再走確定
「16階層による部品強化がなければ確実にすぐ壊れます……温泉水の重量がかさむとかなり厳しいです、また地面が重量で凹んでいくため車輪のサイズを広げる必要が……。
すると今度は、重たくて動かすのに人員を増やすか、筋力強化の薬を14階層の蒸し湯で製造し続ける必要が発生し……」
アウフお嬢様に、ご報告するべき内容を頭の中でまとめております。
結論としては、移動住居は住めないこともないのですが。
今の状態のままでは、近い将来必ず無理が発生して破綻するため、量産に入るのはまだ早いといったところでしょうか。
しかし試作品第一号としては、まずまずな感じだと思われます。
私は、部下の子たちを現場に残し、1週間ほど過ごした上で感じた結果を報告するためナウサ公爵邸へと戻ります。
「あ、ヴィヒタ! おかえりなさい、ちょっとこれ飲んでみない?」
帰るなり透明な謎の液体を差し出されました。
なんですかこれは? 匂いからするとお酒のようですが……?
飲んでみたところ、ダンジョンで取れるウイスキーというお酒と同じように、喉が焼けるような強い味がするお酒でした。
ただ、ダンジョン産のお酒と違って、ただ強いだけで特に美味しくはないといったところでしょうか。
「これは……新しく飯困らずから出てきたお酒なのですか?」
「違うわ、私があのお酒を参考にして作ってみたの。
味を濃くしようと煮詰めたら、お酒ってアルコールが強くなるどころか、薄くなって消えちゃうわよね?
だから、蒸気からお酒のアルコールの成分って抜けていってるんじゃないかなって思って、特製の蒸留装置を作って、セパンスにある既存のお酒から抽出してみたわけ。
そしたらこんな強いお酒が作り出せたわけなのよ! これは発見よ! 新しい発見!
そうよ! 飯困らずダンジョンで作られているものは、自力で作り出せるのよ!」
「アルコールって、熱したら消えてしまうものではなかったのですか?」
「ええ、アルコールは熱したら変質して消えると言われていて、砂糖や塩みたいに煮詰めて濃くする事は不可能というのが定説だったんだけど。
実は、アルコールは蒸気になってゆっくりと外に抜け出ていただけなのよ!
……問題は、これだけだと喉が焼けるだけであんまり美味しくないってことなんだけど。
うう~ん? ここから何を混ぜたらあの味を作り出せるのかしら? 果汁を入れても一応美味しくはできるけど違うのよね」
お嬢様が、ダンジョン産のウイスキーを眺めながらそう言っております。
ダンジョンの品は、ダンジョンの魔力で作り上げられた人知を超えた品なのですから、再現などできるわけはないと思うのですが。
どうにも、アウフお嬢様は、飯困らずダンジョンから出てきた品は、人の技術でも再現が可能だと信じているようです。
「意外ですね? てっきりお嬢様はダンジョン内移動住居の研究をされているかと思ったのですが……?」
「あれをさらに改良するには専門的な知識が多すぎて、私の手を離れて、王宮の技術者が集まった研究所にお任せの段階になっちゃったから。
もちろんヴィヒタ達の実体験の報告内容をまとめて、問題点の改善案の提出は続けるけど。
細かな製造に関して私が出る幕はもうないんじゃないかしら?
鏡で作った灯台の灯りだってそうよ。
あれも私が作ったものを、そのまま使用してはくれないわ。
研究所で、専門家の先生達がもっともっと適切な構造に洗練して、作り直したものを採用するんだから。
私の役割は、情報を集めて、アイデアを出して、不格好な試作品を作る係なのよ」
そう言いながら、アウフお嬢様は、鍋にパイプがぐちゃぐちゃに溶接された謎の器具を見つめています。
なんですかこれは?
「これが、蒸留水を作る装置を改造して作った、お酒を濃くする装置ね。
ここで温められた蒸気がここを通って~、ここで冷やされることでここから水分になって出てくるわけなんだけど……。
ね? 不格好でしょ?
私の役割は、こうすればあのダンジョン産のお酒の元みたいなものが作れるという研究結果を報告するだけよ。
これを有益なものとして大量生産の研究をするか、無駄なものとするかは、陛下や技術者のみんなの判断次第かしら。
でもこの濃いお酒が大量生産できたら、必ずセパンス王国の新しい産業に……」
アウフお嬢様は随分と楽しんでおられるようで……。
お嬢様の思いつきには、私達もずいぶんと忙しく振り回されていますが。
王宮の研究所は私達以上に、てんやわんやの大騒ぎになっているのではないでしょうか?
♨♨♨♨♨
てんやわんやの大騒ぎになっていたのは、王宮の研究所だけではなかった。
温泉ダンジョンの温泉水は、飯困らずダンジョンの同階層に持ち込めば同じように効果が出るという発見は。
温泉ダンジョンの温泉水の持ち帰りに大きな価値が発生したと同義である。
2階層の温泉に頻繁に入りに来ていた一般人は、各自小樽1杯分の温泉水を帰り際に持ち出すことが恒例となった。
地上に戻れば商人に売ることができるからである。
セパンス王国の一般市民の少女から熟女までが、皆一様に温泉水を持ち帰り、簡単な小銭稼ぎをしていた。
飯困らずダンジョンの2階層まで持ち運んだ温泉水に、男冒険者が浸かると。
1階層の温泉水では治りきらなかった肌や髪の傷みが消え去り、ワイルドな冒険者達に爽やかさが発生し始めた。
「爽やかな男性って素敵!」「男も身だしなみは大事よね」「男性だって肌は綺麗な方が絶対いいわよ」
温泉水の持ち帰りが金になり、特に自分たちの温泉美容事情にも、なんら悪影響を及ぼさないとわかった途端。
セパンス王国の女性たちは、男だって身だしなみは大事な時代だと唱え始めた。
かつて、自分たちの入浴を脅かさないために、徹底した温泉ダンジョンからの男性排除や、冒険男のワイルドな外見の良さを訴え続けていたにもかかわらずである。
手のひら返しここに極まれりである。
商人たちも、この産業は莫大な金になる匂いを嗅ぎつけているため、そういった風評作りには黙って全力で乗っかる事にしていた。
そうです、これからは男も身だしなみに気を使う時代なのです!
