漆黒の審判
温泉ダンジョン
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セパンス王国は今日も元気に混乱していた。
まず男性第1部隊の集団の意見が激しく割れていた。
通常、他国の巨大ダンジョンから祖国に戻ってきた第1部隊は一月の休息期間が与えられ、その期間はひたすら。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女女ッ!!!!!
飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯ィ!!!!!
酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒酒ェ!!!!!
と、一ヶ月ほど好き放題、嵐のように散財と酒池肉林の毎日を繰り返したあと、またダンジョンへと帰っていくのだが。
今回は意見が食い違った。
いつも通り、女、飯、酒と、国の歓楽街で遊び呆けて羽根を伸ばす者もいる。
飯困らずダンジョンに籠もったほうが、飯も酒も美味いので、帰国中であるにもかかわらずダンジョンの奥に籠もる者もいた。
そして、トウジ隊長ら女騎士部隊に実力が追いつかれていた事実が受け入れられずに、温泉ダンジョンについて詳しく調べだす者が半数ほどいた。
「この訓練効果が上がるという10階層の湯、こいつをまず持ち帰ってもらわねばならん!」
ダンジョン資料館で温泉ダンジョンについて調べていたヒトウ隊長がそう告げる。
「いや……しかしですよ、ヒトウ隊長? そいつをトウジ隊長らに飯困らずまで持ち帰ってもらうまでにどのくらいかかるのです?
余った休息期間をすべて訓練に充てても期間が短すぎて焼け石に水でしょう?」
「トウジ隊長のように、ずっと王国に滞在できなければ意味がありませんって……」
「ぐぬううう……滞在許可をユーザ陛下に進言しても無駄か……。
温泉ダンジョンの攻略は、トウジ隊長の部隊の実力で十分事足りるし、ユーザ陛下も完全な自分の私兵である女騎士の強化は歓迎しているだろう。
武具ダンジョン27階層を攻略する力を身につけたいという大義を示したところで、今の国の状況を踏まえると。
武具ダンジョン、27階層の伝説と言われている剣なんぞより、再度、鉄ダンジョンの資源をもっと取ってこいと陛下はお求めになるだろう。
……滞在したいが滞在するための大義名分が何も出てこん」
なお、バフ飯効果による修行であれば一応すぐにでも訓練可能なのだが、修行日数の不足はどうしようもない。
そして、そのバフ効果の飯については、現状秘匿情報なので資料館にもまだ載ってはいない。
ヒトウ隊長は、修行を求めて自分についてきた部下達にも、諦めて休息を取り、しっかりと休むように命じた。
今回の休息は小骨が喉に刺さったようなスッキリしない気持ちで過ごす休日になりそうな気がした。
♨♨♨♨♨
「飯困らずの方に、新階層がもうできたのですか? しかも2階層も」
「ええ、ヴィヒタ。 飯困らずの深層で、酒好きな第1部隊の方々が最下層で鶏と酒を貪ってたら、新しい階層を見つけたそうよ。
それで、出てきたのがこれ」
そう言うと、アウフはめんつゆと、宝石の装飾品を取り出す。
「うわっ! 凄い! めちゃくちゃ綺麗なトルマリン宝石じゃないですか!?」
ヴィヒタが興奮気味に食いつく。
「ダンジョンでの発掘事例のない宝石の中では、トップクラスに女性貴族に人気の宝石なんでしょ、これ?
ああ~、温泉ダンジョンさんに宛てたお手紙にこのこと書いておいてよかった! 絶対読んでくれて、反応してくれたんだわ!
