帰還要請
富士見ファンタジア文庫で書籍化することになりました
よろしくお願いします
発売日その他は、また詳細が決まったらお知らせします
武具ダンジョン20階層の湿地の草原。
トウジ隊長達の部隊は、すでにかなりの期間ここに滞在している。
見晴らしの良い草原の周辺には池がいくつかあり、時折、角の生えた大型のワニのようなモンスターが池から飛び出して冒険者を池に引きずり込もうと襲いかかってくる。
トウジ隊長達は、逆にそいつらを狩るためにこの場に待機しているため、驚くこともなく。
むしろ巨大なワニが出てくるたびに、やっと出てきたか、みたいな態度で剣を構える。
狙いをつけられ襲いかかられた騎士が素早く逃げ、その間に仲間が左右に分かれ、挟み撃ちができる態勢になった瞬間に斬りかかり怪物を輪切りにする。
その討伐動作はもうほとんど作業である。
温泉ダンジョンのマスターが見たら、ネットRPGでボスが湧くのを待ってる奴らみたいだな、と思うだろう。
輪切りになった角ワニが消えると、そこには気味が悪いほど赤い色をした剣が出現した。
「ふう、ようやく赤の剣が出ましたねトウジ隊長……これでようやく5本目です」
「ふーむ、なかなか出が悪かったねぇ……予備にもう1本ほしかったが、ここでの待機が長すぎるのも無駄だし、もう奥に行くか?」
「そうですね、深層に向かうのに必要な分の食料の準備ができていたら、行きましょうか」
そういうとトウジ隊長達は、ダンジョンの階段付近へと移動する。
ダンジョンの階層を移動する階段は、冒険者も騎士も、深層に食料と水を運ぶだけの役目の商隊も必ず通るからだ。
食料は商隊から買うのが確実ではあるが、あいつらは強欲なので高く付く。
探索を諦めて戻って来る奴らの、余った食料や水を分けてもらうほうが安くていい。
要は食料と水が買えるなら、どいつから買ってもいいのだ。
そんなわけで、ダンジョンの階段付近で食料調達の交渉をするために陣取っている仲間の下に向かう。
階段付近には、盾を持った手の平を上に向けて座っている数名の仲間がいた。
これは、この世界における「食料とダンジョン戦利品の交換をしよう」の合図である。
通りかかる冒険者はそれを見て、無言でスルーするものもいれば、食料が余っているので交換に応じるもの。
逆にちょっと色を付けるから今集めている食料を少し売って欲しいと言う飢えた者など、反応は様々だ。
「どうだ、タシュ。 食料は集まってるか?」
「あ、トウジ隊長、それがですね、マーポンウェアの騎士団の方々から、地上に戻って来てくれないか? との要請伝言がありまして……」
「……理由は?」
「マーポンウェアのシルド団長が、温泉ダンジョンの調査を終えて戻ってきたそうです。
結論として6階層の温泉までの護衛はマーポンウェア女騎士でも十分可能ですが、ご希望の11階層の浴槽までテタ王妃様をお連れすることは不可能とのこと」
「それで?」
「……ようするに、11階層のあの運動場を、テタ王妃様を背負って温泉まで運びきれる”女騎士”はこの世に我々しか存在しないと……。
ですから、地上に戻ってきて、テタ王妃を11階層の温泉にまでお連れする役目を引き受けてくれないか、とのことです」
トウジ隊長は苦い顔になった。
おそらくその護衛の見返りは十分なものになるだろう。
このまま深層に潜って、1~2年間ほど暴れてくるのと同じくらいのダンジョンの武具をくれるはずだ、というかそうじゃないとそんな護衛はやらない、やりたくない。
ゆえに、この護衛任務は引き受けたほうが、間違いなくセパンス王国にとっては有益だろう。
しかしトウジ隊長が苦い顔をするのは、温泉ダンジョンで鍛えた実力を、ダンジョン深層で計ることもできないまま、とんぼ返りするハメになることと。
ここで集めた赤の剣を没収されてしまうことである。
ここで帰ったら、またあのしょうもない、ワニが湧いてくるのを待って倒すだけのつまらない作業を、延々1ヶ月ほどやりなおさねばならない。
最低でも、赤の剣を次回の探索まで保管しておいてもらい、再度探索の際に持ち込めるような特例は出してもらう必要はある。
「隊長~、温泉ダンジョンで、もう一度鍛えられると考えれば、誠によろしいことかと……」
「そうですよ、また新しいパワーアップの湯ができているかもしれないじゃないですか?」
仲間はみんなテタ王妃の護衛話に乗り気である。
それはそうだろう、温泉ダンジョンは他の過酷なダンジョンに比べればまるでリゾート地だからだ。
温泉ダンジョンも危険度こそ一般的なダンジョンとさほど違いはないが、極楽度は下手をすれば地上の環境以上である。
トウジ隊長は一瞬、コイツらボコボコに殴って根性締め直してやろうか、と思ったが。
言っていることに一理あるのもまた事実だから、どうにも怒るに怒れない。
コイツらは間違いなく、あの気持ちの良い環境にまた戻りたいだけだが。
再度鍛えられるというのも確かだし、新しいパワーアップの湯ができているという可能性も否定はできないからだ。
それに、交渉次第では、ほぼ間違いなくセパンス王国への貢献度も、このままダンジョン探索を続けるより高くなる。
どう考えてもテタ王妃の護衛依頼を突っぱねる理由はない。
「~~~~~!! わかったよ! 戻るよ! 戻りゃいいんだろ! 全く!
