表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/95

鉄ダンジョンコア

 岩作りの小部屋に、マグマのような炉を構えた小さな部屋。

 そこにひとりの大柄な筋肉ダルマの髭面のおじさんが座っていた。


 彼は鉄ダンジョンコア。

 ここは、鉄ダンジョンのマスタールームである。


「あん? 武具か? なんだ今頃よぉ?」


 鉄ダンジョンコアはそうつぶやくと、よそのコアにマスタールームへの進入許可を出す。

 空間が歪み、小柄な少年が姿を現す。


「いやあ、久しぶりだね、鉄ダンジョンのオジキ、50年くらいぶりかい?」


「それで? なんだ? ようやく新人コアの教育係をお前が受け持ってくれる気になったのか? 世界最大のダンジョンコア様よぉ」


「い……いやぁ、ははは。それはうん、また今度ね。

 それよりもさ、これを見てくれよ」


 武具コアは、鉄ダンジョンコアに一本のナイフを投げ渡す。

 温泉ダンジョンマスターが取り出したバタフライナイフである。


 鉄ダンジョンコアはそのナイフを受け取ると、じっくりと観察する。


「どう思う? それ……」


「……なんだこれは」


「わかんないから聞いているんだよ、作りの精密さも素材もね」


「……ワシにもさっぱりわからんぞ。

 刃も柄も何の金属で出来ているんだ? これは?」


 武具コアはそれを聞いて、苦笑いの顔になる。


「あいつ本当になんなんだろうな……?

 それはね、最近話題の温泉ダンジョンのマスターが取り出したナイフだよ」


「ああ、セパンスの飯コアが呼んだとかいうヤツか、噂程度なら聞いとるぞ。

 あのコアもお前と同じで、随分独特な思考をするヤツだったから覚えとるわい。

 人間が食べるものを出せばずーっと人間ってダンジョンに住んでくれるんじゃない?

 とか言い出しおってよ。

 相変わらず変わったことをやってやがるんだな、飯コアのヤツ」


 変わったナイフを眺めながら、そんな昔のペタちゃんの事を、鉄ダンジョンコアはふと思い出した。


「そのナイフに使われてる金属素材だけどさ、それオジキのダンジョンで出すことはできるかい?」


「あん? そりゃまあ、解析すれば出来ないことはねえだろうが、お前のダンジョンで使うんじゃねえのかよ?」


「そりゃあもちろん、こんないいナイフ、ボクのダンジョンでも出すに決まってるよ、当然じゃないか。

 ただ、取り出される量は一日に数百本くらいが関の山だろうし、そのほとんどはそのままナイフとして使われるだろ?

