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娯楽

 ここに来て何日たったのでしょうか。

 穴凹と蒸気があふれる、この温泉とは言えない場所で。

 私達はずっとずっとずっと、変な薬の製造研究をしているのです。

 もう、これが料理だなんて誰も考えておりません。


 なぜ、このお料理階層で、色々な食事を作って楽しんでいないかというと。

 何を作って食べても、いちいち変な効果が発生するので、楽しく食事を楽しめる場所ではなかったのです。


 ですのでここは、薬 の 実 験 室 なのです。


 私達はここで休みなく、ダンジョンの奥深くで、帰宅することもできないまま研究を続けているのです。

 ああ、お屋敷に戻りたい。

 お買い物をして、本を読んで、お酒を少し飲んで、温かい布団でゆっくり眠りたい……。


 ふっふっふ、いけませんね、だんだん精神が病んでまいりましたよ。

 こういう時はこの、瓶に入れたチョコを蒸気で溶かし、はちみつを少し混ぜて冷やし固めたモノを、ほんのひと欠片食べます。

 そうするとどうでしょう、落ち込んでた気分がなんだかスッキリ!


 ……………するんですけど、限度があるでしょう!


 薬物みたいなもので、疲れて落ち込んだ気分を戻し続けるなんて。

 空腹が消える空気を吸って、空腹をやり過ごしているかのような、どうしようもない虚無感しかありません。


「はあ~、少々気晴らしに14階層の探索をしたいですね、誰か一緒に回りたい者はいますか?」


「じゃあ私も……」「私も…」「ついていきます」


 新しい階層の階段ができている可能性があるので、3日に一回くらい気晴らしに回っているのですが。

 道を覚えたダンジョンを歩いてくるだけのことですので、正直どっちもどっちです。

 部隊を3つに分けて探索すれば3時間程度で全体は確認できます。


「正面方向、敵2体発見、黒猿です」


 ニコが、持ち前の視力を活かして、敵をいち早く発見しました。

 黒猿は、まっ黒い猿としか言いようがないようなモンスターですので私達はそう呼んでいます。

 そのうち正式名称が付くのでしょうが、そういうのは資料館のお仕事です。

 私達はただ、モンスターの特徴や戦い方などを把握して報告しておけばいいのです。


「では、せっかくですので、昨日作れた薬の効果を実験してみましょう、今回は私が硬質化と筋力アップを飲んで素手で戦います。

 ニコは時間の確認を、効果が切れる1分前に片付かなければ知らせてください、剣で終わらせます」


 私が戦います、と宣言をしたことで、ついてきているみなさんが不満そうな顔になりました。

 わかります、わかりますよ。

 だって、今の私達がしていることは、ただの気晴らしなのですから。


 私は、硬質化と筋力強化の薬を取り出して飲みました。

 そして襲ってくる黒い猿を、とりあえず一匹全力で殴り飛ばしてみます。

 殴られた猿がすごい勢いで吹っ飛んでいきました。

 本来の私なら、決してこんな力が出ることはありません。

 正直気持ちがいいです。


 もう一匹の猿が噛みついて来ましたが、あえて防具の薄い指先を突き出し噛みつかせ、そのまま下顎を掴みます。

 当然、こんな体勢だと、猿が必死に私の指を食いちぎろうと、何度も何度も噛みつきを繰り返しますが、全然痛くありません。

 硬質化の効果がある間は、この階層の猿からダメージを受けることはなさそうですね。

 口を掴んだまま、もう片方の手で猿の後頭部に手刀を叩き込みます。


 首の骨が折れる程度の威力で手刀を叩き込んだつもりでしたが。

 筋力強化の効果が思ったより強かったせいで、つかんでいた下顎がちぎれて、猿本体が勢いよく地面に叩きつけられました。

 そのまま絶命した猿は、ダンジョンのモンスターらしく飛散して消えていきます。

 手についた猿のヨダレや返り血も綺麗に消えてくれるので、ダンジョンモンスターの倒せば消えてくれる現象は助かります。


「一瞬で終わってしまいましたね、時間を計る必要もありませんでした」


「ですねえ、パワーアップがなくても問題のない階層では効果が少々過剰ですね、もっと深い階層に行かないと……あっ」


 そこまで言った段階で、あることに気が付きました。


「どうしました? 副隊長」


「あー、いえ……。 次、モンスターがでてきたらニコが戦いますか?」


「はいはい! やりますやります!」

「ええ? なんでニコなの、私だって戦いたいですよ」

「私が!」「私よ!」


 みんなこぞって戦いたがります。

 パワーアップ薬の研究は、ダンジョン生活としてはそこまで退屈ではない部類のはずなのですが。

 それでもみんな、モンスターを倒してのストレス発散を求めだしているのです。

 それどころか私は、もっと深い階層で、この力を試したいとまで考えてしまいました。


 つまり、これが第1部隊の心境なのです。

 娯楽のないダンジョンの生活が長引くと、自然と戦いが最高の娯楽になってくるのですねぇ……。

 こんな生活が続いていると、思考がだんだんトウジ隊長になっていきそうです。




 そんな生活を続け、さらに結構な日数が経った頃。

 ようやく私達はアウフお嬢様が想定してくれた調合の種類や、出来た薬の圧縮方法やらをあらかた試し終わりました。

 これでようやく地上に戻ることが出来ます……。


 というか地上から来る定期連絡の伝令のたびに、お嬢様は新しいアイデアをどんどん思いついて送ってくださるので、いつまでたっても帰れなかったのです。

 正直なところ、ここしばらくの期間はお嬢様を少し恨みました。

 恨みましたが、恐ろしいほどの成果が出てしまっているので誰も何も言えません。


 ………。 


 こういう時はこの、瓶に入れたチョコを蒸気で溶かし、はちみつを少し混ぜて冷やし固めたモノを、ほんのひと欠片食べます。

 そうするとどうでしょう、トゲトゲしてきた気分がなんだかスッキリ……。


 …………はあ。


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― 新着の感想 ―
ダンジョン内限定とは言え、抗鬱剤が完成しちゃったかあ〜
はちみつチョコ、凄く美味しそうだけど、若い子しか食べちゃダメな高カロリーメニューですわ
末期じゃんw 本人も自覚してるけど逃げられない、気晴らしに殺生行動ってあんたw
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