糸ダンジョンコアとマスター
ぼーっと、ダンジョン探索の様子を眺めながらゲームをすること1ヶ月。
いつもと変わらない毎日だ。
飯困らずダンジョンは、いつも酒を巡って大はしゃぎで冒険者が暴れ。
持ち込まれた温泉ダンジョンのお湯の効能を得るために、各国のおえらいさんと、その護衛の従者で溢れている。
温泉ダンジョンでは、セパンスの女騎士がいつも忙しなくお湯を運び、石鹸を運び、よくわからない部品を強化湯に浸し、身体を鍛えさせられている。
ちなみにもう、第2部隊も随分強くなったのか、それとも18階層の敵の動きに慣れてきたのか、赤色の熊に苦戦することも今ではなくなっていた。
騎士のみならず、女の冒険者も温泉ダンジョンの下層の湯をせっせと運び出しては、入口の商人に売っているみたいだ。
温泉水が高値で売れるということは、常に財宝が湧き出てきているのと同じことだからな。
買取価格もそれほど安くはないらしい。
というか一時期、安定して採れる温泉水は安く買い叩かれるようになっていた時期もあったのだが。
じゃあ飯困らずの酒の方を取りに行くわと、数多の冒険者にそっぽを向かれてしまい。
運び出し量が激減して供給が減って困ったことになったため。
結局温泉水の値段は元に戻っていき、今では確実な安定収入になる程度の相場に落ち着いている。
その辺の事情は、5階層の罠トラップの湯に何度も入っている奴らから読むことができる情報から知ることができる。
「ねー、ペタちゃん、飯困らずの17階層ができるのっていつになりそう?」
俺は寝そべってゲームをしながら、ペタちゃんが作ったサンドイッチを食べつつ、そう聞く。
「明日には作れるわよ。
うふふふふ、こんなにあっという間に増築できるくらい人が来るなんて本当にすごいわ……。
20階層……夢の20階層までこの調子ならあっという間よ」
「明日かぁ……じゃあそれ作ってある程度様子を見てからかな」
「何が?」
「いや、状況が代わり映えしないから、俺はしばらく意識切ろうかなって」
正直ゲームも飽きてきた。
それというのもダンジョンマスターの肉体は眠くならないし、肉体的に疲弊しないので、ゲームを疲れることなくぶっつづけでプレイできる。
しかし取り出せるゲームには、新作ゲームは存在しない。
慣れ親しんだゲームを連日寝ずにやり続けると一体どうなるのか。
そう、飽きるのである。
飽きた。
「暇だな、ブグくんでも来ないかな、タニアさんでもいいや、そろそろタニアさんも食事も覚えた頃だろ」
「ダンジョンコアの訪問って、そんな暇つぶしでするようなものじゃないんだけどね……あ? 邉ク霑キ螳ョ」
「お、ブグくんが来たの?」
ペタちゃんが理解不能な言語を放つ時は、だいたい別ダンジョンコアと念話しているときだ。
「違うわ、糸ダンジョンコアよ、そこのマスターが話があるって」
「糸? 糸がなんで俺に? 心当たりなんて……って、ああ、タオルかな……」
心当たりしかなかった。
「どうする? マスター」
「ああいいよ、呼んで呼んで。
ちょうどいい暇つぶしが来てくれたな、歓迎するよ」
「武具に鉄に糸か……。
あらゆる最上位巨大ダンジョンがみ~んな私のところに来るようになっちゃったわね。
うふふ、私もすぐにこの超巨大ダンジョンの仲間入りすることになるからね~」
ペタちゃんがニタニタと笑いながら、いつもの召喚魔法のようなものをもにゃもにゃ唱えると、空間が歪み人影が二人現れた。
ん? 人……影?