 それじゃ、冒険者のキャンプが少し便利になるってだけだ。

 その新しい金属で、人間が何かをやらかしてくれることの方を期待しているのさ、ボクは」


「要するに、ウチで大量にこの金属を産出させて、それをどう利用するかは人間任せって事か?」


「十分だろ? 人間は新しい素材を渡すだけで、あっという間に思いもよらないものを作り上げるからね」


「温泉? とかいうマスターは、それを許してくれんのか?」


「たぶんね、あいつはそのナイフを大したものだと思ってすらいない」


 武具コアは、このナイフを取り出した時の温泉ダンジョンマスターの様子を思い出す。

 武器なんてあんまり知らないなぁ、とか言いながら取り出したのがこのナイフだ。

 おそらくあの態度から見るに、あのマスターにとっては、そのへんで購入できる一般的なナイフを出しただけなのだろう。

 だが、あのマスターがそうやって大したことのない物だと思って取り出す品は、恐ろしくぶっとんだ品なのである。


 温泉マスターには食事もよく取り出してもらっているが。

 そのついでとばかりに、当たり前のように取り出す食器や調理器具など、どれもこれも狂っている。

 出すものすべてが、なんだコレ?? と驚愕したくなるものばかりである。


 あんまり驚愕していると、だんだん物を見せてくれなくなってくるんじゃないかと思い。

 あははは、センは面白いもの出すね。とばかりに平静を装ってはいるが、実は感情を隠すのが結構しんどいのだ。

 あのマスターの住んでいた世界は、文明のレベルがあまりにも異次元すぎる。


「信じられるかい? これなら他所のダンジョンにあげてもいいだろうと、抑えて出した武器でそのレベルなんだ。

 あいつが本気の武器を取り出すと一体どんな物が出てくるのか、ボクには想像すらできない。

 だからあいつから引っ張り出したモノを、こうやって各地のダンジョンで産出させて、人間の文明そのものを底上げしたいのさ。

 ダンジョンを大きくするためには、まず人間を強大にしないとね」


「……相変わらずお前はダンジョンとは思えん独特な思考をしとるな。

 世界最大のダンジョンになったのも納得だし、お前に新人教育を任せたらますますダンジョンの世界はわけがわかんなくなりそうだぜ」


 鉄ダンジョンコアは、最近の若いもんの考えることはわからんと言わんばかりにため息を吐く。


 鉄コアは、人間社会や文明についての事など深く考えたことなど一切ない。

 人間の装備品から取れた金属素材の質を、このマスタールームで練り上げたあと、ダンジョンで再度排出する。

 それが鉄ダンジョンコアの数百年続く基本戦略である。

 出すモノの質と純度を高め続ける事がダンジョンの評判につながる、それ以上の事はあまり考えていないのだ。

 ゆえに武具コアがなにやら思慮深い事を考えているのは分かるのだが、鉄コアは武具コアが言ってることにまるでついていけない。


 これからはITを活用する時代だよ、と起業家の孫に言われた頑固な職人おじいちゃんのようなものである。

 まあ、実際言う通りなのかもしれないが、自分はそれについていけないし、ついていく気がないのだ。


 ようするに、この新しい金属をウチのダンジョンで出せばそれでいいのだろう? 鉄コアはそこだけを理解した。


「とはいえ、このナイフからこの全く知らん素材を解析するのは時間がかかりすぎるな……」




♨♨♨♨♨




 ブグくんと中華料理を食べてから数時間後。

 ぼんやりお茶を飲みながら、女騎士達の居住計画の様子を眺めていると。

 ペタちゃんが謎の言葉を発した。


「驩? 諛舌°縺励>縺ュ」


「ん? なんだい、またブグくんが帰って来たの?」


「いや、今度は鉄ダンジョンコアのおじさんね、マスターに会いたいんだって」


「何だよ、次から次に……」


 俺は女騎士達が服を脱いで、肌着一枚のパンツ姿でくつろいでいる姿が映ったモニターをいそいそと片付ける。

 うん、いいふとももだ。


「はい、呼んでもいいよ」


 ペタちゃんがむにゃむにゃと何かを唱えると空間が歪み、目の前に筋骨隆々な髭面のオッサンが現れる。

 俺の感覚で見ると、ドワーフが出てきたようにしか思えなかった。


「お前さんが、飯コアが呼び出したというマスターか? ワシは鉄ダンジョンコアだ。

 さっき、武具コアのやつからこんな物を渡されてな……」


 ドワーフのおっさんは、さっきブグくんに渡したバタフライナイフを取り出して。

 色々と事情を俺に説明してくれた。


 あー、つまりは、そのナイフに使われている金属素材を鉄ダンジョンで出したいというわけか。

