反応
13階層の脱毛の湯を入り終えたあと、ユーザ陛下とテタ王妃は共に地上へと戻っていった。
地上に戻って、セパンス王国に帰還したテタ王妃の変貌ぶりには誰もが驚いた。
もちろん、湯の効果によって変貌して帰ってくる事は、当然、誰もが想像していた事なのだが。
ふくよかな美女になって帰ってきた者は、テタ王妃が初めてのケースだったためか、やたらと新鮮に感じたのだ。
帰還後に開催するとユーザ陛下が約束していた夜会においても、テタ王妃は注目の的となり。
美貌を手に入れ、夜会で美貌を見せびらかすという目的を達成した王妃は、非常に満足げな様子であった。
初めは「11階層の浴槽まで、我々の力では連れていけません」という報告で王妃の怒りに触れ。
死にそうな顔で今回の任務にあたっていたシルド団長も、今ではホッとした様子であった。
トウジ隊長による協力があったとはいえ、目的を達成し終えた今となっては、王妃も全力で掌返しをせざるを得ない。
正直なところ、王妃も結構ゾッとしているのだ。
美貌に目がくらんで、周りが何も見えなくなっていたあの時の精神状態が、今になって思うと恐ろしい。
美貌を手に入れ、冷静になった頭で、テタ王妃はそんな事を考える。
冷静な頭で思い返すと、謀反を起こされても仕方ないぞ、というくらいキツくあたっていた気がするからだ。
なんとか、少しでもあの時の自分の行動を詫びるため。
シルド団長に、それほどの数購入できなかった日本酒を、1本褒美として与えたほどである。
温泉の下見でセパンスに来ていた任務の時から、今までずっとこの酒が気になっていた団長は感激のあまり涙した。
これは王妃様から褒美を受け取った事による、身に余る光栄のための涙であろうか。
はたまた、ずっと気になってたけど立場上飲めなかった酒を、帰還後に飲める事が確定した喜びによるものであろうか。
間違いなく後者である。
なにしろ先程から、その酒を飲んだ者は全て、美味さのあまりに驚愕の顔をしているのだ。
量もまだあまり確保できていないシロモノなので、王族クラスか上級貴族以外は口にすることさえ出来ない。
シルド団長の身分は十分に、この酒を口にしてもいい資格があるのだが、王妃の護衛任務中という立場が飲酒を許してくれない。
正直なところ、私財の大半を擲ってでも、個人的に1本手に入れて持って帰ってやろうかとすら思っていたのだ。
周囲の部下たちの、私達は? といった視線を感じたシルド団長は、自費でチョコレートをたっぷりと購入して部下に配ることにした。
騎士団長の財力でも結構厳しい価格だが、致し方ない、ほとんど酒が飲めなくなるより100倍マシである。
部下たちも団長の酒好きの事は知っているので、チョコを配られたら我慢はしてくれる。
というか半数の部下はチョコのほうがいいと思っている。
そんなこんなで、夜会もそろそろお開きになろうかとしていた頃。
会場に一人の男兵士が大慌てで駆け込んできた。
「陛下! ユーザ陛下はおられますか!?」
「ん? なんじゃ、パーティ会場に随分と慌ただしいのう」
「はっ、申し訳ございません、できればパーティ中にご報告に上がりたかったため、急いで戻ってまいりました」
「そうか、なんじゃ?」
「飯困らずダンジョンに新たな階層が出現、そこでまた新しい酒が出てまいりました」
そういうと兵士は、糸ダンジョン産の頑強な布袋の中から1本の琥珀色の液体が入った瓶を取り出した。
瓶の見た目からすでに、芸術品のごとく美しい造形をしており、パーティ会場は一瞬でどよめきに包まれた。
♨♨♨♨♨
「兵士の人、大慌てで走っていったけど、あの王妃が帰る前に間に合ったかしら? マスター」
「どうだろうね、間に合ってるといいなぁ」
