絆
書籍好調で2巻の制作に即着手のGOサインとなったのは、ありがたいのですが
2巻の修正や書き下ろしとかやってると、本編の投稿が遅れる遅れる。
しばらく更新は遅いと思います。
武具ダンジョンから新しく出始めた、便利な構造のナイフ。
鉄ダンジョンから出始めた、全く新しい金属。
見知らぬ大陸からやってきた見知らぬ民族と文明。
飯困らずダンジョンから新しく出てきた溶けない氷。
「いろいろと新しい要素が増えすぎて、何から手を付ければいいのかしら」
資料を眺めながら、アウフはそう呟くが、その顔はニヤけていた。
調べることが多すぎて困るという状況は、アウフにとっては遊ぶ玩具が多すぎてどれに手を出せばいいのか悩ましいという贅沢な悩みに過ぎない。
「う~ん、武器とか鉄や金属に関しては職人の方達に任せておいた方が私より詳しいだろうし。
新しい大陸の人達は言葉が通じないから、今はお互い身振り手振りでコミュニケーションの取り方を考えてる段階みたいだからなぁ……」
今のところ新大陸からの人たちの情報でわかっていることは、おそらく彼らは遭難者に近い存在であるということ。
大しけに巻き込まれて海のどこにいるのかもわからなくなり、どうにもこうにもならなくなった所で、遥か彼方まで届いていた新型の灯台の光に導かれて命からがらやってきたっぽいとのこと。
船が壊れかけているので、修繕に私達の力を借りる必要があるということ。
船の荷物などは、修繕費としていただける可能性が高いということ。
というか下手をしたら彼らは帰ることも出来ずに、セパンス王国に定住する漂流者になってもおかしくはない。
今の段階でも他所の大陸の船の構造や、積荷に何か面白いものがないかといった事は調べられるが。
言葉が通じないようでは、他所の大陸の文明や事情といった事細かな面白い情報を聞き出せるのは、年単位で未来の話になりそうだ。
「興味はあるけど、長丁場になりそうな案件だから……これも報告待ちでいいかな。
今、わたしが考えるべきはこの溶けない氷の運用方法よね」
ヴィヒタ達の報告書では。
ダンジョン5階層まで氷を上層に運ぶと溶け始めてしまう。
ゆえに大量に地上に持ち運んで、永遠に冷え続ける氷室を確保するといった夢のような施設は作れそうにない。
ただの氷として地上まで持ち帰ることは一応可能。
16階層から大量の氷を地上に運ぶ事が労力に見合うかどうか甚だ疑問であるため、ダンジョンの移動住居内部に氷室を作るほうが有益だと思われる。
また5階層以下でもさすがに熱湯をかけると溶けてしまうため、溶ける事なく冷却機能を保てる温度に限度はあるようだ。
温泉ダンジョンの湯船の中の湯の温度が一定なのと同じで、ダンジョンの魔素で一定の温度を保ち続けているのだと思われる。
体温程度では溶けないため、口に含んで舌などに張り付いてしまうと、やけどするような温度のお湯をかけるか、皮膚を切り取る羽目になるため、決して口には入れてはいけない。
などと記されている。
ヴィヒタ達の手紙では。
氷水で冷やしたお酒は美味しいです~、よく冷えた水でウイスキーを割るの最高です、氷水で冷やした果物と野菜がたまりません。といった能天気な感想が述べられている。
これは別にふざけているわけではなく、居住空間での生活の様子は心理状態がわかりやすいように、あえて堅苦しくない個人の日記のような感覚で書いてくれと頼んでいるのでこうなっている。
この様子を見るに、この氷は少々危険なものではあるが、上手に使えばとてつもなく居住環境を良くしてくれる品ではあるらしい。
「ダンジョンの意思さんは、騎士や冒険者がダンジョンに住み着いている状況をずいぶん気に入ってくれたみたいね。
これってどう考えても、ダンジョン内に住む環境を良くするための支援物資としか思えないもの」
ダンジョンの意思が、自分の企画したダンジョン内部に人を住まわせる計画に次々と支援をしてくれていることを感じたアウフは、自然と顔がニヤけていく。
こんな高揚感は部屋に閉じこもっていた子供の頃に、ダンジョン研究家達の学会に自身の仮説を書いたお手紙を送って、その仮説に興味を持ってもらった時以来。
いや、それ以上かもしれない。
私は今、ダンジョンの意思とはっきり意識し合っている。
今はこうやって、お互い遠回しにダンジョン攻略のために協力し合う程度の繋がりしか持てないのかもしれない。
でもいずれは、あなたと直接話したい、話したい、話したい。
あなたの住んでいた遥かに進んだ文明社会のお話を、何日でも何日でも聞かせて欲しい。
アウフは温泉ダンジョンの意思が、未来の世界の文明を知っている事を確信して以来、ずっとダンジョンの意思との対話を望んでいた。
「そうよね、あなたが今私に求めているのは、この氷を使ってもっともっと、ダンジョンの住み心地を良くすることなのよね。
任せてダンジョンの意思さん」
アウフにとって今やダンジョンの研究は、セパンス王国の国益のため、自分の興味だけの研究ではなくなっていた。
ダンジョンの意思との奇妙な関係性。
ダンジョンの研究を進めることは、この関係性を維持するための繋がりであり絆のようなものになりつつあった。
♨♨♨♨♨
「セン、シルド団長がそっちのダンジョンに住み着いたんだって?」
ブグくんが、ペタちゃんの作った大盛りのカツ丼を食べながらそう言う。