この熱い手のひら返しは、商人のみならず、温泉輸送産業に乗っかることのできる貴族たちの間にも伝播した。
飯困らずダンジョンに持ち運ばれた2階層の温泉は、人一人がようやく入れるサイズの樽に入れられ、その樽に何百人という男の冒険者がとっかえひっかえ入る。
当然のように、瞬く間に湯はドロドロに汚れた汚水と化した。
しかしダンジョン間を挟んだお湯の持ち運びは非常に重労働のため、徹底的に湯は使い回さざるを得なかったのだ。
ゆえに、温泉に入る前に、湧き水で徹底的に身体を洗ってから、温泉水の入った樽にさっと浸かって出るという流れが作られた。
こんなものもはや温泉とは呼べない、ただの肌の治療行為である。
4階層の若返りの湯などはたった一度限りの効果のため、早いもの勝ちであった。
真っ先に動いた5人の女性冒険者は、一週間かけて、飯困らずダンジョンの4階層まで樽1杯分のお湯を運んだ。
そして、男性冒険者に4階層の湯に入る権利を売り捌いた結果。
お湯が使い物にならなくなる頃には、彼女たちは普段の冒険の数年分の収益を得ることが出来た。
そんな儲け話を成功させた話を聞けば、女性冒険家たちはこぞって全員4階層の若返り湯を汲み出しにかかる。
あらゆる女性冒険者が4階層の湯を運び出し、飯困らずダンジョンで男性冒険者達に3歳の若返り効果を売りさばいた。
そんな女性冒険家たちの金稼ぎバブルの乱痴気騒ぎを、女騎士第1部隊と第2部隊の面々は完全に無視していた。
多少の儲けのために、浅い階層の温泉の運び出しを自主的に一般冒険者がやってくれるというのなら、むしろ歓迎であった。
正規騎士は、そんなことより、9階層の湯の運び出し作業の方が重要だったからだ。
かつて、ボロボロになっていたトウジ隊長の身体を修復した、9階層の歪み治しの湯。
これを、現在鉄ダンジョンを探索している、男性騎士団の第1部隊にも全員入らせるよう、ユーザ陛下が命令をしたのだ。
伝令を送って、男騎士団の第1部隊を1度国に引っ張り戻してでも、それを行う価値があるとユーザ陛下は判断した。
第1部隊のみならず、身体がボロボロになり引退した騎士たちを修復することも非常に重要な事だった。
これから無限に忙しくなりそうなセパンス王国には、どれだけ元気な人員がいても足りないのだ。
そこに治せば働ける人員がいるのなら、全員に治ってもらう。
親切心からくる行為ではなく、なんだか切実なものがそこには込められていた。
忙しいのは冒険者や騎士達だけではない。
セパンス王国きっての研究者や技術者たちもこぞって集結し、移動式の住居の研究が不眠不休で行なわれていた。
そして、現在考えられる技術のすべてを費やし、計算に計算を重ね作られた、芸術品のような構造が生み出されようとしていた。
最初に作り上げた試作品など比べ物にならない強度、移動のしやすさ、積載量。
この世に存在する素材の強度や重量を考慮すると、もはやこれ以上の完成度は考えられない。
研究所に見学に来ていた、移動住居の発案者であるアウフ公爵令嬢も、流石ですわ皆様と惜しみないお褒めの言葉を投げかけていた。
数多の試運転を経て、ようやく量産体制に入ることができる段階にたどり着いたのだ。
研究者たちは、ようやく設計が一段落した喜びを祝い、現在宴会の真っ最中だ。
同日、王宮には、鉄ダンジョンから呼び戻された、男騎士第1部隊の面々も戻ってきていた。
彼らが持ち帰った鉄素材を使えば、ダンジョンの各階層に住居を構えることが可能になるのである。
アウフはいち早く宴から抜け出し、さっそく第1部隊の持ち帰った戦利品を確認しにいった。
「え? 鉄ダンジョンの方で、新素材が出始めたんですか?」
そう王宮の騎士に告げられたアウフは、うず高く積み上げられたドロップ品を確認する。
たしかにそこには、見慣れない完全な真四角の形をした金属の素材が大量に存在していた。
ただ、少し触ってみただけでも、なんとなくアウフは確信する。
あ、これは、これまでの鉄の素材とは一線を画すシロモノだ……と。
そして、この精密すぎる四角さや、飾り気のない洗練ぶりに、アウフは温泉ダンジョンの気配を感じた。
……つまりこれは。
「……未来の、新素材」
地獄のような計算と計算と計算。不眠不休の研究に次ぐ研究に次ぐ研究。おびただしい実験と実験と実験。
その結晶とも言うべき設計図の完成日に、なんてものを出してくれるのでしょうか?
さすがのアウフでも、今の研究者たちの喜びの中に、この新素材の存在を報告するのは少し憚られるものがあった。
温泉ダンジョンマスターが、この様子を見ていたならば、多分こう言うだろう。
「はい、再走確定」と。






