卵
俺とペタちゃんは、副隊長さんが新しい階層で、モンスターと戦ったり、肉の缶詰をドロップしたり。
ニワトリを見つけて、捕まえて食べる様子を観察していた。
ニワトリは、最初は小型のモンスター扱いで弓で軽く狩っていたが。
モンスターと違って倒しても消えないし、襲っても来ない、食料の用途で放たれているニワトリだとわかると。
今度は持ち帰るために生け捕りにしようと頑張っていた。
意外と速いニワトリを捕まえるのに、あの第1部隊が少し手こずりながら追いかけている様子は、某有名ボクシング映画のトレーニングシーンのようだ。
……鎧着込んでるから、さすがに生け捕りは手こずるか。
モンスターを倒して、ドロップしたランチョンミートの缶詰は。
缶の材質が意外と柔らかいと見るやいなや、いとも容易く剣で切り裂いて開けていた。
「おいおい、缶詰を剣で開けるなよ、ちゃんとプルタブがあるだろ」
プルタブなんて概念を知っているはずもないのはわかるのだが、それにしても、もう少しくらい観察してほしい。
開けられた缶詰に入っていた塩味の効いた加工肉や、捕まえたニワトリの味には、第1部隊の面々も非常に満足してくれたようだった。
これなら、飯困らずダンジョンの長期滞在を、ますます快適に過ごしてくれることだろう。
ニワトリと肉の缶詰は、ダンジョンでの生活中に「肉類がない」と、冒険者が口々に愚痴っていたから急遽追加したのだ。
冒険者達がタンパク質不足に陥るのは、冒険者には強くなってもらいたいというダンジョンの思惑から考えても、非常によろしくない。
そのため、長期保存の利く肉の缶詰を出すことにしたのだが、この肉の缶詰だけでタンパク質を補わせるのは塩分過多になってしまう気もした。
それらを考えた結果、もう一つ追加したのが、ニワトリである。
本当は豚とか牛を出したかったのだが、ダンジョンの瘴気では知的生命体は作れないらしい。
たしかに昔、ペタちゃんが意識を切って寝ている時に、俺はスケベなサキュバスのお姉さんを作ろうとしたが作れなかった。
これは俺がスケベなサキュバスを実際に知らないから作れないのかな? と思い。
スケベな普通のお姉さんを作ろうと再チャレンジしたのだが、やっぱり作ることはできなかった。
あとから目を覚ましたペタちゃんに。
犬とか猫の可愛らしいペットとか作ってマスタールームで飼えないの? と、さわやかに聞いてみた所、無理だとはっきり言われた事がある。
「んー……でも、虫とかトカゲくらいなら、出せるんじゃないかしら?」
そう言われて、色々と出せる限界値を試した結果、ニワトリが限界だったのだ。
ニワトリ以上に頭が良さそうな鳥になると作る事ができない。
というか、この魔素をこねて作ったニワトリ、本物のニワトリと比べて明らかに凶暴で意思の疎通が取れない。
どうやらダンジョンの生物に、コミュニケーションが取れそうな知性を与えるのが無理らしい。
つまり、いやらしく誘惑してくるサキュバスのお姉さんや、可愛いネコ耳獣人モン娘が登場するダンジョンも存在しないということである、夢のない世界だ。
そんな経緯で、昔、作った事があるニワトリを、今回飯困らずダンジョンに解き放ってみたのだ。
餌はそこら中に穀物が生えているから、勝手にそれを食って増えるだろう。
実際にダンジョンに放たれたニワトリたちは、好き勝手に穀物をつついて、適当に卵を生んで、ひよこが孵った。
産まれたひよこも、適当に作物をついばんで成長していく。
魔素で作ったニワトリはダンジョンの一部と認識されているのか、ほかのモンスターに襲われることもない。
これなら放置していてもニワトリは勝手に増え続けるし、いずれ騎士の人たちは温泉ダンジョンの方にもニワトリを連れてきてくれるだろう。
俺はニワトリが増える様子を満足気に眺めた。
ペタちゃんが、そんな風に増えていくニワトリの様子を見ながら、不思議そうな顔をしている。
「このニワトリ……穀物を食べて……卵を産んで増えてるの? おかしいわね?」
「なにが?」
ペタちゃんが不思議がっているが、何もおかしいことはないように思える。
穀物をついばんで、卵を産み、適当に増えていく。
どう見ても、めちゃくちゃ普通のニワトリだ。
「いや、ダンジョン魔素で作った生物が、魔素以外をエネルギーにして動く事がおかしいのよ……?
作物だって、魔素をエネルギーにして成長してるでしょ?
それと同じでニワトリだってモンスターと同じように、何も食べたりせず、ダンジョンをうろつくだけのはずなんだけど。
あ、もしかして魔素で作った穀物を食べて、それを糧にするという動作を、ダンジョンコアである私が食欲を覚えたことで可能になってるのかしら……?」
……どうにも、ダンジョンコアにしかピンとこない、元人間の俺にはよくわからない疑問が発生しているらしい。
「でも、それだと今度は卵を生んで増えてるのがよくわからないわね……? ダンジョンの生物は繁殖なんてしないはずよ」
……なんだか話がまずい方向に転がっていっているような気がしてきた。
「い……いやいや。
温泉ダンジョンの方に、騎士団のみんなが作物の種を植えて、そこから芽を出してるわけじゃない?
ちゃんとダンジョンの植物だって繁殖してるでしょ?」
俺は必死に反論する。
「温泉ダンジョンの方なら、ある程度マスターの常識も含んだ動作をするだろうから、それでもおかしくないんだけどさ。
飯困らずの作物は、種なんて蒔かなくてもダンジョンの魔素を使って適当に湧いてきてるでしょ?
だから飯困らずダンジョンの方で出してるニワトリもその辺から湧いてくるだけでいいはずなのに、どうして卵を産んで増えてるのかしら? って話で~。
食欲と違って、私に繁殖欲があるはずもないし…………」
そこまで言った段階で、ペタちゃんはふと何かを思い出したような顔になり。
こっちの顔をちらっと見たあと、下腹のあたりを擦りながら、なんらかの感覚を思い出そうとするような遠い目になった。
やだ、何を思い出そうとしてるの? やめて。
くっ、なぜだ?
なぜ、ニワトリを出しただけで、致していた過去を思い出されそうなピンチな状況に陥っているんだ?
しばらく、う~んと考えてたペタちゃんが真剣な顔で言う。
「ねえ……もしかしてマスターってさぁ、私が意識を切っている時にこっそりと……」
ひえっ。
「………卵とか……産んでたの?」
……………………………。
「産めるかああああっ!!!!」
ペタちゃんが考えて導き出した回答は。
限りなく正解に近いが、限りなく正解から遠い、そんな答えだった。