ただ、明らかにダンジョン探索を続けるより有益な結果になるという保証を約束してもらってからだ」
♨♨♨♨♨
「急な要請に応じていただき、まことに感謝の念に堪えません」
マーポンウェアの女騎士のシルド団長が深々と頭を下げる。
本当に良かった、助かった、といったような面持ちである。
トウジ隊長はこの団長を昔に一度見たことがある、しかし、今の彼女の姿は前に見たときよりはるかに若く美人に見える。
おそらく彼女も温泉ダンジョンの深層の湯に浸かってきたのだろう。
そして、その姿をテタ王妃は確認したのだろう。
その上で、11階層の温泉までお連れすることは私達の力ではできません、という報告を受けたテタ王妃に。
ぶっ殺してやろうか貴様ら。
と言わんばかりの叱咤と怒りを受けたに違いない。
女騎士達は綺麗になって帰ってきましたが、王妃様は入れません、なんて報告を許せるとは思えない。
そしてどうにか絞り出した言い訳が、トウジ隊長たちの部隊ならばあるいは……。
といった感じだったのであろう。
そんな様子を、シルド団長達の憔悴した様子から、トウジ隊長は推測する。
「それで? 護衛料はどのくらいで考えてくださっておられますか」
「貴方達の、前回のドロップ品戦果の約5倍に相当する武具をお支払いいたします」
……想像していたより何倍も太っ腹だ。
心理としては突っぱねて、深層チャレンジをしたくてたまらないのだが。
セパンスの利益で考えると、突っぱねることなど不可能な状況である。
「あともう一つ条件を出していいかい? 今回出した赤の剣5本……持ち帰らせてくれないか?」
「……それは、私の一存では判断できません」
「ダンジョンでしか絶対に使わないと約束するよ。
私がこの剣を欲しがるのは、いずれ温泉ダンジョンや飯困らずダンジョンが25階層より巨大化したときに必ず必要になるからだ。
もう一度いうが、コイツはダンジョンでしか使わない、たとえ他国から侵略を受けている状況下でも、地上では決してこの剣は使わないという契約書を交わしてもいい」
将来、温泉ダンジョンが25階層を超えたとき。
この剣がなければ、25階層以下の敵は倒せなくなり、それ以降の探索が不能に陥る可能性が高い。
未来の状況を見据えると、この剣を持ち出すのは重要な事なのだ。
トウジ隊長の読みでは、おそらく今のテタ王妃は、冷静でもなければ理性的でもない、ソド王ですら制御不能の狂乱状態な気がしてならない。
おそらく、今くらいしかそんな交渉が通るタイミングはないだろう。
「……わかりました、今すぐ交渉してまいります」
慌ただしく走ってすっ飛んでいくその姿は、まるで暴君に仕える小間使いであり、騎士団長の姿とは思えない。
そして10分もしないうちに、戻ってきた。
「許可が下りました、それでは5年分の武具と、赤の剣5本のダンジョン使用許可の条件で護衛をお願いいたします、明日セパンス王国へと出発いたします。
急がせるようで恐縮ではありますが、お早い準備をお願いいたします」
……早すぎる、ソド王に報告して、二つ返事でOKをもらわないとこんな早さで許可なんて出ないだろう。
もうなんでもいいから早く王妃の怒りを静めろ状態になっているのではないか?
「あ……ああ、わかったよ、それじゃセパンス王国に明日出発だ、いいねみんな」
「「「ハッ!!」」」
憔悴しきっているシルド団長達と違って。
こちらは全員、非常に嬉しそうないい返事だった。