手元には丼もののメニューが置かれている、今日はここから好きなものを注文してくれというスタイルだ。
「ああ、なんかあの団長さん飯困らずダンジョンの酒にハマって来たみたいだぞ」
「酒ねえ……」
ブグくんが怪訝な顔になる。
一回ブグくんにも酒は飲ませたことがあるのだが、全くその美味しさを理解してくれなかった。
所詮ブグくんも酒に興味のない俺の味覚から食欲を覚えた身だ、ペタちゃん同様酒の味がわかるはずもない。
「まあいいや、これで温泉ダンジョンのパワーアップ効果をシルド団長も得られるんだろ? それに関しては僕も歓迎するよ」
実際シルド団長は任務中は酒を飲むことは一切なく、ものすごく真面目に、飯困らずダンジョンでも、温泉ダンジョンでも訓練は行っている。
建前とはいえ、トウジ隊長の部隊に頼らず温泉ダンジョンの護衛をするだけの実力を付ける気はちゃんとあるらしい。
非番の日こそ、移動式住居の中で酒をゆっくり味わっているが、その味わい方も、酔っ払いたい大酒飲みのソレではなく。
一口一口から、情報を掴み取ろうとする上品な食通の飲み方だ。
日本酒をしばらく味わった後、米酒かこれは……とか言い出したくらいだから味覚は確かなのだろう。
「強くなるって言っても、トウジ隊長ほどになるとは思えないけどな……」
今のトウジ隊長達は、ヒトウ隊長率いる男性第1部隊に次こそは圧勝するという目標を掲げ。
わけのわからないバフ食事をキメながら、猛烈な訓練をし、何十キロもある温泉水をひたすら運び続けている。
たまに無茶をしすぎて、骨や腰を派手にいわしても、9階層の湯に入れば軽症のように治ってしまうのだから、いくらでも無茶ができる。
もはや人類の領域を超えている気がする。
「今は……だろ? 温泉ダンジョンが20階層超えていく頃にはもっとすごい効果を出すんだろうからね」
ブグくんがニコニコしながらこちらに期待を寄せた表情をする。
なんだよ、27階層で限界だからもう成長は諦めてるとか言っていたくせに。
温泉ダンジョンの効果で、限界を突破してくれる事をしっかりと期待してるじゃないか。
「ん? あれなんだ、セン?」
「ああ、あれか? 外からのお手紙だ」
ブグくんが、アウフって娘がこちら宛に送ってきた、手紙の布を見つけて言う。
あの手紙は今でも時々読み返す事があるので、とりあえず消さずにマスタールームの隅に畳んでおいてある。
ダンジョンの冒険者が持ち込んだ持ち物が消滅した場合マスタールームに回収することはできる、できるがそれをろくに調べずに消してしまうと、全く同じものを再度取り出せないからだ。
一応、何度も読んではいるのだが、とてもではないが覚えきれないほどにいろいろな情報が書いてあるため、一度消すと再度同じものを取り出せるかいまいち確信が持てない。
だから、あの手紙は消せないままマスタールームの隅に畳んでおいてあるのだ。
「ああ、時々あるダンジョン研究家からの手紙ね。
僕も大昔に気まぐれに何度か回収したことはあるけど、まともなことが書いてあったことなんてなかったからすぐ消したけどなぁ……。
ああ、次はこのうな丼ってやつ頼むよ、飯コア」
「はいはい、これって炭火で焼くのが美味しいんだっけ?マスター」
「そうそう、炭火で炙りながら、タレを何度も塗りつけて味を濃くしていくイメージだ」
炭火で焼けていくうなぎにタレが塗りつけられ。
垂れたタレが炭火で焦がされジュワジュワと美味しそうな匂いと音をたてている様子を横目で見ながら、ブグくんが会話を続ける。
「そういやウチのダンジョンの入口近くで、長年ぶつぶつと僕に何かを言ってるダンジョン研究家がいるみたいなんだけどさ。
この前なんて護衛を付けてモンスターから自分を守らせて、体中縛ったまま数日動かない事で、ダンジョンに自分自身を吸収させる実験とかやってたのを思い出したよ。
これでダンジョンに吸収されることで、ワシ自身がダンジョンの意思となるのじゃ、とかわけのわかんないこと言ってね。
ダンジョン研究家なんてだいたいそんなのばっかりじゃない? あんなのが役に立つ手紙をくれることなんてあるの?」
……世界のダンジョン研究家ってそんなのなんだ。
そんな基準で考えるとアウフちゃんは少し優秀すぎるな。
「それで、そいつは吸収されたのか?」
「生きてる地上の生物を吸収できるわけないだろ。
だいたい吸収できたとしても速攻で消してポイントに変えてやるよ、あんな気味悪いもの。
あ、美味っ、このうな丼ってやつ、めちゃくちゃ美味しい!」
まあ、そうだよな。
身体を縛って、ワシを吸収してくれなんてダンジョンで喚いてるおかしなおっさんなんて吸収したら、俺だって消す、当然消す、チリ一つ残さず消す。
そう考えると、ウチのダンジョンに固執してくれてる研究者がアウフちゃんでよかったな。
君だったら、吸収できたらマスタールームに歓迎すると思うよ、顔もまだ知らないけど。
彼女の手紙には、温泉ダンジョンの効能で自身の皮膚疾患が治ったことで外に出られるようになったことへのお礼なども書き添えられていた。
スケベ心で建てたようなこのダンジョンの効能で、そんな真っ当に心が救われていた娘もいたんだよなぁ。
俺は、部屋の隅に畳まれ置かれた手紙を見ながら、そんな事をふと思った。
なんだかんだ、この手紙は消しにくい。





