就職
わたくしヴィヒタは、ナウサ公爵邸にて、久しぶりの休暇を満喫しています。
バルコニーで紅茶を飲みながら、飯困らずダンジョン産のチョコやパンで作られたおやつをゆっくり嗜んで。
布ダンジョン産の生地のハンカチを個人的に買いに行こうかとウキウキしていると、王宮から使いがやってきました。
どうやらユーザ陛下直々のお呼び出しのようです、さようなら私の休日。
そんなわけで王宮に呼び出されたのですが、一体何の用事なのでしょうか。
「おう、ヴィヒタ、すまんな休暇中に、一つ仕事を任せようと思ってな」
「仕事……でございますか?」
なんでしょう、私は第2部隊の枠を超えて、すでになんでもやらされている気がいたしますが。
「おまえのところにおるアウフという娘だが、あやつは普段何をしておる奴なのだ?」
「……えー、その、国家や家のために学業に専念しておられます」
「ありていに言え」
「……無職でございますね」
そうですね、アウフ様は肌の病気の事情で引きこもっておられましたので、家で勉強と研究しかしておりません。
事情が事情でしたので、公爵家としての政略結婚の予定からもはずれていましたので、婚約者もおられません。
つまり、悪く言えば家に住み着いて、結婚も働きもせず趣味に没頭している大貴族の遊び人です。
家督を継ぐ予定の兄や、すでに他家に嫁いでいる姉もおられますので、特に問題視もされておりませんでしたが。
まあ、無職ですね、はい。
「お前はセパンスにあるダンジョン資料館をどう思っておる」
「どう……とは?」
「ぶっちゃけるとあの資料館は、これまで何十年と何もやる気がなかったのじゃ。
なにしろセパンスにはこれまで40年間、全く成長しないまま止まった飯困らずダンジョンがずっとあっただけじゃからな。
だから今の館長は、特にダンジョンに興味があるわけでもなんでもない奴に管理を任せていたのだ」
「ところが最近、どんどんとダンジョンが成長してきて事情が変わったと……」
「そうじゃ、で、他所の国の者たちから、ダンジョンの考察が甘いだの、説明が雑だのといった文句が出始めておってな」
なんとなくユーザ陛下が何を言いたいのかわかってきました。
「つまり、アウフ様を資料館で働かせろ、と?」
「うむ、展示する物の解説資料の改定や、ダンジョンから出てきた物の研究などをあやつに任せてみろ。
今、家でやっておる事とたいして変わらぬじゃろ、資料館に通う必要もないぞ。
資料館での売買や金銭管理、来客対応といったものは館長が引き続き行う。
どうせそういう管理業務には向いておらぬだろうからな、あの娘は」
思っていたよりも、ユーザ陛下のアウフ様への理解度が高いです……。
アウフ様は聡明ですが、その、まあ、協調性、社交性といった面においては一部壊滅的な所もありますので。
「わかりました、それではアウフ様にそのようにお伝えしておきます」
私は王宮をあとにして、公爵邸に戻りました。
部屋の中でダンジョンの品を、色々研究されていたアウフ様に此度の陛下の勅命を伝えます。
「え? ダンジョン資料館の展示資料の説明を私が好き勝手に書き換えていいの?」
アウフ様の目がキラキラしておられます、とりあえず話には前向きなようでよかったです。
「あそこに置かれた瓶のお湯も全部実験に使ってみてもいいわよね、再注文すればいいんだし、各種作物に石鹸に鏡に……ああ、調べる事とやれることが多すぎてどこから手を付けようかしら」
……なんだかしれっと、全階層のお湯を運ぶ役目を与えられそうな気がする発言がありましたが気のせいでしょうか?
「じゃあ、今は一枚だけ公爵家に献上されてる鏡も、研究名目でこれからは大量に仕入れることもできる……?」
すでに資料館関係者としての特権を、フルに活用することに頭が向いているようなのですが、大丈夫でしょうか、人選ミスではないでしょうか、これ。
「予算は資料館で鏡や石鹸を売った予算を使っていいのかしら……私は予算をどれだけ使っていい権利があるの?」
お嬢様? お嬢様?
