかな。
トウジ隊長たちの実力は当然十分足りてるし、控えの第2部隊達も鍛えたらまだまだ通用するだろうから、今しばらくダンジョン成長は続くだろうね」
「あーーーっ、もう20階層に届くのかよ~、いいな~、なんでだよ~、なんで宝石より糸やあったかい水たまりに人が来るんだよ~、わけわかんねーっ!」
タニアさんがからあげを暴食し、ワインをガブ飲みなしながら文句を言う。
「センはんのダンジョンなら、20階層までは、まあ、滞りなく進むと思うで。
でもそこからはどんなペースになるか想像がつかへんな? 25階層あたりは、一流の騎士でも命をかける必要があるからな~。
糸ダンジョンも24階層から25階層になるまでには10年はかかっとるからな」
「宝石にハそこマデの力は無いでしょウね、宝石の希少価値を保つためにも、命を賭けルような階層に大人数が引っ切り無しニ来るとはオモえまセン」
「強靭な武具と鉄と糸は、集めれば集めるほど国力に直結しますからね……需要は尽きないでしょう」
「わかんねーーーっ! わっかんねーよ! 糸コアのオババ! お前は糸とか布の価値が理解できんのか?」
「ニャンもわからん」
装飾品を首に巻き付けただけの、全裸の黒猫らしい回答である。
「ホンマにウチのコアは置物やで、まったく、この可愛くて料理を作ってくれるコアと交換してほしいわ」
そんな具合に、和気あいあいと食事会は進む。
はあ、それにしても糸ダンジョン級の需要があるダンジョンでも、24階層あたりからは成長が10年がかりになるのか……。
本当、ガンガン階層が増えて楽しいー、次はなんの効果を作ろうかな~、とか言ってられるのって今だけみたいだなぁ……。
俺も10年単位での停滞時期になったらどうしようかなぁ……。
ペタちゃんが楽しそうに料理を作り、ワイワイとみんなで話しながら食事を楽しんでいる様子を見つつ。
……まあ、あとはこんな日々がずっと続くだけかな。と考える。
♨♨♨♨♨
一方その頃、セパンス王国、ナウサ公爵邸では、館を取り囲む壁が大きく破壊されていた。
あたりには瓦礫と、粉々に破損した機材が散乱し。
まるで襲撃を受けた後のような物々しい様子であった。
しかしこれは、外からの敵襲による襲撃で壁が破壊されたわけではなく、内部の方からぶち壊されているのだが。
おまけにその壁をぶち壊した張本人は、すっごーーーい!! やったーーーー!! と言わんばかりの笑顔ではしゃいでいる。
周囲の使用人や、家族たちは全員この大惨事に言葉を失っているというのにもかかわらずである。
「すごいすごいすごい!! こんな重いものが本当に動いたわ!!
それどころか、ストッパーを壊して突き進んだ挙げ句に、壁をぶち抜いて砕け散るまで走るなんて想像以上のパワーよ!」
アウフは旧型の移動住居の車輪に、蒸気の力で車輪を動かす動力を実験で作り上げ、動かしてみたのである。
ゴロゴロと住居が進んでくれたら嬉しいなと思って作ったその推進装置は、想像以上の出力を発揮し。
ストッパーとして積んであった土のうを乗り越え暴走し、壁に激突して大破、結果このような大惨事を巻き起こしていた。
「な、何をやっているんだアウフ!」
アウフの父である、ナウサ公爵が顔色を変えてすっ飛んでくる。
そんな父に向かって、悪いことをしたなどとは一ミリも思っていない顔で、アウフはこう言った。
「見てくださいお父様! この成果を! 温泉ダンジョンが私達に伝えたかった力を! 蒸気の力は本当に素晴らしいです!
これは……セパンス王国……いえ、世界が一変しますわよ! お父様!」
瓦礫を指さし、正気とは思えない目の輝きをしながら、力強くそんな熱弁をしてくるアウフの姿を見て公爵は。
娘に温泉ダンジョンの悪魔が乗り移ってしまったのだろうか。
あの温泉は、実は危険なものだったのではないだろうか。
一回、娘をエクソシストにでも見せてやったほうがいいのではないだろうか?
そんな事を、ナウサ公爵は考えていた。
温泉ダンジョン
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