氷缶
溶けない氷を出して一週間ほどがたった。
ある日、女騎士達がひたすらランチョンミートの缶詰を大量に集めだしたかと思ったら、一斉に食べ始めた。
料理方法はシンプルに焼いたり、炒め物に混ぜたり、ゴーヤと卵とランチョンミートを混ぜ炒めて、めんつゆで味付けしたりもしていた。
「いつのまにやらゴーヤチャンプルが出来てしまってるじゃないか」
たしかにニワトリと卵が食べ放題で、ゴーヤがなってて、めんつゆがあり、ランチョンミートがあるならそこに行き着くのは当然か。
これだと豆腐がないのがさみしいな、ゴーヤチャンプルと言えば豆腐は必須。
セパンス王国は豆が主食の文化なんだろ? 豆腐はないのか豆腐は。
「ゴーヤね~ちょっと苦すぎるのよね~」
ペタちゃんは俺の味覚センスで育っているので、ゴーヤチャンプルーを嫌いになるとは思えないのだが。
まだ少々、お子様味覚が抜けきっていないらしく、激辛のカレーやゴーヤ並に苦いものにはまだ少し顔をしかめる。
俺が激辛カレーやゴーヤが美味く感じるようになったのは20代前半くらいだから……今のペタちゃんは俺の中高生時代くらいの味覚なのだろうか。
「それにしても、なんであいつらあのミート缶ばっかり食べまわってんの?」
「さあ?」
たしかに不自然なくらいに、ミート缶を食べまくっていた。
というか食べきれなくなってきたのか、終いには中の肉を捨て始めてしまった。
こらこら、食べ物を粗末にするんじゃない。
所詮、瘴気で作られた食べ物だから、捨てられても吸収されて瘴気にまた戻るだけだけど、食べ物を粗末にされるのはなんだか気分的によくない。
「つまり、あいつらは空き缶を集めているのか?」
その理由はすぐに分かった。
下の階層から溶けない氷を持ってきた別の部隊が、缶の中にぴったりと収まるように氷を切り出して詰め始めたからだ。
氷を詰めたあとは蓋を戻して、缶の端をやっとこのような器具でへし曲げて無理やり塞いでいた。
つまりあれは、氷のように冷え続ける冷たい缶を作っているというわけだ。
あの溶けない氷は皮膚に張り付くと並の温度では溶けず、剥がすためにひどい目にあってしまう可能性もある危険物だが。
缶で包めば缶の表面は氷のように冷たくなるが、その缶の表面はよく冷えた缶の表面でしかないため、体温でも溶けずに剥がれないなどということもない。
安全に冷たさだけを味わえるということである。
あの缶よりも薄くて密閉性のある金属容器を地上では作れないから、ミート缶を流用するのが最適と判断したわけだな。
はちみつの瓶や、日本酒の紙パックなどでも似たようなものを制作していたが。
強度や、重さ、熱伝導の効率などを考えれば、あのランチョンミート缶で包むのが一番効率的だろう。
「で、あの缶で周囲を囲った部屋を作れば、ダンジョンの移動居住地に冷蔵庫も作れるってわけだ」
冷蔵庫を作成してくれるのは俺達にとって実に好ましい。
なにしろあの氷は、ダンジョンの5階層より上だとじわじわ溶けてしまうため、地上では使えない。
ダンジョンのある程度地下にまでやってこなければ、冷たい飲み物や酒や果物は味わえないというのが実にいい。
今後ダンジョン5階層で、冷えた果実やサラダを食べるグルメツアーなどが貴族の間で定期的に組まれる可能性がある。
なにしろ、飯困らずダンジョンでお過ごしになっている第2部隊の女騎士の大半は、冷えたお酒や果実の美味しさに酔いしれているからだ。
冷蔵庫がない江戸の時代、夏場の氷は将軍家への献上品だったという歴史が日本にもあることからもわかるように。
川の水や地下水で冷やすのが限界の時代、それよりはるかに冷たく冷やされた食事というものは超贅沢なグルメなのだ。
「ただ冷たいだけの食べ物を食べるのに、あんなに必死になるなんて大変なのね人間って、はいマスター、ルイベ丼」
一生懸命に、安全な冷たい缶を作ることに必死になっている騎士たちを眺めつつ。
ガチガチに凍らせた大きな鮭を取り出し、カンナで削って作ったルイベ丼を俺に渡しながらペタちゃんがそんな事を言う。
うーん、こんなものをさらっと出せるなんてチートだなぁ。
うん、美味しい。
さらに見ていると、そうやって作った氷缶を樽の中に詰めこみ、さらに溶けない氷を入れ、さらにおがくずで樽の中を埋めるように詰め込んだあと。
全速力で温泉ダンジョンの5階層の方まで氷缶を運んできてくれた。
缶の中の9割ほどは溶ける事なく、温泉ダンジョンまで持ってこられたことに女騎士達は歓喜していた。
