調査報告
アウフからいろいろな修行方法を聞いたトウジ隊長は、今すぐにでも温泉ダンジョンの底へと駆け出したい気分であった。
「飯困らずの新しい階層から出た食材で、新しいバフ食事が作れるかもしれませんのでユネブ副隊長の帰還を待たれては?」
「あいつは私が急いで戻って来ると思っているだろうから、なかなか戻ってこないんじゃないかね……。
それより一刻も早く試してきたいから、ユネブの奴が戻ってきたら、ヴィヒタ、あんたが伝えておいてくれるか?
私は先に温泉ダンジョンの地下で待ってるってな」
それってつまり、ユネブ副隊長が戻られるまでの結構な期間、地上で呑気にしていてもいいということですね? と捉えたヴィヒタは。
「はい! お任せください!」と、勢いのいい声で、希望に溢れた満面の笑顔で答えた。
「いい修行効果が得られるようだったら、あんたらもさらに強く鍛え直してやるよ」
「……………………はい」 とても歯切れの悪い、絶望にまみれた返事であった。
♨♨♨♨♨
それから4日ほどたった頃、飯困らずダンジョンから第1部隊が戻ってきた。
現在、報告を聞くために、アウフと共にダンジョン資料館で、ユネブ副隊長と面談中だ。
早いなぁ……もっとお屋敷でゆっくりしていたかった……と、ヴィヒタは思ったが。
ユネブ副隊長は2日たってもトウジ隊長が急ぎで飯困らずダンジョンに舞い戻ってこなかったため。
新階層の調査報告を優先し、早めに帰還したようである。
「飯困らずの、新しい階層にはニワトリがいる」
「ニワトリ……ですか?」
「ああ、ただサイズがおかしい、地上で飼われてるニワトリとはサイズも肉量も段違いだ、味もな。
そいつらが、飯困らずの新階層を好き放題にうろついて繁殖している、つまり肉がいくらでも食べ放題だ」
温泉ダンジョンマスターが取り出したニワトリは現代日本のブロイラー品種だ。
魔改造に魔改造を繰り返されたニワトリの成長速度や取れる肉の量は、この世界の家畜とはモノが違う。
「ニワトリがダンジョン内で生きていけるんですか? モンスターに食べられてしまうのでは?」
「ヴィヒタ、ダンジョンのモンスターは殺すだけで何も食べないわよ。
おそらくそのニワトリはダンジョンの一部なので襲われることもないのでしょう。
ただ……そうなると地上にそのニワトリを生かしては持って帰れないわね」
アウフがそんな事を言う。
そのアウフの発言を聞いたユネブ副隊長が、ほう……? といった感じの顔でアウフを見つめる。
「お察しの通り、こちらがそのニワトリです」
丸々と太った、ニワトリが数匹机の上に置かれる。
たしかにニワトリなのだが、非常に肉がたっぷりで、セパンス王国で飼われている一般的なニワトリとはとても同じ生き物には見えない。
「生きたまま地上に持ってこようとは試みたのですが、5階層あたりで酸欠になったように苦しみだし、4階層に向かう階段の途中で死にました」
「おそらくダンジョンの生物は、ダンジョンの瘴気が、私達でいう空気のような感覚で必要なのでしょう。
ダンジョンのモンスターや作物も同じです、地上では生きられません。
もっとも作物とニワトリはモンスターと違って私達が食べられるように、死んでも瘴気に戻って消滅しないよう、ダンジョンの意思に特別な設計をされてる気はしますが」
ダンジョン瘴気のない地上ではダンジョンのモンスターは生きられない。
過去に物好きなどこかの王様が、ダンジョンのモンスターをペットにしようと持ち帰りを命じた結果、地上に連れ出すと、モンスターは苦しんで死んでしまい連れ帰る事はできなかった、という記録も残されている。
地上にモンスターが出てきたり、下層の凶悪なモンスターが浅い階層にやってこない理由とも言われている。
「では、このニワトリを温泉ダンジョンに放って増やすのは無理なんでしょうかね」
「ニワトリは酸欠……いや、瘴気欠? で、持ち帰る際に死んでしまうとしても。
卵なら、どうにかならないかしら? 作物の種子は移動可能でしたから」
温泉ダンジョンの意思は、作物を自分のダンジョンに持ち込まれることを歓迎している気がする。
卵ならどうにか持ち運べるといった逃げ道のために、ニワトリを放った気がしてならない。と、アウフは考える。
牛やブタをダンジョンに放っても、生かして地上に持ち帰れないのであれば、温泉ダンジョンに連れてこれないからである。
「まあ、卵の方もいくつか発見して持ち帰ってはおりますが……これらを温泉ダンジョンに運んでみる気なのですか?」
「ええ、お願いするわ、ダンジョン産の家畜の卵は温める必要があるのかはわからないけど。
一応、布でくるんで温泉の熱で常に暖かい所に置いておいてもらったほうが、孵化の確率は上がるんじゃないかしら?」
「……あ。 は、はい、なるほど」
誰がどうやって卵をずっと温め続けるんですか? とツッコミを入れる暇もなく、温泉の熱源で温めておいて、という指示が飛んできた。
たしかに温泉ダンジョンなら、そのようなことも可能だろう。
このお嬢様は、ユーザ陛下にダンジョンの考察を任されただけのことはある、とユネブ副隊長は思った。
「ドロップ品で新しいものは?」
「こちらです」
なにやら、副隊長が小さな金属の箱を取り出す。
異世界人には意味不明な物体だが、これはランチョンミートの缶詰である。
「中身は加工されたミンチ肉です。すでに15個ほど確保しておりますので、こちらは開けて召し上がってくださっても構いません。
加熱せずとも食べられることと、毒性もないことは実体験済みです」
すでにダンジョン内部で、いくつか食べているのだろう、ユネブ副隊長がそう進言する。
アウフは缶を手に取ると、しばらく興味深そうに缶を眺め続けた。
副隊長が、開けましょうか? と、促すが、もう少し観察させてと、その提案を断る。
そして、しばらく眺めたあと上の変な取っ手部品を手に取って曲げると、蓋の端が簡単に開いた。
金属の容器であるにも関わらず、アウフのか細い腕力でいとも容易く。
「うわあ、すっごい……すごいわ、なんて精密な金属加工なのかしら? 一体誰がこの仕組みを考えたの? 天才じゃない??」
アウフはその後、蓋をめくり上げる腕力が足りずに少々苦労しつつも、缶をゆっくり開きながらその仕組みに感激する。
アウフがそんな風に缶を開けている様子を、第1部隊の面々は、顔を真っ赤にして見ていた。
中には顔を両手で覆い、耳まで赤くし羞恥に耐えている者もいる。
剣で、開けていた……。
私達は……剣で……缶をぶった切って開けていたっ……!!
