停滞状況の打破
書籍版、8月20日に発売決定しました。
詳しくは公式Xアカウントが設立されたようですのでそちらでご確認ください
https://x.com/onsendungeon
Amazonの販売ページなどでもカバー表紙絵はもう公開されていますので
アウフやヴィヒタやユーザ陛下の姿も見れます
さて、ここからは、しばらくの間、静観するだけの時間だな。
女騎士たちが作り上げようとしている、移動式の消えない宿の量産にはどうしたって時間がかかる。
俺のやることは、大丈夫だよ、快適に過ごせるよ、だからいっぱい設置しようね。と、思考を誘導することなのだ。
まあ、近くに水は湧く場所もあれば、食材も周辺から補給できそうな場所に設置してるし。
これ以上どうしてやればいいのかは、ぶっちゃけよくわからないが。
「とりあえず、しばらくは見ているしかないな……」
箱に取り付けられた槍衾に遮られ、攻めあぐねているモンスターが、箱の周囲をうろうろし始めた。
居住地である鉄の箱の上には、長い槍を持った見張りの騎士がいて、そんなモンスターを上から一方的に突き刺して倒している。
箱の中で、騎士たちは料理を作っていた。
そして、料理を作る際に発生する熱で、中にある浴槽も同時に温める事ができるようである。
かまどのそばに、温泉水をため込めるタンクがあるらしく。
熱湯になったお湯を、ぬるい温泉が入った浴槽に注ぐことで温度調節をするらしい。
「見た目はコンテナ箱なのに、中々多機能だな……。というか、この鉄ずいぶん質がいいな?」
中世時代に、こんな運用に耐えられるような高品質な鉄材を作れるのか? と、思っていたが。
そういえば昔、ブグ君が、鉄ダンジョンというダンジョンがあると言っていたのを思い出した。
そこで取れた鉄を加工すれば、普通にどうにかなるのかもしれない。
この世界は中世レベルの文明世界ではあるが、時折、妙に高品質な防具や武器や道具を見かけるのだ。
そのちぐはぐさの理由は、だいたいダンジョン産の製品ということで説明がついてしまう。
「ん? 豁ヲ蜈キ?」
ペタちゃんが謎の言語でしゃべりだした、おそらくブグ君が来たのだろう。
「うーん、もうちょっと見ていたいけど、長丁場になりそうだから、急がなくてもいいかな……モニター切って……と。
いいよ~、呼んでくれても」
「うん」
ブグくんは頻繁に来るので、ペタちゃんも、もうすっかりなれた様子で呼び出す。
「よー、セン。こっちの力を遠慮なく使ってくれてるな? お前」
出てくるなり、ブグ君がよくわからない事を言ってくる、こっちの力ってなんだよ。
「セン、お前温泉で装備品が強化される効果出しただろ?
それってさ、お前の知ってる温泉として普通の効果なのか?」
「あー、うん……泉質によっては銅を真っ黒にしたりする効果があったりもするから~、無機物には何も効果がないとも言い切れないかなぁ?」
武器防具の修復や強化効果は、ふーん、こんなこともできるのか~くらいに思って設置したのだが。
もしかして、ブグ君との繋がりを利用して出来た効果だったりしたのだろうか?
……いやー、ダンジョンの温泉は、武器防具のお肌だって修復や強化くらいできるんだよ。
そう思っておこう、思っておいたほうがたぶん都合がいい。
ダンジョンの奇跡の仕様は、俺の頭がこれは温泉と関係がある! と思ってさえいればできてしまうフシがあるからだ。
「まあ、ボクとつながってなくても、ある程度はできるとは思うけどさ、確実に効果は下がると思うよ。そこのところは感謝してくれよ?」
「はいはい、感謝するよ、お礼は食事でいいかな」
「ケチだな! ポイントいっぱい払ってるんだから食事はサービスしてよ、せめて君の住んでた世界の武器くらい出して見せてくれよ!」
「武器ねえ……、俺の住んでた世界の住民はみんな丸腰で、ほとんどは戦う事もないまま人生終えるほどに平和だったからなぁ……」
そう言って俺はバタフライナイフを出してやる。
まあ、下層のモンスターと戦う役に立つとは思えないが、冒険者には十分便利な道具だろう。
ブグくんは、そのナイフを閉めたり開いたりして、その収納具合を感心したような顔で確認する。
そのあと、謎の棒を横向けに空中に6つほど並べて浮かせ、それを切断して切れ味を確認していた。
なんだろうあの棒、硬さや柔らかさとかといった素材の違う棒を並べて、切断性能を確認してるのかな?
「それでいいかな?」
「うん、いいよ、これなら結構な評判になりそうだ」
思ったより満足そうな顔でブグくんが笑う。
なんだろう、そんな釣り具屋で2980円くらい出せば買えそうなナイフでも、十分すごいものなのだろうか。
……すごいんだろうな。
そのあとは、いつものように大量の食事を取り出して、お食事会を始めた。
ラーメンやチャーハンなどの中華料理を中心にペタちゃんが作り始めたので、せっかくだから俺は、周辺の空間を本格的な中華料理店のような様相へと変化させる。
「なんだよ、このヘンテコな空間は?」
ふっ、この料理を食べるときは、こういう室内で食べると気分が上がるものなんだよ。
そう説明してやるものの、全然ピンとこないといった様子だ。ペタちゃんですらも。
まあ、わからないよな、わかるわけはない。
「マスターって、時々こういう変なことするのよ」
「いいんだよ、俺が生前の過去を懐かしんでいるだけなんだから」
「まあ、こういうわからない文化を取り入れることがダンジョン成長への鍵かもしれないからね。付き合わせてもらうよ」
さっすが~、世界最大のダンジョンコアは話がわかるっ!
