危ないおじさん
「さて、街までお出かけしたら何を買いましょうかね~」
久しぶりにお出かけして、ハンカチや刺繍糸などを購入して~。
ちょっと私物の装飾をしながら、まったり過ごしたり~。
美味しいもの……は、ダンジョン内部の食事のほうが今となっては美味しいですので。
他には……。
あれ?
トウジ隊長が館の前に立っています。
幻覚でしょうか?
「よう、ヴィヒタ、何か凄い画期的な訓練方法があるんだって?」
どうしたことでしょうか、喋りますよこの幻覚。
「温泉ダンジョンから帰還して間もなくですまんが、ちょいと話を聞かせてもらえるか?」
え?
もしかしてユーザ陛下、トウジ隊長をここに呼んだのですか?
ダンジョンから帰還したばかりの、私の久しぶりの短い休暇を破壊する気なのですか? 陛下!?
「久しぶりの休暇中にすまんな、詫びにこれをくれてやると、陛下から伝言だ」
そういってトウジ隊長は私に、ウイスキーと日本酒を1本ずつ私に手渡してくれました。
え?
これ、私の私物という事でいいんでしょうか?
アウフお嬢様からのお誘いという形でなければ、現状ではとても口にできないシロモノなのですが。
ダンジョンから帰還した日に、ほんの少しだけ飲ませて頂いて、本当に美味しかったので、もしそうならありがたくいただきます。
休暇返上? いいですとも。
「かしこまりました、アウフお嬢様を呼んでまいります、あの薬に関してより詳しいのは私よりお嬢様の方でしょうから」
私はそういうと、酒瓶と日本酒パックをお出かけ用のバッグにしまうと、
お嬢様を呼びに行く体で、真っ先に自室に戻り個人的な私物入れの奥底へ、誰にも見られないように仕舞いました。
これで私は部屋に戻れば、いつでもこのお酒を好きに楽しめる権利を手にした事になります。
コレはエラいことです。
私は、ウキウキした気分でアウフお嬢様を呼びに行きました。
♨♨♨♨♨
「お初にお目にかかります、トウジ隊長、数々の武功のお噂はかねがね」
「……どうもはじめまして、アウフ公爵令嬢。
こちらも、アウフ様の様々なダンジョン調査の貢献の数々、陛下やヴィヒタから伺っております」
……細っそ。 小っさ。
アウフを見たトウジ隊長の第一印象である。
年齢は十分に成人のはずなのだが、見た目があまりにも幼く頼りない。
腕も足も細く、運動らしい運動をしていないどころか、したことすらないような様子だ。
相手の立場が公爵令嬢じゃなければ、あんた、ちゃんと飯食ってんのかい? という第一声を飛ばしていたかもしれない。
「では、早速ですがこちらが、一時的パワーアップの食品の効果一覧です、まずはこちらの資料に目を通してください」
そう言うと、アウフは紙の束を取り出す。
読むだけで、そこそこな時間がかかりそうな量だ。
トウジ隊長は、一枚の紙に手を伸ばすと。
「お前たちも読め」と、後ろで控えている部下たちにも読むように促す。
言われた部下が、小さい声で「えー?」「文字を読むの久々だからな……」「読めるかな?」
などという、声が聞こえてきて。
アウフとヴィヒタはその浮世離れした第1部隊の反応に、少しギョッとした。
資料を読み進めているうちに、トウジ隊長が怪訝な顔になる。
「……なんだいこの、一定時間全身が点滅するって?」
「一定時間全身が点滅するとしか……秒数にすると3秒ほどでしょうか」
ヴィヒタがそう答える。
その間はアクションゲームのように敵からの攻撃が無効化するのだが。
ゲームを知らない異世界人が、点滅している時に身体を剣で切ってみよう、すり抜けるかもしれないぞ!
