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特訓の成果

 セパンス王国騎士団、第一部隊。

 セパンス王国における文句なく最強の騎士団である。

 男性の騎士団の第1部隊も存在し、その待遇は、トウジ隊長率いる、女騎士の第1部隊より一回り高い。

 理由は単純に、潜れるダンジョンの階層が男性騎士の方が上だからである。

 主な要因としては、たとえトウジ隊長一人が、男性の第1部隊に引けを取らない実力だとしても、部下すべてがその強さを身に付けられるはずもないからだ。


 そんな第1部隊は、鉄ダンジョンから数年ぶりにセパンス王国へと帰還していた。


「我々が持ち帰った鉄のみならず、とんでもない予算を使って鉄を買い集めていたそうで。

 ……なにか周辺で良からぬ動きでもあるのですか?」


 男性騎士団、第1部隊隊長、ヒトウがそうユーザ女王陛下に問いかける。


「ああ、そういうきな臭い話ではない。

 おぬしらが鉄ダンジョンに潜っておる間に、我が国のダンジョンが急成長を遂げ始めていてな、そのダンジョンの周囲を城塞で囲み防衛する予定なのだ。

 なぁに、稼ぎ頭のダンジョンの防衛に湯水のように予算を突っ込むのは、どこの国でもやっておることじゃろ? 周辺国からもさしたる文句は出まい。

 ……場合によっては王城を、飯困らずダンジョンか温泉ダンジョン、どちらかの周辺に移転することになるやもしれん。

 これはまだ他の奴には言うなよ? 今の城下町の土地を所有しておる貴族どもがどう反発するかわからん」


「そこまでのダンジョンに成長する見込みなのですか?」


「ああ、今の飯困らずダンジョンは、過去のしょうもないダンジョンとは、もはや全くの別物じゃぞ。

 美味い飯がいくらでも取り出せるダンジョンを内側にかかえた城など誰が落とせる?」


 ユーザ陛下はそういってニヤニヤと笑う。

 たしかに、防御一辺倒の籠城のみを考えた城を落とす方法は、補給を断つ兵糧攻めが基本だ。


 たとえば鉄ダンジョンをかかえている、クラプス王国の防衛の準備は異常である。

 かつて、野心をかかえていた、マーポンウエア王国の侵攻に備え。

 難攻不落の王宮を、難攻不落の砦で幾重にも取り囲んだような頭のおかしい過剰防衛とも言える作りをしている。

 ただ、どれほど強い防御網を用意したところで、食料と水の補給路を断ってしまえば、内部から崩壊していくものだ。


 兵糧攻めが一切通用しない城。

 少し考えただけでも、夢のような状況だ、王城を移転する価値は十二分にあるように思える。


「ま、侵略する気が起こらなくなる程度に取り繕えればそれで良いのだがな、争わずに済むのならそれに越したことはないからの。

 それより、お前たちを呼び戻した理由はそなたらの損傷した肉体の治療が目的じゃぞ、準備はできておるのか?」


「数年ぶりの故郷ですからな、せめて部下たちが羽根を伸ばす期間は与えてやりたいのですが」


「今夜いっぱいは好きに遊ぶ事は許す、その準備もしてやる。だが翌日には出発せよ、故郷を懐かしむ休息は治療が済んでからにせい」


「御意」




♨♨♨♨♨




 翌日、第1部隊は飯困らずダンジョンの中へと向かっていた。

 第1部隊の知っている飯困らずダンジョンの姿は、まだ温泉ダンジョンが出来る前の頃の状態だ。

 8階層まではよく覚えているのだが、低階層が何倍にも広がっていた事や、出てくる食べ物や生えている植物の変化に驚いていた。

 そして出てくる食べ物のどれもこれも、異様なほどに美味い。

 鉄ダンジョンの地下で、まずい食事をしていたから特別美味しく感じているわけではない。

 ここで採れる食材そのものが美味いのだ。


 ダンジョンを下り、指定されていた9階層までたどり着くと。

 そこには車輪のついた奇妙な建物があり、その周囲には見慣れない女騎士達がいた。


「よう、ヒトウ隊長、久しぶりだな」


 見慣れない筋肉質な美形の女騎士が、気安くそう話しかけてくる。

 誰だ?