先ほどの、開けましょうか? という提案に「お願いするわ」などと言われなくてよかった!
集中した剣の居合で、スパッと上段部分を切り取って、ドヤ顔をするところだった!
そんなものを披露したあと、今のような缶の開け方をされたら、生きてはいられない恥をかくところであった。
そんな第1部隊の面々の心持ちはいざ知らず、缶が開き切り、むき出しになった肉をアウフとヴィヒタが食べる。
非常に美味な塩味の加工肉だった。
「ああ~これは、ほんとに美味しいですね~。これがもし日持ちするとしたら偉いことですよ?」
「ええ、ヴィヒタ、間違いなくこれは保存食の革命になるわ。
ユネブ副隊長、こちらの品は、保存性能の確認が、最も重要な事かと思われます。
様々な保存状態で長期保管し、品質の劣化具合の検証が急務です。
もっとも、一番重要で知るべき保存状態は、あなた達が探索中に持ち運んでいる状態、ですので。
全ての缶に日付を記入し、なるべく持ち運びつつも長期温存していただく、という形の検証になるかと思われますが」
「ええ、こんなものがもし、数週間、数ヶ月と腐ることなく持ち運べて食べられるとしたら、兵食の概念が変わるでしょう」
ランチョンミート缶は数週間、数ヶ月どころか、3年放置してもほとんど味は変質しないのだが。
そんなことは流石に、副隊長どころか、アウフすら想定していなかった。
「それにしてもこの缶、何でできているんでしょうか? 鉄にしては軽すぎる気がしますけど」
「確かに、言われてみれば鉄にしてはなんだか感触も変だな? まあダンジョンの品の材質がおかしいのはよくあることだろう。
武具ダンジョンの武具も、何の素材で出来てるか全くわからないモノが多いからな」
そんなヴィヒタとユネブ副隊長の会話を聞き、アウフは思う。
アウフの考えでは、これは、ダンジョンの超常現象で作られた魔法の品とは少し方向性が異なる。
加工のアイデアや、缶の開け方の仕組みなどに、文明、文化的な匂いを強く感じるからだ。
はちみつ瓶の蓋や、酒の紙パックに近い。
つまりこの缶は、ダンジョンの意思のいた世界に存在していた、一般的な品だと思われる。
だとすると、この缶に使われている、鉄より軽い鉄みたいな素材は地上に存在する品で作られているということである。
アウフは色々と思考してみるが、特に思い当たる金属素材は思い浮かばなかった。
アルミは、この異世界において、まだ未発見の物質のため。
いくら考えたところで、答えにたどり着くことは不可能であった。
「この缶も大量に確保して、色々性質を調べてみたいわね、はちみつ瓶みたいに、一度溶かして再加工してみる使い道もあると思うわ。
かさばるかもしれないけど、食べ終わったあとの缶は、できれば捨てずに持ち帰ってもらえるかしら?」
「え? ええ……はい、かしこまりました」
ヴィヒタもユネブ副隊長も、少し嫌な顔をする。
単純にゴミの確保は探索の邪魔なので嫌だと言う気持ちと。
ダンジョン産の金属の持ち帰りが、国益に繋がるという事もわかるので断れないという気持ちだ。
武具ダンジョンにも武具としてはいらないモノでも、加工用の金属としてみれば便利な品々もたくさんあるのは知っている。
我々は何のためにダンジョンに潜っているのかと言うと、国益のためなのだ。
食べ終わった缶のゴミをちゃんと持ち帰る事は、ダンジョンのドロップ品を持ち帰る事とある意味同じなのだ。
同じなのだ……。
そう理屈ではわかっていても、やはり食べ終わった缶のゴミを持ち帰るのは。
ダンジョンで取れた武器防具を持ち帰るのとは違い、微妙に誇らしげな気分になれないのもまた事実なのであった。
くるくる開ける古いタイプのコンビーフ缶はスチール製かブリキ製のようでしたので
アルミ表記されてたランチョンミート缶に変更しました。
くるくる回すタイプはスチールっぽいので、開け方もプルタブタイプの方に変更しました。
……くるくる回すやつのほうがビジュアルイメージとしてはロマンがあるのに、無念。