「我のマスター召喚儀式を真似して、あっという間にここまでのサイズのダンジョンに……。
セパンスの飯コア、相当凄腕のマスターを引き当てたようだニャー」
……なんかエジプト風味な首飾りと、手足にブレスレットの装飾品を付けた全裸の生き物が目の前にいた。
問題はその全裸が、真っ黒な人間サイズの猫だということだが。
一言で言えば、擬人化されてないバステト神みたいな見た目であった。
なんなの。
ダンジョンコアって人間形状だけじゃなかったの?
隣りにいるもう一人のお姉さんは、頭にターバンのような布を巻いた商人風のお姉さんだ。
なんというか商品を買ったら、へっへ、毎度おおきに~とか言いそうな感じの風貌とでも言うか。
おそらくこいつが糸ダンジョンのマスターなのだろう。
これまでに聞いた情報から察するに、シルクロードの時代にラクダに乗って、砂漠を渡って布取引をしていたような人物だとは思うが。
「すまんなぁ、あんさんと取引をしとうて、いてもたってもいられず馳せ参じさせてもろたで、ほいで、この布はここのダンジョンの品で間違いないんか?」
そういうとお姉さんは、ホテルの大浴場に置いてそうなバスタオルを広げて、超絶胡散臭い関西弁でそういってきた。
……この喋り方の翻訳具合は、毎度おおきにとか言いそうな商人みたいだな、って初見の印象を俺が持ったせいなのだろうか?
絶対古代の人間の喋り方じゃねえだろ、こんなの。
そして広げられたタオルは間違いなく温泉ダンジョンの18階層に置いてあったタオルだった。
もう糸ダンジョンまでそんなものが届いたのか? 早くない?
糸ダンジョンに潜る冒険者が手にできるほどの数、タオルが持ち出されて普及しているとはとても思えないのだが……?
また、仮に普及していたとしても、糸ダンジョンが取り込むには、そのタオルを持った冒険者がダンジョン内部で死にでもしない限りは取り込むことはできない。
冒険者が、自分からタオルをダンジョンに捧げでもしない限りは。
んんん?
……そこまで考えたあたりで、俺はある結論にたどり着く。
「……もしかすると、あなたのところのダンジョンに、わざわざタオルを捧げに来たセパンス王国の騎士でもいたのですか?」
「……そなたが差し向けたわけではニャいのか? これみよがしにこの見慣れぬ布を掲げたセパンス王国の騎士達が来て、最後にこいつをダンジョンの奥に置いていったのニャ」
ケモセーフ全裸の、黒猫お姉さんコアはそう言ってきた。
セパンスの騎士が、これみよがしに布を掲げてアピールしつつ、最後にタオルを糸ダンジョンに吸収されるように置いていく。
これは間違いなく、アウフって娘の差し金だろう。
宝石ダンジョンと飯困らずから出てくる宝石の類似品から、俺達がダンジョン同士でやりとりをしている事にあの娘は勘づいている。
その件に関しては、彼女から送られてきた手紙にも記載されていたからだ。
あの娘なら、武具ダンジョンや鉄ダンジョンのドロップ品の変化からも、そういった取引の兆候を掴んでいるはずだ。
つまり俺が、糸ダンジョンともこうして取引をすることで、さらなるドロップ品の高品質化を狙っているのだろう。
そのための宣伝として、タオルを布と関連がありそうな糸ダンジョンに提供して興味を引いた、と。
「この布、タオルっていうんか?