あんなに小さく書いてたのに、ちゃんと隅々まで読んでくれてるのよ! 嬉しい!」
女性貴族に人気の宝石なんでしょ? と、公女という、女性貴族の中の女性貴族のくせに、まるで他人事のようにアウフが言う。
そんなことより温泉ダンジョンさんがちゃんと手紙を読んでくれていた事実の方が大事らしい。
「そうですよ! かの英雄クジョーとその想い人のダイヨ! その二人の恋愛を繋いだのがトルマリンの宝石でー……」
セパンス王国のみならず、この大陸でもっとも有名な恋愛小説のシナリオを熱くヴィヒタが語りだす。
超絶有名作なのでアウフも一応目を通してはいるのだが、ああ、そういえばそんなエピソードあったわね、くらいの温度感で聞いていた。
とにかく女性貴族の中でトルマリン宝石が、異様な人気になった原因のひとつなのは間違いないだろう。
「はぁ~、これが今の飯困らずダンジョンでは採れるんですか……。
ダンジョンに住んでる時期でも休暇日に採れた場合なら……私物にする権利があるのですから……私がこれと同じものを手に入れる可能性も十分に? うふ……うふふふ」
ヴィヒタが、すごくネットリとした瞳のニヤついた笑顔で、美しい宝石を眺めていた。
純粋に美しいものを眺めている時の顔ではない。
これと同じものがいずれ自分の物になるんだな~と確信した、欲にまみれた感じの笑顔であった。
「……それと、これなんだけど」
「ん? あ、はい。なんですかその黒い液体は?」
ヴィヒタは、宝石に目を奪われ、心の底から忘れていためんつゆの方に目を向ける。
「わからないわ」
「飲み物……なんですか?」
「……わからないわ。
ただ、この入れ物が凄いのよ!
すごく軽くて、当然のように水分は一切もれなくて、そして……丈夫で、ガラスのように割れたりもしないのよ!
材質はコショウ瓶のふたと同じに感じるけど、こんな風に透明に作ることもできたなんて……」
そう、アウフにとってはトルマリンの宝石よりもはるかに、ペットボトルの容れ物の方が凄いもののように思えていた。
この未知の容れ物が、温泉ダンジョンの意思が住んでいた世界では当たり前の品なのだ。
「あ、本当ですね、容れ物自体はすごく軽くて中の水分の重さがほとんどのようです。
……これ水筒に便利そうですね?
とくに9階層の温泉はこれに一つ携帯しておきたいです、骨が複雑に折れたりした時にあれをかけると。
骨折そのものは治りませんが、骨の位置と形が正常な形に戻りますので、治療薬として一つあると便利ですし。
……ところで、この中の黒い液体は出してみても?」
「ええ、少量だけ飲んでみて」
「では……、いただきます。
んん……。
なんですか、これ?」
「わからないわ」
「……いや、まあ、美味しいといえば美味しいんですけどね、なんでしょうかね……これ?」
「……魚醤みたいな……調味料なのかしら?」
「調味料にしては味が薄すぎませんか?」
「う~ん、これは……料理の先生や、美食家の方々に任せるしかなさそうね」
鮮度の悪い肉や食材の臭みをごまかすように、塩やコショウを大量に振りかけ、強烈で直接的な味付けをするのが正義の世界の住民にとって。
昆布出汁による繊細なる旨味を理解するのは、まだ早すぎたようである。
♨♨♨♨♨
のちにセパンス王国で神の舌をもつと言われる料理人や、美食家貴族の重鎮の一部が、めちゃくちゃにめんつゆの味を褒め称えたが、賛同者はそれほどいなかった。
そして一部の美食家が、めんつゆの繊細なる味がわかる者と、わからない愚か者の2つに、美食家を分類し始めたりしだした結果。
貴族の美食交流界隈で大喧嘩のような揉め事が頻繁におこりはじめた。
そして、色々あってセパンス王国でめんつゆは、愚者の舌を暴く漆黒の審判、という意味の名前をつけられてしまった。
もっとも、どんなネーミングをつけられたところで異世界語翻訳の都合、温泉マスターには「めんつゆ」と聞こえるわけだが。
もしセパンス王国でつけられたネーミングを意味を込みで聞いたら、温泉マスターは噴き出していたことだろう。
飯困らずダンジョンの深層では、鶏肉と玉ねぎを炒めたあと卵をぶち込んで、めんつゆで味を付けて煮るとクソ美味いぞ、という料理が冒険者の中で流行り始めた。
親子丼の誕生であった。
飯困らずダンジョンで最高の食材ばかり食べている冒険者たちのほうが、セパンス王国の下手な美食家貴族よりも舌が肥え始めているのである。
