協力
「じゃあペタちゃん、ダンジョンを増築しようか」
「やったあ! 待ってました!」
ペタちゃんが嬉しそうに反応する、ダンジョンを大きくするのはダンジョンコアの原初の喜びだからだ。
「ところで、あのブグくんと話してて得られたポイントってさ、俺とペタちゃんどっちのものになるの?」
「ん? まあ……あいつはマスターと話したくて来たんだから、マスターのほうじゃない?」
温泉ダンジョンでしか使えない、というよりは、俺の方に使う権利があるんじゃない? って感じの言い方だな。
「その言い方だと、飯困らずの方に使おうと思えば使う事もできるってことかい?」
「まあ、そうね」
「じゃあ飯困らずの方の増築に使おう」
こともなげにそう言うと、ペタちゃんが目を丸くする。
「いいの?」
「いいよ」
「ええ~? なんでなんで? ……理由は?」
なんだか不意打ちでプレゼントをもらった少女みたいに、しっぽをフリフリしてはにかんだ笑顔をしつつ、一応理由を聞いてくる。
まあ、理由はあるが。
「これからは他国からも騎士が大勢入ってくるんだろ? でも女騎士ってセパンス王国以外にはそんなにいないわけだから、温泉ダンジョンの方の増築を急ぐより。
飯困らずダンジョンの方を先に、男の騎士団を派遣して探索する価値のある状態まで持っていきたいんだよね」
「あー、そういえばこれからは他国の騎士が大勢来る予定なのよね……うふふ」
「一つ聞くけど、あの武具ダンジョンが巨大なダンジョンになってから、他のダンジョンも成長が進んだりしなかったか?」
「え? ……ああ、うん、武具ダンジョンが大きくなってから、20階まで成長したダンジョンが増えたって聞くわね、なんで知ってるの?」
「それって単純に武具ダンジョンの装備で強くなった他国の軍隊が、他の実入りの良いダンジョンも探索できるようになった結果だよ」
ペタちゃんが、あ、そうか、って顔になる。
「武具ダンジョンで強化された騎士が、他のダンジョンを深くまで探索してダンジョンがこれまでより成長する。
ある意味これは、武具ダンジョンが他のダンジョンの成長に協力したとも言えるわけだ」
「たしかにそうね」
「だから飯困らずも成長してくれないとダメだ。飯困らずダンジョンに生えている作物を、温泉ダンジョンと同じ階層に植えることで、温泉ダンジョンも食料が困らなくできるわけだからね」
今のところは9階層の広い草原で取れる食料でも十分だろうが、いずれ20階層、あるいは30階層までたどり着くには、飯困らずダンジョンによる食料供給は必須だ。
つまり、温泉ダンジョンだけ何階層も先に伸びていくよりは、飯困らずダンジョンも近しい速度で伸びておいてくれるほうが望ましい。
「というか、飯困らずダンジョンの食事そのものに特殊効果ってつけられないのかい?
温泉ダンジョンの温泉効果みたいな特殊効果をさ」
俺達のダンジョン限定でもいいから、食ったら数日腹が減らなくなるご飯でも出せればいい。
あるいは食べたら力が上がる、みたいなゲームのパワーアップアイテムみたいな効果でもいい。
それでも十分に相乗効果が見込めるだろう。
「うーん、難しいかも。
マスターの温泉って石鹸と鏡以外は、基本的にはお湯しか出していないわよね? しかもほとんどお湯は持ち帰られもせず、みんなダンジョンに置きっぱなしで帰ってる。
はっきり言えば、この世にあるダンジョンの中でも異常なほどローコストなのよ、マスターのダンジョンって。
温泉の超常効果以外には、ほとんど瘴気を使っていないと言ってもいいわ」
「つまり、飯困らずダンジョンだと、各種食料が出てきて、宝石も出てきて、さらに出てきたそれらのアイテムをお持ち帰りされるから瘴気に余裕がないって事か?」
「まあ言ってしまえばそういう事ね、ついでにこっちは温泉ダンジョンみたいに、特殊効果がある物が出るダンジョンって仕様でもないから。
食料に超常的な効果をもたせるのは温泉ダンジョンに比べてすごくコストがかかるのよ、赤字になってダンジョンを縮小する羽目になりかねないほどにね」
ふーむ、じゃあ某ゲームのアイテムみたいなパワーアップの種とかを出すのは無理か。
「まあ強化食材でパワーアップした騎士が、温泉ダンジョンじゃなくて武具ダンジョンのほうに行っちゃったりしたら、それはそれで本末転倒だからなぁ。
男騎士は温泉ダンジョンに入場許可も出ないだろうから、あまり意味がないかな……」
……ん?