せっかく大国の王妃が来ているのだ、なるべく宣伝できるものは宣伝しておきたい。
だから王妃が温泉ダンジョンに入った翌日には、飯困らずダンジョンの新しい階層を増築しておいた。
王妃が温泉ダンジョンから帰還を始め、俺達がお好み焼きパーティをしている頃には、新しい階層は完成していたのだが。
新しい階層が発見されて、ウイスキーをドロップしてもらえたのは、テタ王妃がダンジョンから出た翌日あたりだ。
温泉ダンジョンからセパンス王国王都までどのくらいの距離があるのかは、はっきりとは知らないが。
ゆったりと王都まで戻る王妃達と、全速力で報告に戻る伝令兵士の速度差を考慮しても、結構ギリギリなタイミングのように思える。
「ま、絶対に間に合ってくれないと困るってわけでもないから、別にいいんだけど」
「それにしてもさ、マスター」
「なに?」
「これさ~、本当に喜ばれるの~?」
「俺のいた世界では間違いなく売れてたから……うん、たぶん」
ペタちゃんが、ウイスキーを見ながら不審そうな顔をする。
何度飲んでも、全然ウイスキーの良さがわからないらしい。
俺にも全くわからない。
ただ、現代でもたくさん売れているから、という理由で出しただけにすぎない。
売れているというだけの判断基準なら、ビールでも出すべきなのかもしれないが
お客様の環境や状況に合わせて出す商品は考えるべし、というコンサル時代の経験がビールはダメだと告げている。
炭酸飲料は、ダンジョン冒険者の持ち運びに適していない気がしたのだ。
探索中、戦闘中に、たっぷりと振り回されて気の抜けた常温のビール、どうにもまずそうな気しかしない。
そんなこんなで色々考えた結果、ウイスキーかなぁ……となったわけなのだ。
「あの人達、正規の騎士とか兵士だから、酒が出ても現場で飲んでくれないから反応も見られないんだよな」
騎士や兵士は、ダンジョン内では酒類を飲んだりしない。
任務中だからというのもあるのだろうが、純粋に危ないからというのもあるのだろう。
冒険者でも、安全が確保できる低階層までは我慢して、命がかかっている階層では酒を飲まない者がほとんどだ。
「うーん、これが宝石マスターが言っていた、世間の反応が見られなくてやりにくいという事か……。
温泉や、チョコとかなら、その場でお客の反応が見られるからね」
俺達はウイスキーが、持ち帰った会場で大評判になってくれていることを祈るしかなかった。
♨♨♨♨♨
「ほほう、よろしい、ではわらわが一番最初にコイツを飲んでみるとしようか!」
「お、お待ち下さい陛下! 毒見も通さず陛下が最初に飲むなどそんな事!」
「うるさいのう、このダンジョンが毒など出すものか、ほお~、素晴らしい、なんともよい香りがするではないか」
ユーザ陛下は、ウイスキーをコップに一杯出して香りを嗅ぎ、そう感想を漏らす。
「ワハハ、それでは新しいダンジョンの酒、頂いてみるとしよう」
そう言うと、ユーザ陛下は、コップに注いだウイスキーを、ストレートで一気に大量に飲んだ。
盛大に噴いた。
アルコールの度数を蒸留で高める、といった概念がまだない世界の人間にとって、度数の強い酒は想像外の味わいである。
強烈なアルコール度数に喉を焼かれたユーザ陛下は完璧にむせてしまい、喉を押さえ地面にうずくまり。
鼻からアルコールを逆流させた苦しさに、真っ赤な顔になり、ひたすらゲホゲホと咳をする。
その見た目の様子は、まさに毒を盛られた人間のソレであり。
医者が即駆けつけ、ユーザ陛下は治療室に搬送され、酒を持ってきた兵士は拘束され、酒からは離れるように避難指示が飛び交い。
パーティ会場は阿鼻叫喚の大パニック状態におちいった。
そして、ただ酒が濃すぎてむせただけというアホらしい事実が知れ渡るのは、実に翌日のことであった。