 んで、そのナイフから自力で素材を解析するとなると、相当な時間がかかるから、俺に素材だけ出してほしいと。


「……このナイフの柄……これはアルミ製かな? 刃先はなんだろ、多分チタンだとは思うけど」


 俺はナイフの素材をなんとなくで判断し、アルミとチタンの元素標本インゴットを取り出して、ドワーフに渡す。

 金属工場にお邪魔した時、待合室にずらっと元素標本として並べてあって、かっこいいなこれ……と思って眺めていた品だ。

 たぶんこれが、一番純度がいいと思います。


「こんな感じでよろしいですか?」


「お、おう……」


 ドワーフのおっさんがあきらかに引いていた。

 なにか問題でもあったのだろうか。


「……武具コアがな、お前は気軽に他のダンジョンの利するものを出してくれるだろうとは言ってはいたが……想像以上すぎてな」


「まあ、これが他所のダンジョンの利益にしかならないことなら、こんなサービスはしませんよ。

 ですが、鉄ダンジョンで新規の金属素材を取り出してくれるのであれば、それは巡り巡ってウチのダンジョンの攻略にも繋がるはずです。

 ここで気前よく素材を提供したとしても、長い目で見ればこちらにも十分な得があると考えているわけです」


 セパンス王国が鉄ダンジョンのある国から、金属を買い漁っているという話はすでに聞いている。

 なら、純度の高い金属をそちらのダンジョンで大量に出してもらう事は悪い話ではない。

 今、セパンス王国で作られている、移動式の宿の生産にも役に立つことだろう。


「……お前さんも、武具コアのヤツと似たような、よくわかんねえ事を言ってやがるな……。

 ……はあ、もうこれからはお前たちのような若いやつらの時代なのか……」


 なんか、この鉄ダンジョンのおっさんからは、ワシはもう時代についていけない……といった諦めの様相を感じるな。

 多分、このおっさんは、さっき話したダンジョンの相互協力の本質について、あまり理解できていなさそうだ。

 パソコンであっという間に計算を済ませていく若手社員を見つめる、ソロバンで計算していた老人上司みたいな哀愁を感じるぞ。


 俺と鉄ダンジョンのコアがそんな話をしている横では。

 ペタちゃんが、ミキサーで果物を粉砕し。

 クリームを泡立て、鉄板でパンケーキを焼き。

 コーヒーフィルターでコーヒー豆をドリップしていた。


 そんなペタちゃんの様子も、鉄ダンジョンコアは横目で見ているだけであった。

 意味不明すぎて、何をやっているのか質問する気すらおこらないようだ。

 その姿は珍奇な電子のおもちゃで遊んでるひ孫を黙って見つめる、ひいおじいちゃんのようである。


「はい、アサイーボウルとメープルパンケーキとコーヒーよ」


「おお、もうファミレスのメニューくらいなら何でも作れるようになったようだな、成長したものだ」


 鉄ダンジョンコアは、俺の取り出したインゴットをじっくりと眺めながら。

 俺とペタちゃんの食事の様子を、意味がわからなさそうに見つめていた。


「……なんちゅう純度の金属じゃ、これは……もうワシが手をいれる余地もない……な」


「あっはっはー、マスターは凄いからね~」


 クリームを盛大にほっぺたにつけ、パンケーキをかじりながらペタちゃんは能天気に言う。


「……それじゃ、こいつはもらっていくぞ……ではな」


 そういうと、鉄ダンジョンはインゴットを持って、スッと立ち去ってしまった。


「あーあ、もう行っちゃった。鉄コアのおじさんはあいかわらず最低限の用件しか喋んないわね」


 最低限の用事しか喋らないと言うより、あのドワーフのおっさんには俺達のやってることが意味不明なんだろうな……きっと。

 

 反面、食事にすぐ興味を示し、俺とあっという間に契約をして繋がりを持とうとしたブグくんの行動力。

 料理を教えたら、ひたすらハマって作り続け、あらゆる料理を再現できるようになってきたペタちゃん。

 ああ、若いって素晴らしいなぁ。


 疲れるけどな!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
チタンだとクラッド材にして刃物に? 切れ味の維持がしんどいんじゃないかな。 むしろCrとかNiとかVとか出して真面目に工具鋼作らせるといいのでは。
金属加工に詳しくないので間違った意見かもですが、チタンは切削加工が難しいらしいので中世の鍛造鋳造なら加工できそうなイメージです。にしても現代素材で中世の武器とかロマンがありすぎる。
精錬せずとも純度マシマシなインゴット出せるの強すぎか? 資源無限みたいなもんやし 便利やなー鉄ダンジョンさん
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