「あの……資料館の展示説明を詳しく改稿することがアウフお嬢様の仕事であって、予算は館長の管轄のままですよ?」
「ダンジョンから出てきた品々の研究も私に任せるとユーザ陛下はおっしゃられていたのですよね? つまり研究費は国費から捻出されてしかるべきでしょう」
「……じゃあそのあたりは館長と二人で相談してください、さすがに陛下もそんな所まで詰めて話していないと思いますよ」
自分への給与など一切考えず、いくら予算を引っ張って、どんな研究をやれるかしかお嬢様は考えていません。
ほっておくと、資料館で得られる稼ぎを全部研究費にあてられてしまいそうです。
「そうね、じゃあ早速資料館に行ってそのあたりの話を詰めてきましょう」
そんなこんなで、ダンジョン資料館までお嬢様を案内し、お嬢様は館長と面談を始められました。
なんだかお嬢様は興奮しているのか、すごい早口でまくし立てた説明で研究費の確保をしようとしています。
結果としては、予算は最低限資料作成に必要な分は出せますが、本格的な研究をするような特別な予算は出せない。
しかし、今後アウフお嬢様の研究によってもたらされたと言える稼ぎの2割は研究費に充ててもいいという条件となりました。
そこの文言に対して、お嬢様は契約書まで作らせていました。
その後もお嬢様は、長々とダンジョンに対する研究への重要性についての熱弁をふるっておりました。
館長は、元々ダンジョンにあまり興味がないまま館長を任されただけの人だとユーザ陛下から聞いていますので、すでにうんざりした顔になっています。
「……それでは、今後のお嬢様の仕事に期待させてもらいます」
「はい! 任せてください館長!」
もうこれで話は終わりだよな、といったような疲れた顔をしている館長に対して。
アウフ様がニコニコした顔で答えています。
先ほどの契約でしたら結果を出さない限り、当面は資料作りくらいしかできそうにもありませんが。
何か大きな稼ぎになる研究を達成できる自信がお嬢様にはあるのでしょうか。
「では早速ですが、13階層の湯は”私の研究によると”持ち帰った湯を筆で軽く塗っても十分な脱毛効果があることが確認できました、こちらは1階層に続く新規の持ち帰り湯としての販売が可能でしょう」
……は?
今なんて言いましたか? お嬢様、初耳ですが、そんな事。
「おそらく脱毛程度の効果は、1階層の瘴気でも十分可能なため、地上でも効果があるのでしょうね、おそらくこの湯も高値で取引できるかと思います。
ただ実際にダンジョンの温泉に入った場合の脱毛と、持ち帰った湯を塗っただけの脱毛の違いは私が今後も細かく検証する必要性がありますけれど……」
何やら普通に話を進めていますけど、そんなことより、13階層の温泉を売った予算の2割を好きに使っていいって話になっていますよねこれ。
……どう考えてもおかしいでしょ、ひたすら予算をくださいという熱弁の中で、だんだん成果を挙げないと予算は取らせないぞという話の流れになっていって。
そのまま館長に押し切られたような気になっていたので私も騙されていましたが、よく考えたら2割ってなんですか。
とんでもない額になっているんじゃないですか、すでに?
「この件に関する研究レポートはこちらでまとめたあと、ユーザ陛下へご報告しておきます、きっとセパンス王国の新しい財源となることでしょう」
もしかして、それをさっきの契約書と一緒に提出する気ですか?
その13階層から持ち帰った脱毛温泉から得られる稼ぎの2割は、今後私が研究費として使いますね♪
なんて馬鹿げた事を陛下に言って通るわけがないでしょ?
そもそもダンジョン資料館の館長が決められるような内容じゃないでしょう、その予算の出どころ。
なんか館長は館長で、わかりやすく稼げそうな話題が出てきたことで結構笑顔になってますけど。
忘れたんですか? さっきの契約を!?
すごい長い説明の中でふわっと約束させられていましたから、わかりにくかったですけど!?
「それでは本日はここで失礼させていただきますわね、館長」
お嬢様は契約書を持って資料館を後にしました。
さすがにツッコミを入れざるを得ません。
「あのー……お嬢様?」
「うん、適当な人を館長にしてたって聞いてたけど、思ってた以上に適当だったわね。
あの人は責任者という立場だけにしておいて、商談や取引に関しては、早いうちにしっかりした人を別に入れておいたほうがいいと思うわ。
……って事を踏まえつつ、さっきの契約書と一緒にユーザ陛下にもろもろ話しておいてくれるかしら」
その後、ユーザ陛下に契約書を持っていき、今回の話をすると。
「あいつの研究予算はこっちである程度まとまった額を確保してやるから、このアホな契約は即刻破棄させろ!!」
と言われて、滅茶苦茶怒られました。
……あれ?
これ、なんで私が怒られないといけないんですか?
私は何も悪くありません!
休日も潰されましたし、理不尽! 理不尽です!






