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再生

 バフ食事でのトレーニングに励んでいる隊長を見る限り、これは随分と長い間、温泉ダンジョンに滞在してくれそうだ。

 ペタちゃんは少し不満そうだったが、男性の冒険者や騎士たちはこぞって飯困らずダンジョンで酒集めに勤しんでいるため、特に文句は言わなかった。


 あとから駆けつけてきた副隊長率いる第一部隊は、トウジ隊長を追って温泉ダンジョンに来ると。

 ニワトリの卵を、9階層の温泉の熱が伝わる箇所に、布でくるんで置いていった。


「あー……なるほど。そうやって温めるのか。

 マスタールームから繁殖許可を出すだけだから、別に温めなくてもいいんだけどな。

 飯困らずのニワトリたちだって、全然卵を温めていない、育児放棄状態だし」


 そういいつつ、マスター権限でニワトリの繁殖許可をだす。

 これで温泉ダンジョンにもニワトリが繁殖して、肉に困ることがない状況が訪れる事になるだろう。

 これならタンパク質不足にもならず、トレーニングの効果もずっとあがるはずだ。


「トウジ隊長が長期的に滞在してくれる予定なんだったら、そろそろ温泉ダンジョンも拡張していいかな」


 俺は、すでに用意してあった新階層の生成ボタンを押した。

 


♨♨♨♨♨



「じゃあ、今日も14階層をちょっと回ってくるとするかね……」


 トウジ隊長は、バフ食事でのトレーニングを済ませると、再度バフの効果が復活するまでの間の暇つぶしに、14階層をぐるっと回る。

 いずれはトレーニングの合間に13階層の鏡と、12階層の石鹸の持ち運びの方を続けなくてはいけないだろうが、今のところまだ輸送部隊は設立できていない。

 地上まで石鹸を運び続けるのはさすがに日帰りでは済まないので、今は鏡が復活したとき、それを剥いで運ぶだけで勘弁してもらおう。


 14階層の怪物ならそこそこ手応えが……。

 とか思っていたら、真っ黒な猿がトウジ隊長の頭上めがけて落下してきた。

 隊長はそれを見もせずに、手を上に上げひっつかみ、そのまま猿を地面に叩きつけるように投げる。

 水風船を叩きつけたような、パァンという音を立て、猿は地面のシミになったあと瘴気となって消えていく。

 

「手応えが……ないねぇ、早くバフ食事で速度を上げた部下と戦いたいよ」


 そんなことを考えながらノシノシとダンジョンを歩いていると、見覚えがない通路を見かけた。

 通路の奥を覗いてみると、地下へと向かう階段がそこにはあった。

 トウジ隊長はニヤリと笑う。


「修行が一時中断になるが……こっちはこっちで楽しみだね。

 おい、みんな、他の奴らを呼んできな」


 そうして15階層の探索が始まったが、特別おかしな作りでもない階層だった。

 もちろん歴戦の第1部隊が、こんな階層で手こずるはずがない。

 しかし、第1部隊の面々は驚いた。

 温泉ではなく、16階層への階段の方を先に見つけてしまったからだ。


「いかがいたします? 隊長?」


「ふむ……降りるのは15階層の地図を完全に作り終えてからでいいだろう」


 降りる階段を、ひとまず放置し探索を続けていると、新しい温泉を見つけた。 

 温泉自体は普通の温泉のようだが、温泉周辺には、寝っ転がれそうなつやつやのベッドのような岩が数多くあり。

 おまけに物干しのような棒が、たくさん設置してあった。

 なんなのだこれは?

 

 トウジ隊長はアウフの言葉を思い出す。

 新しい階層の新しい温泉の効果を試す時、必ず温泉ダンジョンの意思はここを見ている、と。

 

 そういえば、新しい階層の温泉を見つけた時、このダンジョンに対してのお手紙を広げてくれとアウフに頼まれていたことも思い出した。

 ちょうど、周辺に洗濯物を干すためのような物干し竿がたくさんある。

 ここに広げておけばいいだろう。

 トウジ隊長は、アウフから受け取った手紙……紙というか布を広げると、温泉近くにある物干し竿に引っ掛けた。


「おい、ダンジョンの意思とやら、見ているか? これはセパンス王国のダンジョン研究者から、お前に対するお手紙だそうだ。

 ここにずっと干したままにしておくから、読めるんなら読んでおいてくれよ?」


 そう天井に向かって声をかけるものの、返事は特にない。

 本当にこんな呼びかけや文字を理解できる、ダンジョンの意思などというものがあるというのだろうか?