などという、馬鹿な発想に至るわけもないので、ヴィヒタにとっては一定時間身体が点滅する意味不明な効果でしかない。
他にも、全身が緑色にぼやっと光るという効果もあるが、これも全く意味不明だ。
実際には、敵の魔法攻撃に強くなるという効果があるのだが、攻撃魔法を使ってくる敵など、この世界のどこにもいない。
温泉マスターは、ゲームにおけるバフ効果が適当に発生する設定にしているため、攻撃魔法という概念がない世界で、攻撃魔法防御ステータスの向上などという効果を発生させているのだ。
ただ、全身が白っぽく光っている時は、身体が固くなっていたり、青っぽく光っている時は、熱に強くなっていたりと、効果が解明されているものもいくつかあるため、意味不明だから無視だと、切って捨てることもできない。
このように、テレビゲーム知識のない異世界人にとって、あまりにも意味がわからない効果が大量に羅列されているため、第1部隊の面々は、資料を読んでいてだんだん頭が痛くなってきた。
「あの……申し訳ないのですが、これは、読んで覚えないといけないのでしょうか?」
ある程度読んだところで、トウジ隊長がアウフにそう尋ねる。
「いえ、鍛え方の要点だけ押さえた資料の方もご用意していますよ、でも……」
「でも……?」
「こういうのって、読んでいるとものすごく楽しくありませんか?」
アウフ嬢は、悪意のない屈託のない笑顔でそう言った。
一切の曇りのない瞳だった。
トウジ隊長は、ユーザ陛下の言葉を思い出す。
そういえば、この手のダンジョン資料をまとめているのはアウフ嬢であるにも関わらず、陛下はヴィヒタから訓練方法の概要を聞けと言っていた気がする。
その理由を、今、なんとなく理解した気がした。
もう一つの鍛え方の概要資料の方では、力をアップさせての筋トレや、体力回復効果を使った運動方法の仮説が、事細かく書かれていた。
こちらの資料の方も詳細が細かく、読むのは結構面倒な資料なのだが、こちらは目をキラキラ輝かせながらトウジ隊長は読んでいたため、結局のところ、好みが180度違うだけでアウフとトウジは同類みたいなものである。
「ところで、トウジ隊長には個人的に一つお願いしたいことがありまして……」
アウフが真剣な目で、トウジを見て語り始める。
「これらの訓練方法を行うために、トウジ隊長は温泉ダンジョンにしばらくこもることになるかと思われます。
その合間に、新しい階層を発見し、新しい温泉を見つけることもあるでしょう。
その新しい階層の新しい温泉に入る時に、これを壁に貼り付けて入ってほしいのです」
そう言うと、アウフは畳んである大きな布を取り出す。
畳んであるその布を広げると、そこには文字がびっしりと書かれていた。
書いてある内容は、この食事効果は意味がわからなさすぎるため、何かしら効果が分かる方法を示してほしい、といった要望や、ダンジョンから産出した物は、こういう価値がセパンス王国で見出されているといった情報などが書かれていた。
「これは……なんでしょうか?」
「温泉ダンジョンの中の意思へのお手紙……ですかね。
少なくとも、このダンジョンは私達の行動をどこかで見ているとしか思えません。
そして、それらの情報から手探りで、私達が求めている内容を探し出しているように思えるのです。
だったら話は簡単です、ダンジョンが知りたがっていそうな情報を直接こちらから提示すればいいのですよ」
ダンジョンには意思があるのではないだろうか。
そんな仮説が、ダンジョン研究者の間で流行っているのはトウジ隊長も知っている。
それどころか、実際に直接ダンジョンとの会話を試みようとする者がいるのも知っている。
しかしそれらの研究者の大半は、半分頭がおかしくなったような、つまはじき者のダンジョン研究者でしかない。
ダンジョンの浅い階層で、ひたすらダンジョンに語りかけている毎日を過ごす変なおじさんを何度か目撃したこともある。
ダンジョン様が答えてくれさえすれば、ワシの名声は……など狂気に満ちた目でブツブツと言っているような危ない手合だ。
「これまで、ダンジョンとの対話を試みてきたダンジョン研究者はそれなりの人数いるはずなのです。
