堕落
はい、わたくしヴィヒタは温泉ダンジョンと飯困らずダンジョンの両方で、移動拠点を設置したり、温泉水を運んだり、酒を収集したりの毎日を送っております。
移動拠点の建設は、予想の3倍ほどの速度で仕上がっております。
建設材料と、中に住み着いて拠点を毎日少し動かす人材の確保の方が問題です。
温泉ダンジョンの14階層で作れる薬で、スピードもパワーも一定時間段違いになれますので。
細かい準備は速度を上げて進め、力のかかる場所は膂力を上げるなど。
要所要所であの薬を使えば、恐ろしい速度で建築工作ができてしまうのです。
凄まじい勢いで拠点を設置していくその姿をみた冒険者や他国の騎士たちから、セパンス王国の女騎士は全員化け物か? といった感想を述べられる風評被害が出ております。
嫌ですねえ、私達は本来美しい王宮やお屋敷で王女や貴人をお守りする可憐な女騎士ですよ?
今日私達のグループは、ダンジョン内での非番中ということで、外から収集してきたお酒を一部私物にできる日ですので。
半日ほど飯困らずダンジョンから収集してきたお酒で、大いに酒盛りして、ぐうたらと過ごしております。
移動拠点に運び入れた風呂に浸かり、温めた日本酒を飲みながら湯を楽しみ、ダンジョンで戦った疲れを癒やし。
風呂上がりに火照った身体を冷ますために、パンツ一枚の格好で水に漬け込んで冷やしておいたウイスキーや日本酒を飲みます。
「ぶっはああああ~~、美味しい~~、生きててよかった~~」
「今日もトルマリン宝石出なかった、欲しかったのに!」
「あれってそんなに出ないからなぁ、でも代わりにあの階層お酒はよく出るし」
多数の乙女がおっぱい丸出しのパンツ一枚の格好で、お酒を飲んで赤い顔してケタケタと笑っているこの状況。
なんですかねこの姿は……騎士の姿ですか? これが?
もし外にいる男の冒険者にこんな姿を見られようものなら、生き恥を超えた生き恥ですよ。
ですけどね、休日くらいこんな感じで羽目を外していないとやってられないんですよ正直!!
そんなことを考えながら、この終わっている見た目の酒乱パーティをしていると、外の扉からノックがありました。
「うい~、どちら様でしょうか」
「ニコです、ヴィヒタ副隊長。
新規階層が出現して、新しいドロップが発生したため、報告のため急ぎで持ち帰ってきました」
つい最近、トルマリン宝石の出る新規の階層ができたばかりですのに、早いことですね。
これだけ異常な人数がダンジョンに押しかけていると、やはりダンジョンの成長速度も異常になってしまうようです。
「何が出たのですか?」
扉を開けると、私達のひどい惨状を見てニコが一瞬うわぁ……って顔をしましたが、
先日のあなた達もこんな感じの格好で過ごしていたでしょう……。
私達もあの時うわぁ……って思いましたからわかりますけど。
「……ええと、氷です、氷が出ました」
「氷?」
そういうとニコは氷をひとつ取り出しました。
四角いレンガくらいのサイズの氷です。
「ええ、ただの氷ではありません、どうやら常温では溶けないままずっと冷たさを保ち続ける魔法の氷のようなのです……。
ああ、口には絶対に入れないでくださいね、舌や唇に張り付いてしまうと、体温程度では溶けませんのでひどい目にあいますよ……」
その言いぶりからするに、すでにひどい目にあった娘がいるみたいです……。
「ねえねえニコ、それでお酒って冷やせる?」
「そうよそうよ、お酒を冷やすためにダンジョンが出してきた品でしょ? それって」
みんなが好き勝手なことをいっています。
たしかに水風呂の水に漬け込んで冷やしたウイスキーや日本酒も悪くはありませんが、もう少し冷えてくれたらもっと最高だというのは常々思っていましたのでわかります。
さっそく氷の上に酒瓶を置いてみますが、なかなか冷えません。
ですので、たらいの中に水を張り、その中にレンガのような氷を投げ込みます。