飯困らずダンジョンの地下に住み着いている冒険者たちは、めんつゆをだんだんと使いこなし始めていた。
それでもめんつゆそのものは、酒のハズレドロップのような扱いではあったが、冒険者の中でもとても美味しいものとして認識はされている。
なにより地上の美食家貴族が、これの味をわかるのはステータスだ希少価値だ、美食貴族の誇りだ! と無駄に意固地になってしまっているため。
市場価値自体は異常な高額に設定されたため、実入りの意味でもさほど悪くない品となった。
ただ、もう1階層降りて宝石を狙ったほうが、遥かに高額の実入りだったのと、ウイスキーのほうが人気な事は変わらなかったため。
めんつゆは、酒狙いの冒険者がたまに持ち帰る超希少な調味料といった地位を築き始めた。
そんな最中、王宮ではユーザ陛下ら重鎮一同は会議を開いていた。
「はー、……このクソ忙しい時に、バカどもが無駄な騒ぎを起こしおって……。
各自、今週の特筆事項の報告をせよ」
「はっ、ヒトウ隊長率いる第1部隊が、再度鉄ダンジョンへと向かいました。
まだまだ鉄の需要は莫大です、この度出てきた宝石の利益により、金銭による鉄資源購入量も倍に増やせる見込みです。
同様に糸ダンジョンの布と糸も、酒から得た利益で大量に仕入れる手筈となっております」
「マーポンウエア王国のシルド団長らが、セパンス王国のダンジョンへの長期滞在を希望しております。
表向きの理由は、自国の女騎士も独自にテタ王妃を11階層の浴槽まで運ぶ力を身につけるべく、10階層の温泉を使い修行をしたいとの事です」
「表向きの理由は、じゃと?
なにか裏があるのか?」
「はっ……、シルド団長はプライベートでは無類の酒好きで知られており……。
少し前テタ王妃が来臨なされていた際、王妃がシルド団長に飯困らずダンジョン産の酒を渡したのがよくなかったようです……。
あの酒の味が忘れられないと、シルド団長は団長の座を降り、それどころか家と故郷を捨て、セパンス王国の一冒険者になろうと一度画策したらしく……」
「……はあ」
ユーザ陛下は呆れた顔で報告を聞く。
「むろん、そんな事が許される立場ではないことは明らかですので。
その、団長職はそのまま籍を置いてもらいつつ……表向きの理由として先程のような条件でセパンス王国に長期滞在を求めたようで」
「……そうか、温泉ダンジョンの最下層まで来られる数少ない他所の女を長期滞在させるのはあまり気は乗らんが、他国の軍にダンジョンを開放しておる以上断れる道理もないのう……。
受け入れるしかなかろう、次じゃ」
「灯台の灯りを強化した事により、我が国の港に立ち寄る交易船の数が倍増しました。
これまでに、わが国とは交流のなかった商船も多数報告されており、新しい販路の拡大が期待されます。
ただ……」
「ただ?」
「我々のみならず、お互いに全く未知の大陸からの船団も確認されております。
こちらに関しましては……その、とてつもなく大きな話の前触れになるかと思われます、いい意味でも、悪い意味でもです」
「はっはっはっはっはっはっは、そうかそうか、広い海には知らない大陸がまだあったんじゃのう。
未知の文明を授かれる素晴らしい交易相手になるのか、はたまたよその国と連携してでも対応せねばならん侵略者となるのか……か。
あああああああああああああああ!!」
ユーザ陛下が奇声を上げて机をぶっ叩くと、重臣一同は、またかとばかりにため息を付く。
「このクソクソクソクソクソ忙しいときに、そんなとびっきりの厄ネタが入ってくるでないわっ!
ああもう、その何年も腹の底では警戒しながら、表面上はにこやかに付き合わんといかんそいつらの対応をしとったら!!
その間ダンジョンもまた、ポコポコポコポコ好き勝手に大きくなるんじゃろ???
まいどまいど、世間を混乱させる意味不明な効果と、わけのわからんアイテムを携えてな!!
何が愚者の舌を暴く漆黒の審判じゃ馬鹿! なんであんなもの一つで茶話会のたびに殺し合いになるような大喧嘩になっとるんじゃ! ただの美味しい調味料じゃろうがっ!!」
ユーザ陛下がひとしきり不平不満をぶちまける。
忙しさが許容値を超えた時のユーザ陛下の発狂は、ここ最近の会議での風物詩である。
セパンス王国は今日も元気に混乱していた。