俺も歓喜していた。
「よし! いいぞ、これで温泉ダンジョンでも冷たい水や酒を風呂上がりに一杯やれることが確定だな!」
最近は、トレーニング湯だの運送部隊の育成だので、女性の護衛レベルはガンガン上ってきている。
それに輸送部隊は、深層の鏡や石鹸や湯を運ぶために、毎日のように9階層まで定期的にやってくる。
護衛対象であるはずの貴族女子たちも、11階層の湯を目指して鍛え上げてきた肉体がどんどん仕上がってきているため。
いまや6階層の潤いの湯までなら、軽い気持ちで入りに来る貴族も増えてきた。
いつも大行列の2階層のように、今では6階層にも少し行列ができるほどに人数が増えてきはじめているのだ。
6階層の湯の周辺で、よく冷えた美味しいお食事を当たり前のように楽しむようになる日も近いだろう。
「6階層の湯船やその周辺は、さすがにもう少し広げておこうかな……」
ちなみに一般人も押しかける2階層の湯船は、入りに来る人数に合わせるようにして、実はどんどん広げている。
広げてはいるが、決して行列が解消されるような広げ方はしていない。
大評判だからといって、行列が完全に解消されるくらいに拡大する事が決していいわけではない。
朝早くから並んで行列の先頭にたったという特別感が、行列に長時間並んで入ったという特別感が、いい温泉に入ったんだという感情をさらに強めるからだ。
不満はただ解消すればいいというものではないということは、コンサル会社にいた時によく学んだことである。
「さて、ずっと冷たいままの氷の缶が温泉ダンジョンにも届けられた以上、トウジ隊長達も冷たい水や果物に舌鼓を打ってくれることだろう」
「いいなこれ! 打ち身を直に冷やし放題だ!」
氷のように冷たく冷え続ける缶を渡されたトウジ隊長は、その缶を模擬戦で打ち据えられた打ち身部分に押し当てながらご満悦であった。
ほかには、運搬中鎧の上に縛り付けることで、温まった身体を冷やしたり。
休憩中に首や脇や股に挟むことで体温をさげたりなど。
第一部隊は、各個人が携帯できる便利な氷嚢という使い道をしている感じであった。
うんうん、当人が満足ならいいことだ。
しかし、氷嚢のような使い方をするのなら、そろそろ温泉の備品にタオルとかを出してもいい頃かもしれない。
ただの布は出すのに莫大なコストがかかるが、タオルなら温泉の備品! そう思い込むことで、そこそこ安いコストで出せるからな。
よし、次の階層はタオル持ち帰り可能にしよう。
ただ石鹸のように無尽蔵にじゃんじゃん持ち帰られると赤字になる程度のコストはかかるので、再入荷の度合いは鏡と同じく数日に一度程度にしておこう。
温泉の効能はどうしようかな。
今の温泉ダンジョンの最下層はトウジ隊長達の独擅場だし、ユーザ陛下の事はあまり意識しなくてもいいかな。
現在の一番深い階層にある歯の治療湯に関しても、ユーザ陛下は歯も欠けていなければ、虫歯もなかったため。
持ち帰られた湯でうがいをするだけで十分だったからわざわざ最深部まで来てくれなかったからな……。
あの人は少し前に6階層の湯に浸かりながら、歯の治療湯でうがいをして。
「おうおう、歯並びが治ったわ、ははは、もう帰れるのか……帰れるのか、すぐ仕事に戻れるのかぁ……。
なあ……せっかくじゃから11階層の湯にも……」
「いけません陛下、翌日には4カ国ほどから、やんごとなき方が参られる予定で……」
「うるっさいわ、何がやんごとなきお方じゃ! そんなもん毎日毎日毎日毎日何人も来とるじゃろ!?
もう飽きたわ! 王族など何も珍しくはない! あんなもんどこにでもいっぱいおる普通の存在じゃっ!
ああもう、アレをよこせアレを! 精神が落ち着くはちみつチョコ飴をな!」
自分も威光を守らねばならない王族なのになんてこと言ってるんだろうか、この人は。
おそらくダンジョンの成長とともに国が大きく成長して、業務がキャパオーバーして、いっぱいいっぱいになってきているんだろうな。
ユーザ陛下は現状こんな調子だったので、今、深い階層にお貴族のお嬢様がお喜びになられるお湯を出そうものなら。
さらに多くの姫が世界中から駆けつけて、陛下がさらに忙しくなるだけだろう。
しばらくはトウジ隊長が喜ぶ湯にしておくか。
鍛え上げてお湯の運搬力がもっと上がってくれたほうが、飯困らずダンジョンにも良さそうだからね。
……さてどんな効能にしようかな。





