不快感
「うーん、楽しいバフ飯を作る場所というより、謎の科学実験室みたいになってきたな……」
女騎士達は、バフ効果がある食事を作る作業から。
最低限これだけの量を食べれば同様の効果を出せるという、検証作業と圧縮作業に入っていた。
簡単に言えば、目が良くなるお茶などは、わざわざコップ一杯の量を煮出して飲まなくても。
そのお茶をめちゃくちゃ煮詰めて、一口分の量まで圧縮すれば同様の効果は残るらしい。
こんなものは、もはやお茶とは言えない、ただ飲めば一時的に目が良くなるポーションである。
速度の上がるトウモロコシ蒸しなども、一度作ったあとトウモロコシの粒を分けて干し、カリカリに乾燥させたあと粉末にしてしまっている。
こんなものはもう蒸しトウモロコシではない、飲めば速度が上がる粉薬である。
「そりゃまあ、バフ料理なんていちいち大量に担いでいられるかって話だけどさ、情緒がないなぁ……」
しかしまあ、一回地上に戻って、再度やってきた途端にこれだから。
たぶんアウフって娘から、こういう風にしてみろって指示が出たんだろうな。
「ん、マスタ~、なんだか大勢、温泉ダンジョンの方に入ってきたみたいよ、この規模の軍勢はたぶん、あのユーザ陛下って奴ね」
ペタちゃんが膨大な数の侵入者を感知する。
「ああ、たしかあの人、まだ芳香の泡風呂にも、ムダ毛処理の湯にも入ってなかったからな。
むしろ遅かったくらいじゃない? 国の運営がそれだけいそがしかったんだろうな。
でも第2部隊のメイン集団は、14階層で実験中だけど護衛は足りてるのか……?」
すぐに俺はその様子をモニターに映し出す。
「おや? トウジ隊長とシルド団長じゃん、もうセパンスに戻ってきたの?
籠で運ばれてるユーザ陛下の隣りにいるのは……誰だ? このふくよかなおばさんは」
まあ、激デブというほどではないが、70キロくらいはありそうな、激烈油断ボディをしてるな。
マーポンウェアの女騎士団長と、その国に遠征に出かけてたはずのトウジ隊長を引き連れて、ユーザ陛下と共にいるような身分の女か。
答えは一つだな。
「誰これ?」
「状況から察するに、マーポンウェア王国の王妃か姫か……年齢からして王妃の方だろう。
シルド団長が国に帰還して、その変貌ぶりを見て、いてもたってもいられずやってきたけど。
あのおばさんを抱えて、11階層を移動するのは無理だと団長は判断したので、トウジ隊長を借りたんだろうな。
あの戦闘狂の隊長を護衛としてセパンスに強制帰還か……いったい、いくら払ったんだか」
「だから~、マスターはこの映像をちらっと見ただけで、何をどう判断してそういう事まで察せるのよ!?」
ペタちゃんは人間社会の常識を理解できていないので、俺がこういう予測をするとだいたい奇妙な顔をする。
人間社会における君主と騎士の役割や、美容における欲などを理解して、今の状況を見通すのは、さすがにダンジョンコアには至難の業だろう。
「あれ? 菴包シ 豁ヲ蜈キ」
「ん? どうしたのペタちゃん、ブグくんが文句でも言いに来た?」
「うん、なんでこっちもわかるのよ……」
「トウジ隊長が早々と帰っちゃったからその事でしょ、きっと。
うーん、王族の会話はモニターでしっかり見ながら聞いておきたいからなぁ。
ブグくんには悪いけど、こっちに来るのはしばらく断ってくれる?」
「蠕後〒」
なにかをペタちゃんが言った後、うるさそうな顔をして、頭の上を手で押さえつけだした。
きっと向こうからのクレームの声を遮断しているのだろう。
しつこいコールを止めるために電話回線を引っこ抜いてるようなものなのかもしれない。
まあ、そんなことより、王族クラスの会話は雑談でも十分な価値がある。
ここはちゃんと聞いておくことにしよう。
長丁場になりそうだ、俺はポテチとコーラを取り出してソファーに腰掛け、柔らかいクッションを後頭部にセットし、気合を入れて会話を聞くことにした。
ペタちゃんも、俺の隣で30分ほど一緒に見ていたが。
女王と王妃が会話をしているだけの映像はさすがに退屈だったらしく、すぐに見るのをやめて料理を作り始めた。
俺にとっても、大半は面白くもなんともない会話だから、ペタちゃんの手料理が出てくるのを合間合間に楽しみたいのでありがたい。
数日間、根気強く会話を聞いているうちに、隊長は5年分の武具ダンジョンの報酬で雇われたことや、日本酒の評判、現在のセパンスの状況など、だいたいの国の様子が窺えた。
特にトウジ隊長と第1部隊が、長期的にセパンス王国に滞在する予定になった話を聞けたのは朗報だ。
それならば全力でダンジョンを拡張しても、騎士たちに犠牲者が出ることはほぼないだろう。
「それにしても、10階層の湯まで来たらずいぶん変わったな、テタ王妃……。」
最初はふくよかなおばさん、程度のイメージだったのに、3歳の若返りに、シワ消し、シミ消し、潤いの湯を経て。
今では可愛いぽっちゃり系おばさんくらいの印象である。
今の段階でも結構いい感じなのに、11階層の湯に浸かったら、どうなってしまうんだ?