 鎧や装備を見るに、彼女も隊長のようだが……、ヒトウ隊長の記憶にこんな女騎士隊長はいない。


「すまんが誰だ? 新人の隊長を記憶していられるほど世情には詳しくなくてな」


「あー……そうか、そうだったな、お前にはわかんなくなってたんだな……。

 私はトウジだよ。ほら、後ろにいるのは、ユネブ副隊長だぞ?」


 そう告げると、男性第1部隊の面々は全員、何を言っているんだ???? といった顔になった。


「これが温泉ダンジョンの湯の効果なんだ……。

 あれはな、もはや美容効果とかそういう問題のシロモノじゃないんだよ。

 なんならお前たちも爽やかなイケメンになっていくか?」


「……いや……遠慮しておく」


 ヒトウ隊長は、ユーザ陛下が異様なほどに美しくなっていた事を思い出す。

 だから、温泉ダンジョンの温泉には、異常なまでの美容効果があるということまでは想像していた。

 ただ、ユーザ陛下は元から美女なのである。

 異常なまでに肌が若々しくなり、恐ろしく美人になっていた事には驚いたが、まだ常識の範囲内なのだ。

 トウジ隊長や、その仲間たちのゴリラ女どもが、爽やかな美女に変形しているのは、あまりに常識から外れすぎている。


「ああ……なんか、国中の女子がめちゃくちゃキレイになって見えていたの、あれって幻覚じゃなかったのか……」


「久々に地上に出てきて、溜まりすぎて自分の頭と目がおかしくなってたのかと思ってたぞ、俺」


「昨晩の歓迎の嬢、とんでもない美女が勢揃いで、ユーザ陛下俺達のために奮発してくれたんだな! と思ってたけど、ただ全員が美女になっていたのか……?」


「いや~、最高だったな! そりゃ素晴らしいダンジョンが出来てくれたものだ、昨晩は興奮しすぎて10人くらい一気にベッドにな……」


 第1部隊が、昨晩受けたであろう“歓迎”の事を思い出し、品のない思い出話を始めたので、トウジ隊長が一喝する。


「おいおい、下劣な話は男衆だけで勝手にやっておくれよ。

 さっさとこの建物に用意した湯に入んな」


「ああ、それはいいんだが……なんでわざわざこちらのダンジョンに湯を運ぶなんて面倒くさい真似をしているんだお前ら?

 直接その温泉ダンジョンとやらに入りに行かせればいいだろ」


「あっちのダンジョンはもう、他所の国の女騎士や貴族、王族クラスですら、大勢引き連れて、自由気ままに入ってるからさ。

 お前らみたいなケダモノを大人数入れられるもんかね、国際問題に発展しちまうよ」


「ああ……、もう他国の貴族に開放もしている段階なのか……。それじゃ無理だな」


 ヒトウ隊長が、酷い言われようだが、事実だから仕方ないとばかりにため息を吐く。

 今でこそ昨晩の熱烈な“歓迎”で人間の心を取り戻してはいるが、普段ダンジョンに押し込められた限界状態の第一部隊の一部の心理状態はまさにケダモノだからである。

 末期には、尻がぷりっとした猿のモンスターの全身の毛を剃って縛り上げ、長髪のズラを被せて使うくらいには。


「今回用意したのは、3歳ほど若返る湯と、肉体の歪みが治る湯、あとは歯が治る湯だ。

 口をゆすぐだけでいい歯はともかく、ほかは全員一度には入れないからな。順番に入りな」


 そういうと、特に示し合わせたわけでもないだろうに、第1部隊は阿吽の呼吸で順番に入り始める。

 何年もダンジョン内で軍隊行動をとって生きている集団である、こういった順番でもたついたりすることはない。


「さて、ヒトウ。

 鉄ダンジョンの探索……何階層くらいまでいけた?」


「最下層の26階層までたどり着けるぞ。ただ、たどり着けるだけでほとんど意味はないがな……。

 ドロップ品を集めつつの探索を続けられる階層は、結局24階層が限界だからだ。

 25階層を長期的に回り続けるのは、物資も持たんが、何より武器が持たん。

 あれ以下の階層を巡るには、25階層まで食料などの物資の輸送ができる独自の部隊や、

 武具ダンジョンにある赤の剣のような、規格外の武器がどうしても多数必要になる」


「そうかそうか。湯船の浸かる順番を待っている間、そういう話をもっとたくさんしておいてくれ」


「?」


 トウジ隊長は今、この会話はダンジョンの意思が聞いているであろう前提で話をしている。

 セパンス王国最強の騎士である、ヒトウ隊長が来ているのだ、おそらくダンジョンの意思にとって。

 この私達の会話は聞く価値がある内容だろう。

 見ている可能性は高い。


 強力な武器がなければ、25階層以下の階層には手が出せない。

 そういった情報を聞かせてさえおけば、温泉ダンジョンの意思は、そこまでに対策をしてくれるだろうと考えての事だ。


「あと一つ。

 身体のガタが治ったら、手合わせ願えるかい?