そうだよ、こうやって興味を持つことが、人間の心を理解して、人の心をつかむダンジョンを作ることに繋がっていくんだぞ、たぶん。
「ところでセン。セパンスの連中が、めちゃくちゃに鉄ダンジョンの鉄を買いあさっているみたいなんだけど、何をやってるかわかるか?」
だいたいは、想像がつく。
あの世紀末なハリネズミコンテナを大量生産するためだろう。
「お前らさ? いずれ20階層を超える巨大ダンジョンまで、間違いなくたどり着くだろ?」
「ふ……ふふふふ、うふふふふふ、あはははは、ふふふ~~」
ペタちゃんが不気味に笑い出す。
「そうなのよ~、届くのよ、絶対に届くわよ。
ああああ、私も夢の20階層巨大ダンジョンの仲間入りを果たすんだわ~~、いひひひひひ~ふひふひ」
興奮しているのか、ペタちゃんが煮込んでいるラーメンが異様な温度になってきている。
すかさず俺は、その激熱ラーメンを自分の器に盛って、ちょっと啜ってみる。
うん、のど越し灼熱、人間がこんなラーメンを食べたら即死だな。
灼熱コーヒーと違って、あんまり美味しくはない。
「楽しそうだな、お前ら。まあセパンスの連中が鉄を買いあさってる理由は、間違いなく防衛力の強化だよ。
20階層を超える巨大ダンジョンを抱えた国家は、人間から見て特別な存在になるみたいだからね」
ふうん、ダンジョンだけじゃなくて、国家にとっても20階層入りは特別なことなのか。
先進国の仲間入りみたいなもんなのかな。
いや、今の段階なら収入源となる巨大資源が国土から出た状態だと言ったほうがいいか。
その収入源を奪われることのない防衛力を手に入れなければ意味はない。
無駄に資源を持っただけでは、先進国の食い物にされてしまうだけだ。
まあ、宝石しか出ないダンジョンと違って、温泉ダンジョンは騎士育成を兼ねたダンジョンだ。
たぶん……大丈夫だろう。
「ふふふ、セパンスも運がよかったね。
マーポンウエアが過去のイケイケな軍事国家のままだったら、間違いなく今の段階で侵略を開始してるよ」
……ブグくんが当たり前のようにそう言うが、確かに言われてみればそうなる。
今、侵略を食らわないのは、過去にブグくんのダンジョンで主力部隊を失った過去があるからにすぎない。
「まあ、深い階層を攻略してくれるなら誰だっていいんだけどね。
ボクにとって、今必要な存在は、27階層をまともに探索できる力を持った最強の騎士団だ。
なんならさ、このままセパンスを巨大化させてしまって、マーポンウエアを奪ってくれたってかまわないんだよ?
27階層以下の階層を攻略してくれるんだったら、ね」
人間とは少し隔たりのある発想を、こともなげにブグくんは言う。
ダンジョンコアにとって、人間とはダンジョンにポイントを運んでくる生き物であって、それ以上でも以下でもない。
探索をしてくれる騎士さえ減らなければ、人の命や国家そのものがどうなろうと知ったことではないのである。
コアにとって特別な存在は、最下層を探索してくれる実力を持った人間だけなのだ。
ペタちゃんもそのあたりは同じだ。
「どうやっても今のままでは、27階層以下のフロアを大人数で探索してくれる状況にはなりそうにない。
だからボクだって、センの作っている温泉ダンジョンには期待してるんだよ?
今の停滞状況を破壊してくれそうな気配を感じるのは、今のところ世界中で君の温泉ダンジョンだけだから」
にやにやと笑いながら、バタフライナイフをくるくる回しつつ、ブグくんが言う。
その姿は、中二病を発症した不良の小学生のようである。
そうだよな、俺のダンジョンだって結局、ブグくんのダンジョンから出る武具や、鉄ダンジョンの鉄。
そういった他のダンジョンとの協力なくして、現在の階層を超えることはできないよな……。
しかし……鉄や武具では限界が来たダンジョン成長の、停滞状況を破壊してくれそうな存在。
それが美容目的の温泉で女性をいっぱい呼び寄せよう! みたいなスケベコンセプトで作った俺の温泉ダンジョンになるとは……。
最初のころは、病院で寝転びながらダンジョンのコンセプトを考えていたので、そんな大掛かりに先のことまで考えていなかったんだよな……。
ただ、かわいい女の子が温泉にいっぱい入ってきてくれる、そんなダンジョンができたらいいな……くらいの発想で、そこまで深いことはあんまり……。
今では、マッシブな女騎士達が、怪しい薬でバフをかけながら、苛烈な修行を行い血と汗を流し。
美容のため温泉に来ていた可憐な女騎士たちも、世紀末な外見の鉄のハリネズミのような家の上からモンスターを突き殺すような生活をしている。
あれ? おかしいな? 思い返してみるとどうしてこうなった??