そして水を冷やすようにぐるぐるとかき回していると、だんだん水がキンキンに冷えてきました。
水はキンキンに冷えていくのに、投げ込んだ氷は入れたときのサイズのままです。
たしかにこれは、ダンジョンの不思議な魔法の氷としか言いようがありませんね。
こんな物体は地上には存在しません。
「やったぁ~、飲みかけのこれとこれも、もっと冷やそ」
ウイスキーの瓶をキンキンに冷えた水の中に5本ほど漬け込みます、中には日本酒が詰まっている瓶もあります。
水に漬け込んで冷やす場合は、あの紙の箱より瓶のほうがいいからです。
「ねえねえ、これでスイカも冷やしていい?」
「あ、それ美味しそう」
「まってよ、これにスイカを入れるの? 邪魔でしょ、お酒をいれるスペースがなくなっちゃうじゃない」
「冷やすならスイカよりトマトやきゅうりのほうがいいな~。
それを細かく刻んで、蒸したニワトリの肉をほぐして上に乗せて、めんつゆをかけて食べるの」
「うわあ、それもすごい美味しそう」
「だから、そんなの入れてたらお酒をいれるスペースがなくなるでしょ!」
「うるさいわね、酒しか興味がないの? あなたは?」
「スイカ入れようよ! 冷えたスイカ食べたい!」
「スイカはやめてってば! ヴィヒタ副隊長はどう思います!?」
「目当ての食材が全部入る大きさの木桶を作りなさいっ!!」
「あ、はい」
くだらないことで、喧嘩が始まりそうになってしまったため新しい木桶を一つ作るように命令します。
温泉水を運ぶための樽を使ってもいいのですが少々大きすぎますし、勝手に備品の樽を食材やお酒の冷却用に使って減らしてしまうのもまずい気がしたので作らせます。
「予備の建築資材を少し使って作っちゃっていいですよね? 大したものでもないしさっさと作っちゃいましょ」
「こら! 服を着て出なさい! ここは温泉ダンジョンじゃないんですよ!?」
パンツ一枚で外に出ようとした部下を慌てて止めます。
「あ、やっば! 危ないところだったわ、ついいつものクセで」
そんないつものクセがあること自体がどうかしているのですが。
女性しかいない温泉ダンジョンの地下で、全裸で石鹸を掘り出してるような狂った日々を送っていると、感覚がおかしくなっていくのです。
やはりダンジョン生活はよくありません、なんだか正しい人間性がどんどん失われていっている気がしてなりません。
私達は本来、美しい王宮やお屋敷で陛下や貴人をお守りする可憐な女騎士のはずなのですよ?
強く美しく、セパンス王国の淑女達が憧れる存在、それがセパンス王国女騎士第2部隊。
温泉ダンジョンで得た美貌によって、ますますそのイメージは世間で膨れ上がっていっているはずなのです。
なぜです? それなのになぜ美貌が手に入るダンジョンが出来た結果。
毎日ダンジョンで戦って戦って、休日には裸で酒を飲んでぐうたらするような日々になってしまったのですか?
私達は一体なんのために温泉ダンジョンで美貌を手に入れたのですか、なんのために?
美しくなっていく外見と反比例するように、実生活はどんどん美しくなくなっていっているじゃありませんか。
第2部隊に憧れて入隊を目指して訓練をしている新兵が、現在の私達の姿を見たら泣きますよ。
私は、なんだかカッカしてきた頭を冷やすために、キンキンに冷えた水に漬け込まれた日本酒の瓶を手にとって、少し飲みます。
「うはぁ……美味しい……」
火照った身体に、凍りつくように冷えた喉越しの、最高級のお酒の味。
水面が凍りつくような真冬の時期でなければ、決して味わえないこの冷たさを。
寒くない時期に飲むのが、これほど心地いい事だなんて思いもしませんでした。
真夏の疲れた時期にこれを味わったらどうにかなってしまうかもしれません。
あー、もういいです、美しくない堕落した生活上等です。
今はこの心地よさに心を委ねることにしましょう、休日ですからね。
 