ごっついなぁ、この吸水性に肌触り、何の変哲もない綿糸が織り方1つでこんな高品質になってまうんか。
ニイちゃん、ずいぶんと技術力の進んだ国から来はりよったんやなぁ?」
糸ダンジョンのマスターは興味深そうにタオルを見つめながらそう話す。
その見た目は一見穏やかで冷静だが、その目はこいつは絶対に売れる、売れるで~! といった、商人特有の欲に満ちた目をしていた。
これは売れるぞ! と確信できる新商品を目にした人間の顔は、日本でも仕事柄よく見てきたものである。
「あなたの目的はこのタオルを糸ダンジョンでもドロップできるよう私に許可を取ることなのですか? それでは、こちらへの見返りは何を?」
「おお! 話が早うて助かるわ、ウチの方からは糸ダンジョン産の糸に取り替えたこちらのタオルを進呈させてもらうで。
これをマスターであるニイちゃんがしばらく使用しとったら、そっちのダンジョンでも糸ダンジョン産の品質の糸で紡がれたタオルが出せるようになるやろ?」
そう言うと、糸ダンジョンマスターのお姉さんは、俺に妙な光沢のあるタオルを手渡してきた。
凄い手触りだった、信じられない軽さ、ふかふかの羽毛布団のように包みこんでくる重厚な柔らかさ、そして高級シルクやエロ抱き枕のカバーのように滑らかな触り心地。
こんな凄いタオルは現代日本でも今治のタオル工場でさえもお目にかかったことがない。
「このタオルっちゅう布、湯上がりに使用する用途やから吸水性に優れてるやろ? そっちも試してみいや」
俺は洗面器と、温泉ダンジョンの温泉水を召喚して手を洗い、タオルで濡れた手を拭き取る。
あっという間に濡れた手が拭き取られ、タオルも同様にすごい勢いで乾いていき、柔らかな手触りを素早く取り戻した。
これが糸ダンジョン製の糸で作り上げられたタオルか……、たしかにこれは現代社会の科学でも到底作り出せない魔法の品質だ。
やばい、これは風呂上がりにこのタオルで全身を包んで拭いてみたい。
これはたしかに欲しい。 ぜひ欲しい!
気持ちよすぎてイキかけるかもしれない。
「わかりました! 取引しましょう!」
「おお! 毎度おおきに、ウチ商売の判断が早いあんちゃんは好きやで」
「私は知っての通り、温泉ダンジョンのマスターです、ゆえに温泉に関連する布製品でしたら、他にも多数取引ができますよ」
「ほんまか? 頼むわ!」
糸ダンジョンマスターは好奇心と期待の混ざった屈託のない笑顔になった。
「たとえばこちらナイロンタオル、これは石鹸を塗りつけ全身をこすって垢を洗い落とすのに適した品質の商品になります。
そしてこちらはバスローブ、全体がタオルで作られたローブです、湯上がりにこれを着て過ごすと大変快適ですよ」
「ほう? タオルの服はわかるんやけど……なんや? こっちのタオルの糸は?」
ナイロンタオルの素材の感触が、全く未知のものなのだろう。
興味深そうな顔で、糸ダンジョンマスターはナイロンタオルの感触を丹念に調べていた。
そんな糸ダンジョンマスターの様子を、黒猫コアは暇そうに隅っこで猫座りした状態で、あくびをしつつ眺めていた。
ペタちゃんも暇そうな黒猫コアと、なんということもない雑談をしている。
どのコアもマスターのやってる取引への関心は薄いようだ。
「こちらが我がダンジョンで採れる石鹸です、これをそのタオルにこすりつけるわけですね」
石鹸とナイロンタオルを観察しながら、糸ダンジョンマスターはその品質に感心したような表情をして、実際に使ってみたそうな顔つきになってきた。
そこですかさず俺は。
「そしてこちらが、当ダンジョンが誇る温泉です、泉質は当ダンジョン一番人気の11階層の湯をご用意いたしました。
さあ、ぜひとも、お 試 し く だ さ い」
なるべく紳士的かつスケベ心を顔に出さない顔で、マスタールームに自然に温泉を作り出し、実践を進めてみた。
そもそもある程度自分で実際に使って体感しないと、そのナイロンタオルを自分のマスタールームに再現して持ち帰ることはできないはずだ。
だからこそ、この提案は至極当然のお誘いと言えよう。
卑猥は一切ない。
いいね?
そう思いながら、俺は紳士的な笑顔で糸ダンジョンマスターの顔をちらっと確認した。
ゴミを見るような目をしていた。