「マスター、クッキー焼けたよ~、いちご味とマロン味よ」
「おお、美味しそうだね、飲み物はミルクティにするかな」
時折出てくるペタちゃんのお菓子を食べながらモニターで様子を見続ける。
そして11階層にたどり着くと、トウジ隊長はテタ王妃を背負って、アスレチックエリアをいとも容易く進んでいった。
「おお、すげえ、あのでかい荷物の事など感じさせない猿のような動きで進んでる……本当に人間かよこの人は」
ユーザ陛下も副隊長の背中に乗ることを勧められてる。
しかしユーザ陛下は10階層の鍛錬強化の湯に入ったからか、鍛錬を兼ねて自力で進む気らしい。
「湯で痩せるわけではないからの……」
そう、ぼそっと呟いていた。
11階層の湯で綺麗になったところで、結局のところデブは治らないとでも言いたげだ。
数時間くらいして、ユーザ陛下が、アスレチック場を半分ほど進んだ頃に。
トウジ隊長と、第1部隊の数名は11階層の浴槽へとたどり着いた。
「着きました、テタ王妃。こちらが11階層の湯船になります」
「ああ……これが、これが夢にまで見た温泉ダンジョン、11階層の湯。
これに、これに入れば……私もあなたがたのように変貌するのですねっ?」
「おそらくは」
王妃が服を脱ぎ始めたけど、どうやらうまく脱げないみたいだ。
まあ、普段着替えを手伝っている侍女達をここまで運んでこれないから、全員11階層の入口に置いてこられてるからな。
「あああ、トウジ隊長どの、す…少しお手伝い願えます?? ああーもうっ!」
焦る気持ちでテタ王妃は、背中のヒモをほどこうとしていた。
一応今着ている服は、王族用の服ではあるが、ダンジョン探索用の王族とは思えないくらいに動きやすい簡素なドレスのため、トウジ隊長でも脱がせることはできるだろう。
ようやく裸になった王妃は、11階層の浴槽へと飛び込んだ。
「さあ、どういう変化をするかな?」
ん?
お?……おおおおお?
変貌した、明らかに変貌したぞ。
変貌したと言ってもまるで痩せてはいない、ちっとも痩せてはいない。
しかし、先程までと受ける印象があまりにも違いすぎる。
贅肉、駄肉がいっぱい付いた残念な身体、ではなく。
ふくよかで可愛い、抱き心地が良さそう、というか抱きたい、といった印象へと変化している。
脂肪が短所ではなく、長所に生まれ変わったようである。
その姿は不摂生や運動不足が生み出す贅肉ではなく、豊穣の女神のような神々しいイメージを与える。
痩せていなくては女子は美しくなれない、などという固定観念に凝り固まった思考が粉砕されるようである。
これはポチャ系ビデオの本編映像と、パッケージ画像くらい別物の驚きの変化だ。
というか、11階層の浴槽まで来れる女子はもれなく全員鍛えており、身体がキリッと引き締まっているので。
こういったふくよかで美しい裸体というものは非常に新鮮に感じてしまう。
「ホォ~、こういうエロスもあるんだな……これはいいな、スクショして保存しとこ……」
「マスター、豚骨ラーメンできたよ~、トッピングは角煮……。マスター?」
俺は、いい構図の裸体スクショを撮るべく全神経を集中していたため、ペタちゃんの声が聞こえていなかった。
そして、俺は気がついていなかったが、そんな俺の様子をペタちゃんは非常に不機嫌な顔で見ていた。
「なんでだろうなぁ……なんだかイラッと来るのよね」
ペタちゃんはマスターに聞こえないほどの小声でそう呟いた。
そしてこれは、声をかけた事を無視された事による不機嫌ではなかった。
マスターが、ふくよかな女性の裸体に夢中になっている事が、理由もわからず不快だったのだ。