 トウジ隊長にはあまり信憑性があるようには思えなかった。


 それよりも、隊長の興味は、新しい階層の温泉効果である。

 修行に適した温泉であることを望みたい。

 美容方面でも、若返りの湯なら大歓迎だ。


 第一部隊の面々が裸になり、温泉に浸かる。


「……? ううん、お前たち、何か……効果を感じるか?」


「……何もわかりません、ただのお湯です」


「う~ん、あの、周辺にある椅子に寝っ転がるのが重要なのでしょうか?」


 部下の一人が、温泉から上がり、裸で石の長椅子に寝っ転がる。


「……どうだ?」


「……寝心地のいい椅子ですね……曲線具合が腰に密着する感じというか……あとここは、そよ風が吹いているのか……寝転んでいると心地がいいです」


 風呂上がりに、露天風呂のととのい椅子に座った人のような感想を漏らす。

 だが当然、そんな当たり前の温泉の感想など、誰も求めてはいない。

 求めているのは、地上ではありえない超常的な効果効能である。


「ああっ! わかりました、わかりましたよトウジ隊長!」


「お? 何があった?」


「服です! 破れた服が再生しています!」


 声を上げたのは、汚れた服を、温泉で洗っている若い部下だった。 


「穴の空いた手袋とか、ほつれた服などを浸けてみてください! 塞がって直りますよ!?」


「ほう? 服が直るのか、それはいいな、装備品の消耗をあまり考えなくてよくなる……ん?

 おい、鎧や剣はどうなんだ!?」


 そう言われた部下は、すぐ刃こぼれしたナイフや、へこんだ鎧などを温泉に浸けた。

 少しの間、温泉に浸してひき上げると、少し刃こぼれと鎧のへこみが減っているような気がした。

 そして今度は数分浸け込んでからひき上げると、明らかに刃こぼれやへこみが薄れている事が確認できた。


「隊長……直ります、剣も鎧も直りますよこれ!?」 


 トウジ隊長は目を見開いた。

 これまで、ダンジョン探索や修行中における武器や防具の消耗はかなり頭を悩ませていた問題なのだが。

 それが全て解決してしまう。


「おいっ! 今すぐ全部の装備を温泉に浸け込むんだ!」


 小さい傷が、破損の原因となり、それが戦闘中においては取り返しのつかない致命傷となることはよくあるのだ。

 そういった装備のメンテナンス面においても、この温泉で完璧に保てる可能性がある。

 この温泉は冒険者や騎士にとっては神のような効能と言える。


 第一部隊は、全ての武器と防具を温泉に浸け込み、着替えも含めて全部を洗った。

 全部洗ってしまったので、着る服がなくなってしまった。


 洗濯した服や防具を物干し竿にかけ。

 石の長椅子に裸で寝っ転がって、乾くのを待った。


「………このために、物干し竿があって……休憩椅子があって、心地いい具合のそよ風が吹いているんですかね?」


 寝転がりながら、ぼーっと、干された洗濯物が、そよ風ではためいているのを見ながら、部下がそう言う。


 トウジ隊長は、同じく風ではためいている、アウフの手紙を眺めながら考える。

 ダンジョンの意思……か。

 文字や言葉を理解できるのかどうかはさておき。

 この温泉の作りを見ていると、間違いなく意思と知能はあるようだ、と思えてくる。


 それと同時に、全裸で気持ちよさそうに寝っ転がってる部下と、自分の様子を見て少し怖くなる。

 普通に考えれば、この様子は、ただ服を干している間の時間を気軽に過ごしてもらおうというダンジョンのはからいである。

 だが、この色々と無防備な様子を覗いている意思がいると考えると、あまりいい気分ではない。

 新しい階層の、新しい温泉を試している様子は、必ず見られているはずというアウフの言葉が頭をよぎる、


 そしてトウジ隊長は、資料館に飾られている、温泉ダンジョンで目撃されたという悪魔の絵を思い出す。

 嬉しそうに微笑んで飛んでいる、凄まじい毛量をした、長髪少女の悪魔の絵だ。


「うん……。仮に何かがここを見ていたとしても、見ているのは多分あいつなんだよな? ……うん」


 そう考えることで、まあいいかといった気分を高め、なるべくその事は気にしないことにした。


 仮にスケベな男の悪魔がグヘグヘと見ていたとしても。

 今更、それを意識して、いやーんと身体を隠すのはもっと嫌だったからである。

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― 新着の感想 ―
読み返しにて 歯が一回全部抜け落ちてから新しく生えてくるんだろうか と考えちゃったw 親知らずとかも全部の歯がすこしづつ小さくなって綺麗に生え揃う  とかならば顎の形や大きさは変わらないから と愚考…
考古学的にも便利だなあ
地上から待ってきた物は放置しておくと消えるんじゃなかったっけ? 完全に直そうとすると先に消えるトラップありそう
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