ですが、ダンジョンから何かしらの反応が返ってきたといった結果は出てきていません、なぜだと思いますか?」
「それは……ダンジョンが見ていないからでしょう?」
ダンジョンに意思なんてあるわけないでしょうという意味にも、ダンジョンが認識してくれていないだけという意味にも取れるような回答でトウジ隊長は、はぐらかす。
ダンジョンの意思、最有力候補であるダンジョンの中の悪魔は、数十年に一度、目撃情報があるかないかみたいな存在だ。
あれを探して会話を試みるのも不可能に近い。
「そうですね、ダンジョンは広大ですし、入り込んでいる人数も膨大ですので、そのどこかで、誰かがダンジョンに語りかけたところで、ダンジョンの意思は見てくれないでしょう。
しかしながら、もし自分がダンジョンの意思で、侵入者の望みを知るために活動を確認していると考えた場合、ダンジョンの最新階層が探索される様子は、最低限見るはずだと思うのです。
それも強い探索者ほど注目するでしょう。
すなわち、トウジ隊長、あなたが最新の階層を探索し、温泉に入る瞬間が、最もダンジョンの意思が見ている可能性が高いのです」
そう言われると、トウジ隊長は、自分自身がダンジョンの意思であると仮定した場合、どこを見るかと問われれば、それは、一番強い冒険者の、最新階層の攻略の様子だろう、というのは理解できる。
少なくとも入口付近でブツブツ言っているおじさんに、注目するとは思えない。
「温泉ダンジョンは、こういったアプローチをかけるには最適のダンジョンだと思います。
他のダンジョンの場合、最新階層の攻略の様子は大まかに確認するでしょうけれど、必ず見ているであろう場面とタイミングがよくわかりませんから……。
例えば今、ユネブ副隊長が、飯困らずダンジョンの最新階層を探索しておられると聞きましたが、ユネブ副隊長が休憩中などに、その手紙を広げてくれたとしても、それをダンジョンの意思が見てくれる確率はさほど高い気がしないでしょう?」
その仮説が正しいとするなら、温泉ダンジョンの最新温泉に浸かるタイミングが、ダンジョンの意思にアプローチをかける最も適切な瞬間だということはわかる。
やることも、温泉で布を広げるだけだ、大した手間でもない。
「わかりました、引き受けましょう、温泉に浸かっている間、広げておけばいいのでしょうか?」
「いえ、そのまま壁に貼り出したまま、放置してくれて構いません。
すると布は数日でダンジョンに吸収されるでしょう、そうなれば持ち帰ってじっくり読んでもらえるという可能性もありますので」
よく見れば、大まかな要望や情報を大きな文字で書いてある他に、小さい文字で、いろいろな詳細を書き込んでいる部分もある。
遠巻きから見物するような読み方では、とても読んでいられないような文字である。
一体、この娘は何十時間かけてこの細かい字を書き込んだのだろうか。
仮説に仮説を重ねたような試みに対して、ここまでするアウフの行動にはトウジ隊長ですら少し狂気を感じてきた。
現状、吸収された品を持ち帰ってダンジョンがじっくり読めるなんて根拠はない。
それどころかダンジョンに意思がある根拠もまだなければ、ダンジョンが文字を読める根拠すらないのだ。
「は、はい……わかりました。
これは、アウフお嬢様がお一人でお考えになられた事なのでしょうか?」
「うーん……ひとり……というと語弊がありますね。
文通しているダンジョン研究者の方も、昔から似たような仮説を立てて行動しているみたいですから。
その方の仮説から、影響をうけての行動でしょうか?」
トウジ隊長はそれを聞いて、一瞬あの、ダンジョンに話しかけ続けている変なおじさんの事を思い出した。
「ただ……あの人の低階層でダンジョンに毎日語りかけ続けるという方法では、ダンジョンの意思に見向きされるとは思えなくて」
やっぱりあの危ないおじさんじゃねえか!
一体この人は何と文通しているんだ?? 公爵令嬢ともあろうお方が!?
そうトウジ隊長は思った。
トウジのアウフの第一印象は、細くて、小さくて、飯をちゃんと食っているのか心配になる、そんなひ弱そうな娘。
中盤の印象は、好奇心旺盛で研究に没頭するタイプの、ちょっとめんどくさい娘。
そして、今の印象は、得体のしれない不気味な人物であった。