 ずっと私達も鍛えてはいるんだけどね、セパンス王国の防衛を陛下に任されちまって、今は他所のダンジョンの深層に私達は行けないんだ。

 どのくらい腕が上がったのかが、どうにも実感ができなくてねぇ」


 そういうトウジ隊長の顔は戦いたくてウズウズしている顔をしていた。

 トウジ隊長だけではない、なぜか周囲の女騎士第1部隊の面々も、力を試したくてウズウズしているような様子が窺えた。


 なにかおかしいな、と、ヒトウ隊長は思う。

 トウジ隊長は元からそういう戦闘狂ではあったが。

 それ以外の部下達は、敵うはずもない我々男性の第1部隊に嬉々として挑もうとするような戦闘狂ではなかったはずだ。


「うおおおおおお!!! こりゃあすげえや、ヒトウ隊長! まじで身体の歪んでた部分が全部正常化しましたぜ、この湯!?」


 第1部隊の部下たちが、歓喜の声を上げながら、温泉から上がってきた。


「そうかい、そうかい、そりゃ結構。

 それじゃ、せっかくだからその元気になった身体で、少しばかりウチの部下に稽古をつけてやってくれないか?」


「ふうん? いいのかい、トウジ隊長さん? 部下が痛い目にあっちゃっても、へへへ」


 指名された一人の男が、ゲスそうな顔で笑う。

 第1部隊は、扱いこそ騎士ではあるが、大半は飯困らずダンジョン低階層の出身で、教養などなく、出世の仕方も武力だけで成り上がってきた存在だ。

 騎士となった今の生活も、ダンジョンの奥底でずっと戦い続けているような人生をおくっている。

 そんな集団の気質は騎士というよりも、ヒトウ隊長という話が通じるお頭に統率されているだけの蛮族や海賊に近い。


 普段の第1部隊なら、ゴリラ女の相手なんてしても、なんの得もないから断られていただろうが。

 今の第1部隊は、筋肉質ではあるが、見目麗しい女騎士である。

 稽古中、多少服が破れる程度に痛めつけたり、押さえつけて色々触るくらいなら出来るだろう。

 そんな邪な考えを持ってニヤニヤ笑いの男は、手渡された木剣を持ち、トウジ隊長の部下の前に立って、構える。


 しかし打ち合いが始まると同時に、ニヤニヤと笑っていた男の顔色は瞬時に驚愕の顔に変わる。

 これは……。 互角!? いや。 まさか。 押されて……。


 慌てて気を引き締め打ち合うが、序盤に動揺した分の差は埋めることはできず、そのまま押し切られるように打ち倒された。

 倒された男騎士は、信じられないといった様子だったが。

 打ち倒した女騎士は、かろうじて倒せたという結果に不満そうな顔をしていた。

 そして、トウジ隊長もこの結果を見て、少々不満げな顔をしていた。


「うーん、こりゃ最初に油断してもらってなければ互角だったってところかねぇ……?

 あそこまでして鍛えたのに、まーだ、アンタ達と互角の段階なのかい。

 男の身体ってホント武術にゃ有利なんだね、全く。

 いっそのこと、温泉ダンジョンが性転換の湯でも出してくれないもんかね」


「やめてください隊長! 本当に出されたら困ります!」


「だいたいそんなものに入ったら、温泉ダンジョンから追い出されますよ、隊長?」


「ただでさえ隊長は男と勘違いされて、悲鳴をあげられているんですから」


「ああ、そうか、それは困るな……。って! 最後のは余計だろコラ!!」


 そんなしょうもないやり取りを、男騎士たちは呆然とした顔で見ていた。

 この様子からも、トウジ隊長達は、こちらの部隊に勝利したことを大金星の快挙と判断していない。

 むしろ、圧勝できなかったことに不満そうな様子すら窺える。


 一体この短期間で何があったというのだ?

 単なる美容や治療の存在としてのみ認識していた温泉ダンジョン。

 ヒトウ隊長とその部下たちは、その評価をこの一件で改めた。

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