そこまで言った所で、ふと思いついた。
「そうだ! 思いついたぞペタちゃん、飯困らずダンジョンと温泉ダンジョンの協力コンボをね」
「え、なになに?」
「温泉地熱料理だ!」
「温泉ちねつ料理?」
ナニソレ、って顔でペタちゃんが聞き返す。
「要するに熱湯のように熱い温泉で料理をするんだ、温泉の熱でゆで卵を作るのが一番有名かな。
温泉の蒸気がこもった石窯で野菜を蒸したりもするんだぞ」
そうだ、温泉とはただ入るだけとは限らない。
野菜や海鮮をザルの上に乗せて、温泉の蒸気で蒸して食べてくださいね~というサービスをしている温泉だってあったりするのだ。
社員旅行で大分の温泉街に行って、そこで食べた地獄蒸しの温野菜を俺は思い出した。
「ううむ、なんだか思い出したら食べたくなってきたな、蒸すと美味しい飯困らずダンジョン産の野菜をザルの上に乗せて、温泉ダンジョンの温泉蒸気で蒸すんだペタちゃん」
俺が現世で見た地獄蒸し用の釜を作り出すと。
料理にハマっているペタちゃんも手際よく食材や蒸しザルの準備をする。
話を聞いてるだけで、ペタちゃんも食べたくなったらしい。
「これさ……エビとか……ホタテとかも乗せていいのかしら?」
「うむ、聞くだけで美味そうだな! やれっ!」
「味付けはシンプルに塩かしら!? ほんのり香る程度に昆布出汁も少し効かせたほうが!?」
「うおおおおお! いいぞ! そうだ! もっとやれ! ポン酢やカボスとかも出せ!」
そうして俺達は地獄蒸し温野菜や海鮮を堪能した。
「ふう……美味かったな」
「んんー、シンプルなのがまたいいわね、蒸されて甘みを増したトウモロコシとか最高ね」
なんか話が思いっきり脱線してしまったが、つまりはこうだ。
「つまりこうやって、飯困らずダンジョン産の食べ物を温泉ダンジョンの温泉で調理することで特殊効果を乗せられるんじゃないか?」
「………」
ペタちゃんが考え込む、この手のダンジョンの仕様に関してはペタちゃんのほうが本能的に正しく判断できる。
「マスターが温泉ダンジョンをそう設定すれば可能……ね。でもさ、どういう効果が出るのかに関してはあんまり細かく設定できないと思うわ。
何しろ、飯困らずダンジョンに生えてる作物は数が多い上に、始めからそういう用途で作ってないから」
「まあ組み合わせが膨大すぎるからなぁ」
トウモロコシを蒸して食べたらこういう効果、チョコレートを源泉に溶かして飲んだらこういう効果。
なんてものに、一つ一つ細かい効果をいちいち設定などしていられない。
なんていうかこのあたりは、組み合わせによってなにかしらのいい効果が出る、とアバウトな設定で押し通すしかないだろう。
「まあいいよ、検証は現地の人に任せるさ」
「それ以前に、温泉でちゃんと調理してくれるのかしら? そして飯困らずの食材を調理することで、いい効果が出るって事に気がつくかしら?
今はみんな水風呂の水を使って調理してるでしょ」
「……気づくね、間違いなく、少なくともアウフって娘は確実に気がつく」
顔も声も知らない、公爵家の3女。
調理効果の内容は、たぶん、この娘が勝手に検証していってくれるはずだ。
そして、いずれは俺の想定を超える運用法を色々と思いついてくれる事だろう。
チラチラと女騎士達の会話に出てくることがあるだけの娘でしかないが、俺はそう確信している。






